ユアンの話(2)

 ーー俺は、スラムの端っこで産まれた。
 金もなく、父親もいなかった。それでも、病弱だが優しい母親に育てられ、俺は幸せだった。
 俺は身長は高かったが、骨と皮だけの痩せっぽちだった。
 ある時、近所にある廃れた教会の神官が、俺には強い魔力やエネルギーを感じる…そう言ってくれた。本当か嘘かもわからないが、母さんは涙を流しながら喜んでいた。

 娼婦の仕事をする母さんは酷く辛そうに見えた。何とか母さんを楽にしてやりたい、そう思った俺はいい仕事につくために神官から少し勉強を教えてもらっていた。朝から夕方まで死体や死んだ家畜の処理をする仕事をし、夕方から夜は神官と勉強。
 仕事は嫌だったが、学のない幼い俺にはこんな仕事しかなかった。
 それでも毎日毎日、なんとか頑張っていた。

 しばらくして、母さんに異変が起こった。
 いつものように野菜のカスを煮たスープを飲んでいると、母さんがいきなり嘔吐したのだ。
 俺は慌てて隣に住んでいる、元医者の爺ちゃんを呼びに行った。

「…ふむ、妊娠しておるな」
「にん、しん…ですか」

 俺はびっくりしたが、嬉しいと感じた。俺の家族がもう1人増えた。誰が父親かわからないが、それでも家族が増えるのはとても…とても嬉しかった。

「母さん!妹かな、弟かな?妹ならマリーみたいに可愛い子がいい」
「そうね、マリーちゃん可愛いものね」

 母さんは少し複雑そうな顔をしていたけど、いつものように優しく微笑んだ。
 大きく膨れたお腹を撫でて、俺は毎日まだ見ぬ家族に話しかけた。
 ーー母さんも、新しい兄弟も俺が守る。
 そう決めた俺は、一層仕事や勉強に励んだ。

 *

 その日はいつもより長く教会にいた。
 なんと、神官が騎士団入団試験を受けられるかもしれないと言ってくれたのだ。どうやら知り合いに騎士がいるらしく、俺のことを話したところ入団試験の手続き書類を渡されたらしい。
 嬉しくて、いつもより勉強した俺は帰りが少し遅くなった。
 星と月が照らす道を俺は軽い足取りで歩き、家に帰った。

「ただいま!母さん!」

 そう言ってドアを開けても、いつものように出迎えてくれる母さんは居なかった。
 シン、と静まり返った部屋を俺は不思議に思った。

「母さん、寝てるの…?」

 母さんは寝ているのだろうか、そう思いながら寝室のドアを開けた俺は目を見開いた。

「か、あさ…」

 大量のどす黒い血の水溜りの上に母さんはいた。
 口から血を流し、腹を引き裂かれ事切れた母親の姿。呆然としながら近く。
 目を見開き、吐いたのか口の周りは大量の血で濡れていた。言葉にもできないような無残な母の姿のそばに、何か小さな赤い塊があった。


 人のような顔をしたそれに、俺は息を飲んだ。
 それをゆっくり震える手で抱き上げ、俺は獣のように唸り、泣き叫んだ。


 少しして元医者の爺ちゃんが俺の泣き声に様子を見に来てくれた。爺ちゃんは部屋の惨状に驚きながらも、俺を宥めた。
 母さんと、あの小さな塊を爺ちゃんが綺麗にしてくれた。

「ユアン、お前さんの新しい家族は…弟だったようじゃな」

 爺ちゃんの言葉に、俺はまた涙を流した。

 翌日、神官と爺ちゃんで遺体を埋葬した。ちゃんとした石はないけれど、母さんの名前を彫った。

 後日騎士団を訪ねて、俺は母が殺されたことを話した。何とか、犯人を捕まえてほしいとそう伝えた。

「ーー君のお母さんはスラムで殺されたのかな?」
「そうですっ、だから犯人を…!」
「悪いけど、犯人を捜すことはできない」
「え…?」

 ーー目の前の騎士が何を言っているのか理解出来なかった。

『スラムで起きた犯罪は多いから、全て放っておくように国から言われていてね…だから、スラムでの殺人事件は事件として認められないんだ』

 ごめんね、と騎士は謝った。
 隣の窓口では、貴族が宝石が盗まれたと被害届を出していた。その犯人を探しますと担当の騎士は言っている。
 ーーあぁ、どうして俺の母さんや、弟は殺されたのに犯人は探されず…宝石を盗んだ犯人は探されるのか。
 命はなによりも大切で、何の代わりもないものだと神官が言っていたのを思い出した。
 ーー俺の母さんと弟の命は、宝石よりも大事なはずなのに。
 華やかな王都から、俺はスラムに戻った。

 ーーそして、俺は決意した。
 国に復讐すると、母さんや弟の死を無かったことにされた報いを返すと。


*前 | 次#