事件のその後

「ーーハジメ、私がどれだけ心配したかわかっているのか?」
「…心配をおかけしてすいません」
「はぁ…まさか、お前がユアン・マーチスに軟禁されていたとは…」

 ガレスさんは眉間を揉みながら溜息を吐いた。
 ユアンが捕まった次の日、国全土にそのことは知らされた。そして今、ガレスさんは疲れた顔で家を訪ねてきて、すぐに説教が始まった。
 ガレスさんは目の下には隈ができていて、今回の件であまり眠れていないようだ。
 ーー知り合いが脱獄者に囚われていたらそうなるか…。
 騎士団もかなり忙しかったのだろう。

「やはり、ここは危険だ。私の実家が所有している土地の…」
「引っ越しはしませんよ」
「ハジメ…」

 以前と同じようなことを言うガレスさんに、俺はきっぱりと断った。
 安物だが美味しい最近買った紅茶を一口飲み、ガレスさんに向き合う。心底俺の気持ちがわからないという顔をしていて少し笑ってしまう。

「俺はもう29歳なんです、20前の子供じゃない。だから自分でできることは自分でやりたいんです。引っ越しはもちろんしたい、他にもやりたいことはある…そのために俺は今お金を貯めてるんです」

 本当は男娼はしたくないけど、身分がない俺にはどうしようもない。もっとまともな地域に住みたいという気持ちもしっかりある。身分を得るためには、もっとちゃんとした家に住んで、所得を増やす。
 その金をガレスさんに援助してもらうなんてこと嫌だ。
 俺は続けて口を開いた。

「ガレスさんの気持ちは本当に嬉しいです。その気持ちだけで充分なので、ガレスさんは自分の仕事に専念してください」
「………」

 それを聞いたガレスさんは大きく溜息を吐いた。その姿を見ていると、ガレスさんは俺の腕を引き、優しく抱きしめられた。
 フワリと上品な香水の香りがして、俺はびっくりして目を見開く。

「全く…お前は本当に強情なやつだな」
「ガレスさん…?」
「この私が援助してやろうというのに…ハジメくらいだぞ?」

 いつになく優しいトーンのガレスさんに驚く。突き放そうとも思ったが、俺は体の力を抜いてガレスさんに身を預ける。ユアンとのことが頭の中で湧き出して、ぐるぐる巡っていく。
 俺も自分が思っていた以上に疲れていたのかもしれない。

「ユアンに無理やりされて本当に怖かったんだ…逃げたくても、逃げられなくて…つらかった…っ」
「ハジメ…」
「でも、ユアンの過去を聞いて…ユアンが可哀相で、俺は…」

 涙を流しながら俺はユアンの過去を話した。
 どれだけスラムの住民が不憫な気持ちを味わっているのか、国の理不尽な規則に対しての怒りを吐き出した。

「ユアン・マーチスは事件を起こした理由を話さなかったんだ。まさか、そんな過去があったとは…」
「ガレスさん、たぶん今でもユアンのような目にあっている人はいると思います。だから…早く、ここにも規律を作ってください」

 お願いします、と俺は頭を下げた。
 ガレスさんは頷いた。俺は涙を流したことを恥ずかしく思い、ガレスさんの腕の中から逃げた。

「実は、昨日の会議でスラムが警備区域に追加された」
「え…ほ、ほんとうですか!?」

 俺は目をこれでもかというくらいかっ開いた。

「あぁ…、今回の一件で、スラムの警備区域追加の申請がおりた。といっても、他の区域と比べると警備人数はかなり少ないがな」
「すごい…すごいです、ガレスさん!」
「お、おい…っ」

 感極まって抱きついてしまった。ガレスさんはアタフタしてるが、もっとすごいことしてきただろうと言ってやりたい。
 俺はそれどころじゃなくて、本当に嬉しくて仕方がない。

 ーーユアン、あんたは捕まってしまったけど少しずつでも変わってきてるよ。
 悲しげな姿を思い浮かべ、俺はまた涙腺が緩くなる。ユアンとのことがあってから俺はかなり涙脆くなった気がする。
 ーーまだ精神が不安定なのかもしれない。
 俺は抱きついていた腕を離し息を吐いた。

「ハジメがこんなに喜ぶとはな…」
「…っはぁ、何か言いましたか?」
「何でもない!」

 ボソボソと何かガレスさんは呟いているが、赤い顔で怒鳴られた。いや、そんな怒らなくてもいいんじゃないか?
 さっそく瞼が重くなってきた、これは明日腫れるだろう。

「…まだ十分ではないが、これは大きな一歩だ。ユアンのような酷い事件や、犯罪全てはスラムだからといって無視されるべきではない」
「そうですね…」
「全ての犯罪は地域、身分、年齢関係なく裁かれるべきだ」

 ーーガレスさんかっこいいな…いつもはタカビーな騎士様のくせに。
 キリッとしていて、さっきまでの様子とは全然違う。俺は内心、ガレスさんのかっこいい言葉に拍手をした。

 その後はお礼も含めて、ガレスさんの大好物ー本人は認めてないがーのオムライスをご馳走した。特別にチーズを入れてやれば、いつもは冷たいアイスブルーの瞳がキラキラ輝いていた。
 食べ終わったあと、そわそわしながらガレスさんは
『この狭いベッドで満足しているのか?どれくらい不快な寝心地なのか気なるな…試しに寝てみてもいいだろうか』
 と、よくわからないことを言ってきた。泊まりたいという意味だったのだろうがきっぱり断った。


「…その、なんだ…先程、お前は私に生意気な口調で話していただろう」
「生意気?…あぁ、砕けた話し方をしてすいません。感情が昂っていて…」

 帰り際にガレスさんはそう言った。あの時は自分でも恥ずかしいくらい不安定だった気がする。

「ハジメがどうしてもというなら…あの口調でも構わないぞ」
「はぁ…」
「ど、どうするんだ。貴族の私が特別に許してやっているんだから、もちろん…」
「いえ、今まで通りで大丈夫です」

 偉い方には敬語で話した方がいいと思うので。
 そう言うと、ガレスさんは後で後悔しても知らんぞ!とまたよくわからないことを言って帰っていった。

「敬語やめてほしかったらやめろって言ってくれればいいのに…」

 タカビーな騎士様だな、と俺は溜息を吐いた。そういえば、タカビーって死語なんじゃ…。俺は自分がアラサーだったことを自覚し、なんとも言えない気持ちになった。
 ーー俺もそろそろ体型を気にしていかないとダメだな。
 タ○タ食堂みたいな料理を作ってみるか、そう思いながら俺は部屋の鍵を閉めた。


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