雨宿り


 
 あ、透けてる。
 脳裏によぎった言葉を見透かすような表情で彼女は私を見た。ただ、その顔は赤い。土砂降りから逃げるように駆け込んだ東屋の暗がりの中でも、その色は十分すぎるほどにわかった。
 
「あんまり、見ないでください」
「ごめん」
 
 素直に謝罪すれば彼女は小さく頷く。それから私の胸元をちらりと見て、また顔を赤くした。
 そうか、こんな土砂降りじゃ私だって同じか。
 
「……ひどい雨ですね」
「そうだね」
 
 夕方の立ち会い終わり、まさかこんな天気になるとは思わず二人で途方に暮れる。とりあえず黒服に連絡し迎えに来させることにはなったが到着まではしばらくかかるだろう。
 山中の広場なんて辺鄙なところで彼女と二人きりというのは幸せだけれど少し気まずい。その理由は色々ある。
 一つは、私が彼女を好きだということ。そしてもう一つは、彼女も私を好きだということ。それからつい先日、流されるまま体を重ねたということ。
 きったなく育ってしまった私と違って、彼女は意外とウブだ。またとないチャンスにがっついてしまった私の下で身を震わせていた彼女の姿を思い出す。普段の凛とした姿とは真逆の、まるで子ウサギのような彼女は、高鳴りで心臓が痛くなるほどに可愛らしかった。
 もう一度彼女を窺い見た。丁寧に編まれた髪も特徴的な口ひげも、水分を含んでいつもよりしっとりとしている。整った横顔の顎先から滴る一滴すら美しかった。
 
「みょうじ立会人?」
 
 さすがに視線に気付いたのか、彼女の大きな目は私を不思議そうに見つめている。取り繕うように言った「なんでもない」を彼女は許さない。少し怒ったような、困ったような表情で「なんでもない、じゃないでしょう?」と返してくるものだから、私は思わず彼女の手を取った。
 
「真琴」
 
 ぴく、と小さく体が跳ねた。
 
「どうしたの? 呼んだだけだよ?」
「……貴方は意地が悪いですね、みょうじ立会人」
「ふぅん、そうかな。私からすれば真琴の方がだいぶ意地悪だよ」
「どうしてですか」
「どうしてって」
 
 思わずくすくすと笑うと、怒りの色がほんのりと増したからからかうように指を絡めた。
 隣り合って恋人繋ぎしたまま、彼女は手を振りほどくこともなく私に好きなようにさせている。どうせまだ職務の最中だから、なんて考えているんだろうけど、私にいいようにされることを許容するのはこちらからすれば甘い毒のようなものだ。かたっ苦しいことを言うくせに、その後ろでは尻尾を振ってるのが丸見えで可愛らしくて仕方ない。
 
「意地悪だよ。せっかく二人なのにさ」
「……まだ「オフじゃないと甘えられないもんね、真琴は」
 
 言葉を遮れば、代わりに手をぎゅっと握られる。これはスイッチ入ったかな? と彼女の手を引くようにしてこちらに体を向けさせた。
 
「言いたいことでもある?」
「ええ、たくさん」
「そ、じゃあ言ってごらん?」
 
 挑発すれば彼女は逆に口ごもる。天才だとか若き達人なんて呼ばれていてもこれじゃあかたなしだ。色恋はとんと経験のない彼女のトラウマを解きほぐして上書きしたのは他でもないこの私なのだから文句があるならぜひ聞いてみたかったのに、これじゃあらちが明かない。
 
「ほら、真琴」
「なまえ立会人は……色々とずるいですよ」
「うん。どこがかな」
「それはその……全部です」
「そっか。全部か」
 
 先ほどよりももっと強く手を引いて、それに合わせるように少しだけ背伸びをした。
 私たち以外誰もいない東屋。雨粒が屋根を叩く音だけが響いている。しばらくの間それを聞きながら、ぼんやりと彼女の瞳を見つめていた。丸くて、大きくて、まるでビー玉のようだ。
 ハッとしたように肩を押され引き剥がされると帯びた熱が急激に冷めていく。
 
「あーあ」
 
 もうどうしようもないくらいに涙目の茹で蛸さんになった彼女は、両肩を掴んだまま少し高い位置からこちらを見下ろしている。
 私よりも背が高くて、強い、歳下の女の子。からかい甲斐があるからついいじめたくなってしまう。悪気はないんだよ。そんな可愛い姿を見せるからついいじめたくなっちゃってさ。愛しさの裏返しなんだよ。嘘じゃないんだから。
 言葉にしないまま、それでも表情から読み取ったのか彼女は下唇を噛む。
 
「真琴」
 
 今日帰ったら、続きしようよ。
 ずるい女でいいよ。それが私の愛情表現だから。
 
「……はい、なまえさん」
 
 だって好きじゃん、そういうの。私も大好きだから。お揃いだね。
 止まない雨の中、遠くに見えたヘッドライトの灯りで私たちはまた心の中でぱちんとスイッチを切り替える。
 ひっそりと小指を絡めたまま。