解放と告白
「本当に行くのか?」
青天が広がる昼下がり。
結局俺はユージンの言う通り、昼間に城を出ることになった。昨晩、俺は必ず戻ってくるだなんだと言ってご機嫌そうだったのに、この男は不機嫌な顔を隠さず俺を見下ろしていた。
今日何度その言葉を聞いたのかわからない。昨日は泣いてしまうかも、そんな心配をしていたがどうやら大丈夫そうだ。
「帰るって言ってるだろ。しつこいぞ、ユージン」
「どうしてお前はそんなに平然としていられる。俺はお前と離れるのがこんなに辛いというのに」
ユージンの言葉を聞いて、この城に来てからの日々が脳裏に浮かんできた。辛くて悲しい記憶ばかりだが、この王様の闇が無くなって、前に進めるようになったのならよかった…なんて思ってしまうのだから、自分のお人よし具合にはほとほと呆れてしまう。
俺の腕を掴むユージンの手の上に自身の手を重ねる。ぼこぼこした傷跡に触れてから、ふっと笑みが溢れた。
「俺も少しだけ辛いよ、アンタと離れるのが」
「っ、なら…!」
「このまま王様として頑張ってくれるのか、また変な癇癪起こして落ちぶれないか…心配で仕方がない」
俺がそう言うと、ぴくりと手が動いた。
「でも、大丈夫だよな?」
「……………」
「俺はアンタを…ユージンを信じてる。立派な王様の姿を俺に見せてほしい」
ユージンはグッと顔を歪めると、腕を引いて強く抱き締めてきた。苦しいほどの抱擁に、ふわりと鼻についたのは嗅ぎ慣れた男の匂い。震えるような呼吸音が耳元から聞こえてくる。
「やっぱり行かせない。俺は───っ」
「はーい、そこまでー。さっさと離れてねー」
抑揚のない声が聞こえ、俺たちはぐいっと離れさせられた。間を割るように両腕を差し込んできたのはレイトンだった。
黒のローブを着た魔導師は貼り付けたような笑みを浮かべ背後を指差した。
「君たちがダラダラ話してる間に迎えの馬車来てるから。ほら、陛下は早く仕事に戻りなよ」
「……レイトン」
「僕にハジメを送るように言ったのは君でしょ?」
レイトンは俺の肩を掴み、強引に馬車へと向かわせようとしてくる。戸惑いながらもそれに従うことにした。ユージンの怒鳴り声が聞こえてきたが魔導師はお構いなしだ。俺はキャビンに押し込まれ、続いてレイトンも乗り込んだ。
バンッ!と強く扉を叩かれて、窓の向こうからユージンが覗き込んでくる。チラリと見えた王様の背後には文官の人達が焦った様子で戻るように声をかけていた。どうやらユージンは仕事を長く抜けすぎたらしい。
「必ず会いに行く。勝手に結婚なんてするなよ」
「はいはい。何回も聞いた」
「恋人も作るのは許さん!わかったな!」
凄い形相でそう言ったユージンに、レイトンは隣で溜息を吐いた。俺もわかったわかったと、苦笑しながら返事をする。
レイトンが早く出す様に指示を出し、漸く馬車が動き出した。焦ったようなユージンの顔に少しだけ笑いが漏れた。そうこうしてるうちにどんどん馬車は進んでいき、城の門までやってきた。キャビンの後ろについてある窓を見れば、遠くで文官に囲まれたユージンがずっと此方を見つめている姿が見えた。
──あぁ、あの生活が終わるのか。
寂しい様な気がして、何度も背後を振り返ってしまう。すると、隣で咳払いが聞こえてきた。レイトンの存在を忘れていた俺は隣に視線を向ける。
「軟禁されてたくせに、どうしてそんなに寂しそうなのさ」
「ただのストックホルム症候群だ」
「スト……なに?僕の知らない言葉を使うのやめてくれる?」
全く、レイトンは深い溜息を吐いて。柔らかい背もたれに身体を沈めた。
「こっちは君が殺されるかもって心配してたのに、あの暴君と仲良くなってさ…君の人たらし具合には感服するよ」
「……俺だって、こんなことになるなんて思ってなかった」
ユージンのことが嫌いだったのに、今はそんな気持ちがなくなってしまっている。少しだけ離れ難さも感じたのだから俺も自分に吃驚していた。レイトンはそんな俺を見て鼻を鳴らした。
そのえらく機嫌が悪い様子に内心首を傾げた。気まずい沈黙が俺たちの間で流れる。
ふと、窓の外を見れば王都の綺麗な街並みが視界に入ってきた。
「そういえば、今日は魔法使わないんだな」
「転移魔法のこと?使ってもよかったけど、ハジメはあれが苦手でしょ」
「何で苦手ってわかるんだ?俺言ったことあったっけ…」
「毎回顔真っ青になってたからね。見たらわかるよ」
レイトンは俺の顔を見てクスリと小さく笑みを溢した。
「それに、ハジメとは王宮でたまに会っていたけど、二人きりでちゃんと話しはできなかったし…今なら話せるかと思って」
大きく綺麗な手が俺の頬をそっと包み込むように触れた。親指が優しく目元をなぞり、深い海の色をした瞳が俺を覗き込む。何故かその瞳を見て心臓が大きく跳ねた。
待ってくれ、何なんだこの空気は。どうしてコイツはこんな真剣な目で俺を見つめてくるんだよ。
「──ほんっと可愛いよね」
「……はぁ?」
「パッとしない顔なのに…何でこんなに可愛いんだろう」
やっぱり変な魔法使ってるよね?レイトンは真顔でそう聞いてきた。使ってるわけないだろ、そう返すと嘘つきと言われてしまった。俺にそんな魔法が使えるほど魔力がないことを知っているくせに、変な質問してくるな。
「魅了魔法を使っていないと可笑しい。だって、あの宝石商のチンピラも騎士も神子も、陛下も…ハジメのことが好きなんだよ?どうして?」
「ど、どうしてって…そんなの俺が聞きたい」
「ムカつくなぁ……」
レイトンは顔を歪め、小さくそう呟いた。いつもへらへらと軽薄そうに笑っているのに、今は不機嫌全開な顔を見せてくるから戸惑ってしまう。
「美味しいお菓子も作れて、面倒見が良くて…おまけに床上手で……本当に君は何なの」
「おい、アンタこそさっきから何言って…」
「最初は変わった子で面白いって思っていただけだったのに…僕はこんなにも君に夢中になっちゃってる」
自嘲するように笑った男に思わず息を呑んだ。長い腕が俺を引き寄せてグッと顔が近くなり、鼻先が触れ合う。
「ハジメのためなら何だってできる。ハジメが願うならどんな願いでも叶えてあげたいって──この僕がだよ?研究にしか興味がなかったのに…今は君のことでいっぱいになってるんだ」
「レ、イトン…」
俺の唇に柔らかいそれが重なる。微かに震えているのきっと気のせいではない。どくり、どくり…鼓動が大きな音を立てて脈打った。
「ハジメが好きだよ。君のためなら地位も名誉も…全部投げ捨てたっていい」
すぐ返事は出来なかった。まさか、レイトンから告白されるなんて思ってもいなかったから。いつもなら冗談かと疑うが、縋る様な瞳が本気なのだと伝えてくる。
「あの時…スラムの路地で君に言った言葉を覚えてる?君と一緒に他国へ逃亡してもいいって話…あれが僕の本心だから」
「俺は…レイトンをそんな目で見たことがない。そんなこと急に言われても、その…困るよ」
本当に困ってしまう。この世界に来て謎のモテ期が到来している今、また俺のことを好きだと言う男が増えたなんて。レイトンは俺の言葉を聞いて少し笑い、手のひらが俺の胸に当てられる。思わず身体が跳ねた。
「困るって言いながら、どうしてこんなに心臓が速く動いているの?今、僕を意識してるんじゃない?」
「………っ」
違う、小さな声で否定したが何とも説得力がない。レイトンは俺の唇に触れるだけのキスをして、身体を解放した。
「今すぐ返事が欲しいわけじゃないよ。でも、本気で君のことが欲しいと思ってるんだってこと知って欲しかったから」
「困るって言ってるのに…何なんだよ」
「いっぱい困ってよ。それで頭の中が僕で埋め尽くされたらいい」
楽しそうにそう言った魔導師を、俺は睨むことしか出来なかった。溜息を吐いて、反対の窓を見るように顔を背けた。
顔が熱いし心臓も煩い。気まずい沈黙中、俺は早くスラムに着いてくれ、そう心の中で何度も願った。
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