不審者との生活

 あの日から男との異様な生活が始まった。
 男は常に俺を見張り、俺は怯えながら飯を作り、男の性欲処理のために股を開いた。

 目の前で親子丼に食らいつく男を黙って見つめる。因みに今日の献立は、親子丼とほうれん草のおひたし、味噌汁だ。怪しい男になんでこんなちゃんとご飯作ってあげているのか自分でもわからない。仕方ない、俺は手抜きができないんだ。
 和食に男は一瞬怪訝そうな顔をしたが、ちゃんとフォークとスプーンで食べている。

 男は無精髭や、燻んだ金色のウェーブかかった髪は鎖骨まであり、不衛生だが顔はワイルドな雰囲気で整っているように見える。鷹のような金色の目も凄く綺麗だ…瞳の奥はかなり澱んでいるけど。
 体も、ザブール並みにガタイがいい。鍛えているように見える。

 俺は溜息をつき、ゆっくり口を動かした。
 疲労が溜まっているのか、全く食欲が湧かなかった。

 男は基本無口で何も話さないが、常にピリピリしている。話すときもあるがそれは何かを要求する時だけだ。
 もちろん客も取れず、連絡すらできないし、外にも出してくれない。何か理由があるのかもしれないが、その理由もわからない。
 日が経つごとに、ストレスと疲労が溜まっていく。

 *

「…、あ」

 米の貯蔵庫についに米がなくなった。野菜も肉もほとんど無くなり、買い出しに行かなければいけない。
 ベッドの縁を背に、ジッと目を閉じている男に声をかける。

「あの、もう食料がなくて…買いに行きたいんだが…」
「………」
「食材がないと、何も作れない。それぐらい、いいだろ…頼むよ」

 黙っていた男は立ち上がり、俺の目の前に立った。

「…買い出しには行かせてやるが、魔法をかけさせてもらう」

 そう言って男は俺の額に手を当て、呪文のようなものを唱えていく。一瞬目の前が白くなり元に戻った。
 よくわからなくて戸惑っていると、男は口角を少し上げ、口を開いた。

「お前の行動を見張ることにした。どこに行くのか、誰と何を話すか…すべてわかる」
「………」

 そう言いながら、未だに疼く傷を撫でた。首から鈍い痛みが走る。

「少しでも俺のことを誰かに話したら…わかるよな?」

 冷たい男の声に俺は震えた。

「怪しい動きをしてみろ。お前の頭を吹き飛ばすことになる、よく考えて大人しく買い物することだ」

 一体どんな魔法をかけたんだよ。そう思ったが、自分の頭が吹き飛ぶことを想像してゾッとした。
 絶望感に倒れそうになりながらトートバッグに財布を入れ、玄関に向かった。

 *

 市場に行き、なるべく日持ちするものを選んでいく。
 あの男はおそらく好き嫌いはないはずだ。それでも、気に触ることをしたら…と考えると怖い。慎重に食材を選ぶ。


 家に帰りたくなくて、重いトートバッグを持ちながらぶらついていると、掲示板に人が群がっているのが見えた。
 なんとなく近づき張り紙を見て、俺は目を見開いた。

 ーーユアン・マーチス 脱獄
 そう見出しに書いてあり、元・王国騎士団、団長ユアン・マーチスは第1皇太子殺害未遂事件の犯人である…と続けられている。その隣に描かれた似顔絵はあの男そっくりだった。
 俺があの男に出会った日は脱獄した2日後で、死にものぐるいで逃げていたのだろう。

 ーーガレスさんに連絡…そう思ったが、男の言葉を思い出し辞めた。
 男にバレないように伝えるのは無理、バレたら死ぬ。考えても結局なにもできない。

「元騎士団長だから体術も魔術もすごいらしいぜ。だから騎士団は捕まえられなくて焦っているらしい」

 隣の若者がそう小声で話していた。
 ーーやっぱり大人しくしとこう…そうしよう。
 そう思いながら、その場を去る。とぼとぼ帰り道を歩きながら、これからどうすればいいかをずっと考えた。

 いつのまにかアパートに到着し、俺はでかいため息を吐いた。

*前 | 次#