不審者との生活(2)

 結局、男…ユアンに掲示板のことを言い出せないまま時間が流れていく。言ってしまえば、何をされるのかわからない恐怖もあり言うことができない。
 客を取らず、誰からの連絡にも出ていない。ガレスさんとカイルからの連絡が多いが、たまにザブールやレイトンからも来る。
 どうすればいいかわからないまま、ユアンに尽くす日々は続いている。

「ーーそれは生まれつきか」
「…へ?」
「黒い髪と黒い目だ」

 無言で夕飯を食べていると、いきなりユアンがそう聞いてきた。

「生まれつき、です」
「珍しい…自分で染色してるわけじゃないのか」
「はい…」

 ユアンはまたむっつりと黙り込み、重い沈黙が食卓を包んだ。
 いきなりなんなんだ、俺は怪訝に思いながら箸を進める。暫くして、またユアンが口を開いた。

「神子もお前のように黒髪黒目だと聞いた…お前は神子か?」
「…違います」

 神子だったらこんな場所に住んでいない、そう言えばユアンは珍しく笑った。
 びっくりしすぎて箸を落としそうになったが、なんとか耐えた。ユアンもすぐに笑みをなくした。

「神子様は美人らしいからな、お前なわけがないか」
「はぁ…」
「気にするな、お前のほうが床上手だ」

 そう言って、いやらしく笑ったユアンに俺はイラついた。
 なんのフォローにもなってないし、何言ってんだこの人。人はある期間ずっと一緒に過ごしていると馴れ馴れしくなるのか、部屋に閉じこもっているから少し頭がおかしくなるのか…俺は小さくため息を吐いた。

「貴族出だろう?何故こんな家に住んでるんだ、家族は?」
「………」

 饒舌な男に驚きながらも、俺は首を横に振り否定した。

「家族はいましたが、もう会えません」
「…何故」
「ここにはいないからです」

 前の世界の田舎でのんびり暮らしている両親を思い出しながら、そう答えた。
 カイルのように勘違いされるかもしれないが、異世界から来ましたなんて言えるわけない。ましてやこんな犯罪者に。

 また、ユアンは黙り込んだ。
 俺は少し両親を思い出して、センチメンタルな気分になった。帰ることができるなら帰りたい、でも2年もこの世界にいる。

 ーー帰れる望みはない。

 *

 あれから男、ユアンの態度が変わった。
 ピリピリした空気もなくなったような気がするし、何より俺に向ける目が変わった。
 何かを含んだ熱い瞳が、じっと俺を見つめてくる。



「んああっ、やっ、んぅ、〜〜っ!」

 腰を振りながら口付けてきたユアンに俺は目を見開いた。
 そう、キスなんてこの男はしなかったのに、ユアンはしてくるようになったのだ。
 ユアンは熱のこもった瞳で俺を見つめてくる。前まで何も感じなかったのに、こんな見つめられると何故か恥ずかしくなってくる。
ーーあれか、これがストックホルム症候群か?
そんなことを考え気を紛らわそうとしたが、ユアンはデカイ体をかがめてより近くで見つめてきた。

「は、ぁっ…なんか、やだ…みるなよ…っ」
「………」
「あああっ、ひ、ぃぃっ!んっ、あっ、はげし、ぃっ!」

 激しい腰つきと、ユアンの視線により体が熱くなった。以前より乱れてしまい、体力をかなり消耗してしまった。


 中に出された不快感に顔を歪めた。悲鳴をあげる体に鞭を打ち、なんとか後処理をする。

 風呂場からベッドに戻ると、眠っていたユアンが目を開いた。

「…おまえは、つよいな」
「え?」

 低い声が小さくそう呟いた。
 部屋は静かだからか、小さい声なのに響いているように聞こえた。
 俺を見つめる瞳は、見たことがないくらい暖かい光が灯っている。

「きれいな目だ…かあさんも、おまえのように…」

 カサついた指が俺の目元を撫でる。
 戸惑ったが、何も言えずに黙って男の声を聞く。

「かあさんも、おまえのように澄んだ目をしていた…」
「ユアン…」
「もう会うこともできないが…」

 思わず名前を呼んでしまった。
 ユアンは哀しげに笑い、目尻から一筋の雫が落ちる。
 男にもなにか、事情があるのだろうか…目元を撫でる手をそっと握った。

 暫くして、ユアンはゆっくり目を閉じた。
 穏やかな寝息を聞きながら、顔を見つめる。初めてこの男が眠っているところを見たような気がする。
 先日見た掲示板の張り紙を思い出した。

『元王国騎士団、団長ユアン・マーチス 脱獄
現国王、第1皇太子の殺害未遂と国に対する反逆の罪により投獄ーー…』


 自分の中で、この男…ユアン・マーチスに対しての印象が変わっていくのを感じた。

*前 | 次#