最終決定と王様の変化
王宮にある一つの部屋に、王宮第一、第二、第三の騎士団長、そして各団の団長補佐官が集められた。陽気な日差しが大きな窓から差し込み、広い部屋の中を明るく照らしている。それとは対照的に皆、表情を曇らせていた。
第一騎士団団長、ファルコが自身の懐中時計を見下ろし、長針が頂上に登ったのを確認した瞬間、部屋の扉が開かれた。現れたのは国王であるユージン、その後に続いて入ってきたのは魔導師長であるレイトンであった。ロの字型に囲まれた机の上に用意された椅子へ腰掛けたユージンは隣に魔導師を座らせた。
「皆をここに呼んだのは他でもない、近衛騎士について議論が必要だと声が上がったからだ」
重苦しい空気の中、ユージンは前を見つめたまま淡々と言葉を発していく。
「言っておくが、俺は一度決めたことを覆すことはない。ユアンを近衛騎士にすることはもう決めてある」
「……では、この場は何のために設けられたのです?必要ないのでは」
そう呆れた様に言ったのは第三騎士団団長であった。
「我々が陛下に何を申し上げても変わることがないのであれば、この時間は無意味です」
「俺が、何故ユアンを…ユアン・マーチスを近衛騎士にしたいのか…理由を話していなかっただろう。それと、ただユアンを近衛騎士にする訳じゃない。お前たちが譲歩できるような条件があるなら呑むつもりだ」
ユージンの言葉に団長達は顔を歪めた。殺気立つ空気の中、口を開いたのは第一騎士団、団長補佐官であるガレスだった。
「理由は先日の議会で仰っていたではないですか。私達よりもユアン・マーチスの力が強く、有能であると」
棘があるのは恐らく議会でユージンに言われたことを根に持っていたからだろう。ファルコはガレスを止めず、ただ眉間に皺を寄せ瞼を閉じていた。
ユージンは鼻を鳴らす様に笑い、ガレスに目を向ける。
「それも理由の一つだ。だが、それだけじゃない。俺には…俺の人生にはあの男がいなければいけない。俺が理想としていた王になるにはユアンが必要なんだ」
「陛下が何をおっしゃっているのか私には分かりかねます。何故、ご自身を殺そうとした犯罪者が必要なのですか?」
ユージンはここで初めて言葉を詰まらせた。しんと静まり返る中で、皆の視線が中央に集まる。隣に座る魔導師だけは退屈そうに空を見つめていた。
「俺が、目指していた王は……弱き者にも目を向ける、決してその者達を見捨てはしない。貴族も平民も関係ない。ダバルドンの国民を第一に考える、そんな…王だった」
こんなこと、口にしたことはなかった。ユージンが幼い頃に思っていた、しかし一度も口にしたことはない理想を初めて言葉にした。この国の王になる者として、この理想は相応しくないとされていたからだ。
初めて聞く王の言葉に、団長も補佐官たちも誰も口を挟むことはできなかった。
「そう思っていたときに、側にいたのはユアンだったんだ。今から、その『王』に俺がなれるのかわからない。それでも、ユアンが居ればそれに近づける気がする」
「…………」
「わかっている。これが真っ当な理由として通らないことなど、わかっている。だが、チャンスを俺にくれないだろうか」
ーーユアンと共に、俺は一からやり直したい。
ユージンは頭を下げて、そう言った。あの国王が頭を下げるなんて誰も予想をしていなかった。長い沈黙が続き、それを破ったのは第一騎士団団長のファルコであった。
「ユアン・マーチスがまた陛下を殺害しようとするかもしれません。私はその可能性がある男を近衛騎士として認めることはできません」
国王自身が自分たちに頭を下げる意味の重さを十分理解していたが、認めることはできなかった。ファルコはあの時の地獄絵図を見ていたのだ。ファルコだけではない、第二、第三騎士団の団長達も若き騎士であった時、その光景を目にしていた。目の前の国王が長い間塞ぎ込んでいたことも知っている。
ユージンは、隣に座るレイトンの名前を呼び手を差し出した。
「……もう、どうなっても僕は知らないよ」
「構わん、アレを渡せ」
「はぁ………」
レイトンは床に置いていた鞄から首輪を取り出した。それを見て、団長達は息を呑んだ。ガレスを含む補佐官たちはそれが何か分からず、怪訝な視線を向ける。
「陛下、それは…っ」
「血の隷属具だ。遥か昔に使用は禁じられているが、これをユアンにつける」
レイトンは不愉快そうにその首輪から目を逸らした。血の隷属具と呼ばれていた首輪は数百年前に奴隷制度が禁じられてから、ダバルドンや他国では流通していないものであった。
「これは主人に逆らわない様、本人達の血と魔法で契約を結ぶ。従来のものであれば、他者から主人とその奴隷の契約を解消することは可能だった……が、レイトンにより強固に改造したこの首輪はそれができない」
ーー主人である俺自ら解消しなければ、一生解放されることはない。国王は冷めた口調でそう言い放った。
ユージンが用意したこの首輪は、着けている者が何処にいるのかも全てわかる様になっていた。そして、万が一、契約した奴隷が自害しようとすれば身体が硬直する。首輪をつけた者は逃げることもできなければ、自死を選ぶこともできない。
本来は主人に逆らえば、電流が流れる仕様のものであった。それをより重く改造したものをユアンにつけるとユージンは言ったのだ。
「もし、彼奴が俺を裏切ることがあれば、俺の手で息の根を止める……それでいいだろう?」
「陛下………」
「勿論、ユアンもこれを了承している」
「国民には何と伝えるつもりですか!こんなこと、認められるわけがない」
「公表はしない。ユアンを表に出す気はない。俺の影として彼奴には働いてもらう」
ユージンの覚悟に誰も口を開けなかった。ここまで、ここまでして側にユアンを置きたいのか、ファルコは唇を噛み締めて俯いた。皆、戸惑いと悔しさで感情が乱れていた。これ以上何を言えば国王を止めることが出来るのかわからなかった。
「それと、スラム…フェイジョアを我が国として認める」
「なっ……!?」
ユージンの言葉を聞いて、声をあげたのはガレスであった。ユージンはガレスに視線を向けてから、窓の外へと目を逸らす。フェイジョア、それがあの街の名前だと知っている者がどれほどいるだろうか。今は国の上層部以外で知るものはいない。
遥か昔に地図から消し去られた名前だからだ。
「ずっと俺たち王族が目を背けていた場所だ。民を想うなら、フェイジョアをダバルドンの一部として扱うべきだろう」
「…今になって、何故………」
「昔は彼処に住まう者たちもこの国の民だと思っていたからな…それを思い出しただけだ」
ガレスは素直に喜んでいいのかわからなかった。ずっと気にかけていた貧民街がやっと国の一部として認められるのだ。喜ばしいことであるのに、ユアンのことがあって複雑だった。
きっとユアンやハジメのことも考えて、国王はそう言ったのだろう。ガレスは浮かぶ想い人の姿を思い浮かべ、小さく息を吐いた。
「フェイジョアには今でも罪人の子孫がいるだろう。それを憎む国民も多くいる…特に貴族はそれが根強い」
「反発は大きいはずです。どうするおつもりですか」
「まず、今度の議会でフェイジョアのことを皆に伝える。貴族よりも大臣達を納得させるのが先だろうからな」
ユージンはガレスを見て、言葉を続ける。
「ガレス・アーノルド…お前の隊はフェイジョアを警備しているそうだな。今のスラムの現状を纏めた資料を俺に提出しろ」
「……承知致しました」
「ファルコ、お前も手伝ってやれ」
ガレスと同じ様に、ファルコも頭を下げて返事を返した。ユージンは騎士達を見回し、席を立つ。
「……まだ納得していない者も多いだろうが、血の隷属具をユアンにつけるときは、お前たちも同席してもらう。俺からは以上だ」
ーー意見があるものは後日、俺の元へ来い。
ユージンはそう言うと部屋から出ていった。レイトンは大きく溜息を吐くと、そう言うことだから後はよろしくと言い放ち、同じように出て行ってしまった。
残された騎士達は神妙な面持ちで口を閉ざしていた。ファルコは隣に座るガレスへ視線を向けて、肩を叩いた。
「……スラムのことも出されたら、俺たちは何も言えないな」
「陛下は私達が何も言えないようにしたのです」
ガレスは唇を噛み締め、目元を手で押さえた。微かに震える肩を見て、ファルコは顔を歪めた。ガレス・アーノルドという男は第一騎士団…いや、王宮騎士団の中で人一倍正義感が強い男であると、ファルコは知っていた。だから今、この男がどれほど悔しいか痛いくらい理解できた。
大罪人であるユアン・マーチスを近衛騎士として置くなんて、許したくても許せるものではない。
「陛下の意思は固い。俺たちに頭を下げたんだ。あの陛下が、な…」
「ですが、そんなこと…あってはならない…っ」
「お前の気持ちはわかる。ここにいる全員、納得なんてしてないさ」
ファルコの言葉を聞いた団長達は小さく頷いている。その皆の顔に疲労が滲んでいるのは気のせいではない。
「……スラムに名前が戻ったことだけでもよかったじゃないか、な?」
ファルコのその言葉に、ガレスは小さく頷くことしかできなかった。
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