久しぶりの料理

 

「今この厨房にある食材はこれが全てです」

 王宮の一階にある広い厨房。磨き上げられた大きな台に広げられた食材を見渡し、俺は顎に手をやる。
 大柄で白い制服に身を包んだ料理人たちは興味深そうにこちらを見ていた。
 料理長のサバトさんは好きに使って下さいと穏やかな顔で言ってくれた。そう言われても知らない野菜や魚、どの動物のものなのかわからない肉を見て、何を使うのか決めるのは難しかった。
 数分悩んで、俺は幾つかの食材を指差した。

「ーーでは、この肉を薄く切ればいいのですね」
「はい。それだけお願いできますか?」
「ええ、構いませんよ。異世界の料理には我々も興味がありますから」

 サバトさんは牛肉っぽい肉の塊を持って、人の良さそうな笑みを浮かべた。料理はできるが、さすがにこんな大きな肉の塊を処理したことはない。ありがとうございます、俺は申し訳なく思いながらそう返事をした。


 腰で巻く簡易的なエプロンを借りて、俺は野菜を切っていく。久しぶりに包丁を持った気がする。人参の皮を丁寧に剥いていると無意識に鼻歌が漏れてしまった。ハッとして辺りを見渡せば、料理人達が微笑ましそうに俺を見ていた。

「ハジメ殿は本当に料理が好きなんですな。手際もいい…ぜひうちの厨房で働いていただきたい」
「いえいえそんな…俺なんか趣味に毛が生えたくらいのものですから」
「そんな謙遜されなくても…この野菜を花の形に切る方なんて初めて見ましたよ」

 花の形に切った人参を指しそう言われて頬が熱くなる。こんなことあまりしないが、今日は何故か気合いが入ってしまって、ついついこんなことをしてしまう。恥ずかしく思いながら俺はいそいそと野菜を処理していく。
 ジャガイモに似た野菜を適当な大きさに切って、またまた玉ねぎに似た野菜も適当に切る。ここまできたら俺が何を作ろうとしているのかわかるだろう。
 そう、俺が作ろうとしているのは肉じゃがだ。日本的な家庭料理の代表格と言える。ユージンは好きなものも嫌いなものもない様子だから、きっと食べれなくはないはずだ。

 切った野菜を大きな鍋に入れて火にかける。少し炒めて、水を入れ煮込む。少し前に受け取った薄切りされた肉を中に入れて、また煮込んでいく。沸騰して浮かんできた灰汁を取っていれば、サバトさんは興味深そうに鍋を見ていた。

「なぜそれを取るのですか?」
「それって…灰汁のことですか?まあ…取らなくてもいいですけど、無い方が美味しいですよ」
「なるほど……」

 どうやら灰汁取りをしたことがないらしい。面倒臭ければしなくてもいいが、灰汁を取った方が風味がいい…はずだ。前の世界の牛肉ならそこまで気にしなくてもいいが、この世界の肉は少しだけエグ味がある。せっかく作るならエグ味を無くしたい。
 質問されたことに返しながら、魚を乾燥させ粉末状にされた物を少量中に入れる。さっき確認したら、この粉はカツオ出汁っぽい味がしたのだ。丁寧に出汁を取る時間もないし、なんなら昆布も鰹節もない。代用出来そうなものは使っていくことにした。
 俺が家で使っていた醤油っぽい物は、料理人の1人が市場まで買いに行ってくれたのだから、これ以上迷惑はかけられない。醤油と酒、砂糖を中に入れて落とし蓋をし煮込んだら大体は終わりだ。

 ぐつぐつ煮込んでいれば懐かしい匂いがしてきた。その匂いを嗅ぎながら今度は米を研いで、水に漬ける。サバトさんが肉じゃがを煮込んでいる鍋を見て、俺に声をかけてきた。

「これ少し味見してもいいでしょうか?」
「いいですけど…まだ火通ってないですよ」
「スープだけでも……」

 まあ、それなら…俺が頷けばサバトさんはスプーンで煮汁をすくって味見をした。変な味、そう言われないかドキドキしたが、予想に反してサバトさんは驚きの声を上げただけだった。

「少しの調味料しか入れていないのに、ここまで味がするなんて…不思議だ」

 他の料理人もどれどれと味見をしだした。どうやら、出汁を入れたり、味付けの仕方が日本とは大きく違うらしい。ダバルドンの料理は基本的に濃い味付けが多いから、不思議に思うのも仕方がない。他にどんな調理法があるのか質問され、答えられるところは答えていく。
 米を炊いて、適当に余った野菜で味噌汁を作れば今夜出す料理は出来上がった。まだ肉じゃがに味は染みていないが、厨房を貸してもらったお礼を込めて少しだけ食べてもらうことにした。


「複雑で繊細な味ですなぁ…これが冷えたらもっと食材に味が染みるのですか?」
「煮物は基本そうですよ。出来てすぐ食べるんじゃなくて、冷まして少しおいた方が美味しいんです」
「なるほど…初めて知りました」

 サバトさんや他の人たちがどうやって他の料理に応用できるのか話し合っているのが恥ずかしい。そんな大した知識ではないのに。

「陛下が貴方を厨房で働かせて欲しいと言ってきたときは何事かと思いましたが、ぜひ我々と共に働いていただきたい」

 明日からでもどうですかな?サバトさんにそう言われたが、俺は苦笑しながら首を横に振った。ユージンはよっぽど俺を出て行かせたくないらしい。恐らくサバトさんにも俺を引き留めるように言ったんだろう。その後もしつこく勧誘されたが俺は頷かなかった。





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