裏側で散る小さな火花
慌ただしい城内でもっぱらの噂になっているのはこの国の国王と黒髪の見窄らしい青年のことだ。
レイトンは彼方此方で聞く話にうんざりしていた。特に酷いのは王様が青年を使用人の前で殴り、犯したとかいう噂だろうか。
「……ただの噂って信じたいよ」
「ん?何の話してるんだ?」
小さく呟いたレイトンに、同じ魔導師長である男は首を傾げた。魔法学校での講義を終えた二人は城に帰ってきたところだった。
レイトンはそっけなく何でもないよ、そう返すと魔法局がある場所とは別方向へ歩き出した。
「お、おい!どこ行くんだよ、まだ報告書が残ってるんだぞ」
「うるさいなぁ…わかってる。神子の様子見に行くだけ、すぐ戻るよ」
苛立ちを隠しもしない金髪の魔導師長に、男は溜め息を吐いて約束だぞ、と言うことしかできなかった。
レイトンは離宮ではなく、城から少し離れた場所にある騎士団の詰所へと向かった。
王宮騎士団の詰所は膨大な土地を有してあり、訓練所も塀の中に用意されている。門に立っている下級騎士に軽く挨拶をして、レイトンはその中へ足を踏み入れる。微かに男臭い、埃っぽい匂いが鼻をつき顔を歪める。
レイトンは此処に来たくて来たわけではない。極力鼻で呼吸しないように意識しながらついた場所は大きな訓練場であった。
むさ苦しい男達の中で楽しげに体を動かしている少年を見つけ、レイトンは小さく息を吐いた。
「ん?おお、レイトンじゃん!どうしたんだよこんなところで」
騎士たちに何か言われたのか、レイトンの存在に気づいた少年…神子であるナギサは眩しいほどの笑顔をレイトンに見せ走り寄ってきた。
「君がまた離宮から抜け出して此処に来てるって聞いたからね、一応様子見に来たんだよ」
「もう怒られることも無くなったんだからいいだろー?いっぱい体動かしたいの!オレは!」
「そ…子供は気楽で羨ましいよ、ほんと」
自分とは違い、元気すぎるナギサを見てやれやれと首を振る。前は城に閉じ込められて拗ねてたくせに、レイトンは呆れながらも自由に動き回るナギサを見て安堵していた。いくら苦手だと言っても、レイトンは日に日に痩せ元気をなくしていく神子の身を案じていたのだ。
神子を閉じ込め、行動を制限していた王様はもう神子に関心がないのか、好きに出歩かせていた。
恐らく神子が詰所に出入りしていることも耳に入っているはずなのに、誰も何も咎められていない。
王様であるユージンが今執着しているのは、ナギサと同じ黒髪の異世界人…ハジメだ。ナギサと同じように…いや、ナギサの時以上に酷い束縛をハジメにしている。毎日共寝をし、外での執務以外ずっと連れ歩いているのだからその様子は異常としか言えない。
「……ハジメに感謝しなよ。ハジメのおかげで君は自由に過ごせているんだから」
「わ、わかってる!ハジメさんが今辛い思いしてるのも…オレだってここに遊びに来てるわけじゃない。ここで鍛えてハジメさんを助けるために強くなるんだ!」
「……………」
ーーそんな簡単に助け出せるなら僕がもうとっくにそうしてるよ。
レイトンはそう心の中で呟き、口では「なら早く強くなってね」と適当な返事をした。
レイトンはダバルドン王国随一、世界でも有数の魔導師だ。それだけの力を持ちながらハジメを助け出せないのは、ユージンが目的のためなら手段を選ばないことを知っているからだ。もし、レイトンがハジメを奪おうとして、ユージンがあの時のように禁術を使えば自身もハジメもどうなるかわからない。
レイトンですら使うのを躊躇う禁術をユージンは平気で、何の躊躇いもなく自分の欲望のまま使うのだ。かつてレイトンはユージンと同じタイプの男と対峙したことがあり、致命傷を負う一歩手前まで追い詰められた。
自分だけ傷を負うならまだいい。ハジメにも危害が及んでしまうことがレイトンを足止めさせていた。
城で見たハジメの弱々しい姿を思い出し、胸が握り潰されそうな痛みを発した。ナギサを迎えに行ったときに、そのままハジメを連れて国外に逃亡すればよかった。レイトンは最近ずっとそんな後悔ばかりしている。
「マグウェル殿」
背後から声をかけられ、レイトンが振り向くとそこには白銀の髪を持つ騎士が立っていた。訓練場にいる騎士のように軽装ではなく、きっちりした軍服を着ている。恐らく事務所で書類仕事でもしていたのだろう。
「あぁ…ガレス君久しぶりだね。神子はどう?騎士の素質ある?」
「剣の腕はまだまだですが、見込みはあります。勉学さえできれば入団試験には合格していたでしょう」
冷たそうな表情を少し緩めそう話したガレスから本心でそう思っているのが伝わった。喜ぶナギサを見ながら、レイトンはガレスから香る匂いに眉を顰めた。
「……僕はガレス君と話すことがあるから、神子は訓練に戻っておいで」
「ん?わかった」
「神官たちが心配するから暗くなるまでには帰りなよ」
そう言ったレイトンに不思議そうな顔をしながらもナギサは頷き、騎士たちの中へ戻っていった。ガレスは魔導師長の雰囲気が変わったことに気づき、怪訝そうな顔を向ける。
「君…ハジメを抱いた?」
「……いきなり、何の話ですか」
「しらばっくれても無駄だよ。君からはハジメの魔核の匂いがぷんぷんしてる。こっちがわかるくらいにね」
気分が悪くなるほどの不快感がレイトンを満たしていた。嫉妬の気持ちは大きい。でもそれだけではない。
レイトンは顔を歪め、騎士の神経質に整えられている襟をグッと掴んだ。
ガレスも眉を顰め、魔導師長を睨むように見上げる。
「陛下が何で神子を放っていると思う?」
「…………」
「あの人がハジメに執着してるんだよ。行動も全て制限して自分の元から離れないように縛り付けてる」
レイトンは静かに怒りを滲ませながら、言葉を紡いでいく。
「君がハジメに手を出したら…あの子がどんな目に遭うか賢い君ならわかると思うんだけど」
「…………」
「魔核の匂いがわかるのは僕だけじゃない。陛下だってハジメから違う男の匂いがしていたら気づくよ。それなのに、君は自分の欲を優先して…何してんの?」
自分だって、ハジメに触れて抱きたい。かつてのように二人で朝まで過ごして甘いものを食べたい。でもそんなことをして、ハジメがユージンから酷い折檻を受けることなど容易に想像できる。
嫉妬だけじゃない。ハジメに辛い思いをさせたであろうこの男が許せなかった。
「…わかっている」
「なに?何もわかってないでしょ」
「わかっている…わかっていても無理だったんだ!」
沈黙を貫き通していた騎士は声を張り上げた。胸元を掴むレイトンの手を掴み、ガレスは苦しげに下唇を噛み締めた。
「ハジメの顔が一目見れただけでよかった。あいつを愛しいと大切に思うなら、自分を制するべきなのはわかっている。だが、そばに居て、話をして…笑顔を見たら触れたくなった」
馬鹿馬鹿しい、ガレスの言葉にレイトンは吐き捨てるようにそう返した。掴んでいる手を離し、額にその手を当てる。
「勝手だよね、君も陛下も…好きだから、愛してるからって、それでハジメを傷つけてたら何の意味もないよ」
「………申し訳ございません。魔核の匂いを陛下が嗅ぎ分けることができるとは知りませんでした」
「だろうね。じゃなかったらそんなことできない」
レイトンは頭を下げるガレスを見下ろし、小さく息を吐いた。自分だけ我慢しているのが阿呆らしく思えてきてしまう。それでも、レイトンは冷静に自分を律するしか出来なかった。だからこそ目の前の男がハジメを抱いたことが、悔しくて仕方がない。
その場から踵を返し、足早にレイトンは歩き出す。
「…羨ましいよ、君が」
ポツリと去り際に残した言葉は騎士の耳には届いていない。
あの路地裏でハジメを連れ去れば良かったと、心底後悔している。あの時に冷静さを無くしていればよかった、とも。
そんな情けない自分にレイトンは小さく笑い、また何度目かの溜め息を吐いた。
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