最後の晩餐

 

「ほぉ…これが異世界の料理か」

 ユージンは面白そうに口端を上げながらそう言った。長いテーブルの上には似つかわしくない、素朴な日本料理が並べられている。肉じゃが、味噌汁、白ご飯。シンプルだけど、用意できる料理がこれしかなかった。

「口に合うかわからないけど…どうぞ」

 そう言ったが、内心ドキドキしてしまう。食に興味のないこの王様は一体どんな反応をするんだろうか。俺の前にも同じものが並んであるが、食べたところを見ないと口をつけられない。
 ユージンはフォークを使い肉じゃがに手をつけた。緊張した面持ちで口に運ぶまで見届ける。整った形の唇が動き、数回咀嚼する。
 俺はギュッと膝の上で拳を握りしめた。こんな緊張したのは就活の面接以来だ。

「……変わった味だな」
「か、変わった味…?」

 それは不味いってことか?俺は身体を強張らせたが、ユージンは微笑みながら優雅にフォークを動かして食べていく。白ご飯も食べて、味噌汁も一口飲んで俺に視線を向けた。

「ふっ…何だ、その顔は」
「仕方ないだろ、不味いのか美味いのかわからないから…っ」
「食べたことのない味だが、美味いぞ」

 ユージンはそう言いながら今まで見たことがないほど優しい笑みを浮かべた。緊張してる俺が余程面白いのかくすくす笑いながら、料理を食べていく。
 その様子を見ていたらどんどん肩の力が抜けていった。よかった、口には一応合ったみたいだ。
 ホッと息を吐いて、俺も食べることにした。味噌汁は茶碗じゃなくてスープ皿に入ってあるから、スプーンで掬って口に運ぶ。

「……うまい」

 久しぶりに感じた味噌汁の味に俺は泣きそうになってしまった。本当は啜りたいけど仕方ない。肉じゃがも一口食べて、俺はもっと泣きそうになった。
 煮汁を吸ったホクホクのじゃがいも、歯がなくても食べれるほど柔らかい肉。甘みの強い人参と玉ねぎはよく煮込んだからトロトロになっている。
 出汁がわりのあの粉末、入れて正解だったな…自分を褒めながら噛み締めていると、斜め前からまた笑い声が聞こえてきた。

「くく…っ、そんな幸せそうな顔をして食べるやつは初めて見たぞ」
「うるさい、美味いんだからしょうがないだろ」
「あぁ、そうだな。美味いな、ハジメの料理は」

 ムカついて睨んだが、楽しそうに笑っているユージンを見て俺は口を閉じた。俺だってこんな楽しそうに食べる王様を見たことがない。退屈そうに、仕方なく手を動かし物を食べる姿しか知らなかった。
 胸に暖かいものが広がって、何故か泣きそうになってしまう。誤魔化すように、俺はばくばく料理を口に運んだ。

「こんなに美味いなら、お前が幸せそうな顔をするのなら…もっと早く作って貰えばよかった」
「ユージン……」

 ユージンは切ない笑みを浮かべ、そう小さく呟いた。胸が少し痛く感じて、俺は胸元をギュッと握りしめた。何で…どうして、最後の夜にこんな優しさを見せてくるのだろう。

「俺が働く店でもいいし……」
「……ん?」
「俺の家でもいい。いつでも作ってやるから、食べに来いよ」

 そう言って俺は微笑んで見せた。ユージンはふんっと鼻を鳴らし、王宮で働けばいいだろうといつものように言い返してきた。それは無理だ、なんて言いながら俺の口は緩んでしまう。和やかな空気が食堂に漂っていた。
 こんな雰囲気の中、食事を取ったのはいつぶりだろうか。幸せだな、なんて柄にもなく思ってしまう。

「まだ、この肉じゃがはあるのか?もっと食べたいんだが」

 いつのまにか空になった皿を見せながら、ユージンは俺にそう言った。悪戯な笑みを浮かべた王様を見て、目の奥がじんわり熱くなる。震える息を何度か吐き出し、俺は笑った。

「もちろん。まだあるから、いっぱい食べてほしい」

 言い終わった瞬間、我慢したのに涙が溢れてしまう。笑いたいのに変な顔になった。その顔を見てユージンはまた楽しそうに笑い声を上げた。




 *



「ユージン…しないのか?」

 ベッドに横になり、俺の髪に顔を寄せる男にそう問いかけた。少しカサついた親指が俺の唇を優しく撫でる。抱いて欲しいのか?揶揄いの色を含んだ声が降ってきて、俺は別に…とだけ返す。
 一緒に眠る最後の夜なのに、ユージンは酒を飲んで俺を抱きしめて横になっただけだ。

「抱きたい気持ちはあるが…お前を抱きしめて、ゆっくり過ごしたい」
「…………」
「どうしてもと言うのなら抱いてやってもいいぞ?」

 その言葉にムカついて指に噛みつけば、ユージンは俺をギュッと抱き寄せてきた。耳元で楽しそうに笑うこの暴君がむかつく。戯れあったあと、シンとした空気が俺たちを包み込む。
 トクン、トクン…厚い胸板から微かに鼓動の音が聞こえて、俺はゆっくり目を閉じた。

「ハジメ…明日、朝からスラムに戻るのか?」
「……そのつもりだけど。ユージンは朝から仕事だろう」
「…………昼からにしろ」

 アンタは昼も仕事だろ、そう返せば不機嫌そうな声が返ってきた。

「昼間なら少しくらい抜けても平気だ」
「大忙しの王様が仕事抜けてもいいのか?ダメだろ」
「お前は…暫く会えなくなる俺の気持ちを考えろ」

 駄々っ子のように昼間に出発しろと何度も言ってくる男に溜息を吐いた。このやり取りは昨日からしている。城の人に迷惑かけたくないから、朝イチで帰りたいのに…この王様はそれを理解してくれない。
 我儘言うなよ、そう思って顔を見れば案の定眉間に皺を寄せたユージンが俺を見下ろしていた。

「ユージンも俺の気持ち考えてくれよ」
「早く外に出たい、家に帰りたい気持ちをか?」
「それもあるけど、俺は……っ」

 言いかけて、口を閉じた。いきなり黙った俺に怪訝そうな視線が突き刺さる。気まずくなって視線を逸らせば顎を掴まれ、無理矢理目を合わせられる。

「俺は……なんだ?」
「……何もない」
「言え。何を言おうとしたんだ」

 このまま黙ってやり過ごそうとしても、きっとこの男は引き下がらない。言いかけてしまった俺が悪い。目を逸らしながら俺は重い口を開いた。

「アンタに見送られたら、また…泣くかも、しれない…だろ」

 尻窄みになりながらそう言うと、空色の瞳が大きく見開かれた。そして、どんどん歪んでいく口元を見て、顔に熱が集まってくる。あぁ…だから言いたくなかったんだ。

「ふぅん、そうか…俺が見送りに行けば、お前は寂しくて泣いてしまうんだな」
「…そんなことは言ってない」
「俺にはいつでも会えるだの何だの言っていた癖に、お前は俺と会えなくなることを寂しく思っているのか」

 ユージンはそうかそうか、なんて言いながら枕に肘をつき手のひらで自身の頭を支えた。偉そうに俺を見つめる顔は嫌に上機嫌だ。片方の手が伸びてきて俺の頬を撫でる。

「正直、今でもお前をここから出したくはない。このまま閉じ込めて、俺だけを見るようにしてやりたい」

 またその話か、俺がウンザリしているとユージンは目を細めて続けた。

「お前を外に出して、何処の馬の骨かもわからない奴に取られたらと思うと気が気じゃなかった。そんな奴が現れたら殺してやるつもりでいた」

 今もそのつもりだがな、何でもない顔をして物騒なことを言ってのける男に思わず引いてしまう。この王様が言うと冗談に聞こえない。いや…冗談じゃないのか。俺のことが好きだと言ってきた男達の未来を思い浮かべて背筋が震えた。

「だが、今さっきのお前の言葉を聞いて確信した」
「確信した……?何を?」

 ユージンは俺に顔を近づけ、低い声で囁く。

「お前は…必ず俺の元へ戻ってくる」

 不敵な笑みを浮かべ、俺の唇に軽い口付けを落とした。ユージンのまさかの発言に俺は目を丸くした。一体どこからそんな自信が湧いてくるんだ?

「ハジメは俺と過ごした日々を忘れられない。離れて、普通の生活に戻っても…俺のことを思い出す」
「そ、れは…そうだろ。だって、アンタと俺は…っ」

 ユージンとは濃い時間を過ごしてきた。いい意味でも悪い意味でも。きっと、俺の人生の中で色濃く残る思い出だ。


「俺以上にお前を夢中にさせる人間は現れない」


 ーーこの先、何があってもな。
 戸惑って何も言えない俺を鼻で笑い、ユージンはまた口付けを降らした。


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