ダンディーな新規客
「2年前からここに来てたんだ?」
「まあ…そうだな」
レイトンはにこにこ笑いながら俺の話を興味深く聞いている。日本での暮らしやその時の仕事のことも聞いてきた。
「普通の仕事から男娼として働き始めるのはすごいね」
「……もう慣れたから平気だ」
最初は嫌だった男娼の仕事も今では平気でできている。あの時の俺を思い出すと苦しい気持ちにはなるが、もう過去のことだと開き直った。
「頑張ったね、ハジメ」
「っ…!」
ーーずっと1人でよくここまで生きてこれたね、すごいよ君は。
レイトンの言葉に俺は時が止まった。走馬灯のようにこの世界に来てから起こった出来事が頭をめぐる。
大変だった、本当に。死にたいと思ったことも死にそうになったこともある。
だからなのか、レイトンの言葉はなぜか胸に強く刺さった。
「ハジメ泣いてるの?」
「泣いてない…っ」
「辛かったよね、神子とは全く違う環境の中なのに…本当にすごいと思うよ」
俯いて俺は何も言えなかった。膝の上で強く握りしめた拳に涙がポタポタと落ちていくのを、歪んだ視界の中で見つめることしかできない。
「何か助けが必要なときは言ってよ。一応僕は国で働いているからできることは多いし、君のことは本当に気に入ってるんだ」
「……っ」
「ま、ハジメを買って楽しませてもらってる僕が言えることじゃないけどね」
レイトンは優しく頭を撫でて仕事がまだあるから、と部屋を出て行った。
どうして俺はこんなに泣いているのかわからないが、決して褒められたかったわけではない。俺の全てを知って理解してくれたことが、どうしてか気持ちがすごく安心できたのだ。
*
泣いて少し腫れた目蓋を冷やしていると、いきなり通信の通知が来た。
「ーーはい、ハジメです」
『いきなりすまないね、私はウィップ・スターンというものだ』
どこかで聞いたことがある名前だが思い出せない。はぁ、と気の抜けた返事しかできない俺にスターンさんは言葉を続ける。
『一晩だけ君を買いたいんだが、いいだろうか』
「大丈夫です、今晩でいいでしょうか?」
『あぁ…待ち合わせは○○ホテルにしよう』
待っているね、そう言われて通信は切られた。男が誰か思い出せないままだが大切な新規客ではある。シャワーを浴びて急いで準備をした。
ホテルに着くと前にはすごく上品な男が立っていた。
「スターンさん…ですか?」
「あぁ、君はハジメくんだね。私のことはウィップと呼んでもらって構わない」
その言葉に俺はこの人が誰なのか思い出した。名前しか聞いたことはないがカイルの上司だった気がする。
2人でホテルの中に入り部屋に向かう。
「君のことはカイルからよく聞いていたよ」
「そうなんですね…なんだか恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはない、ずっとハジメくんに興味があったからね」
部屋に入り鍵を閉めた。なかなかいいホテルなのか、暗い灯の中見える部屋はとても綺麗だった。
ソファに2人で腰掛けると、ウィップさんから甘い香水のような香りがした。いい香りだがずっと嗅いでいるとあたまがいたくなりそうな匂いだ。
「少し酒でも飲もうか、君も飲むだろう?」
「一杯だけならいただきます」
ウィップさんは部屋の奥からグラスに果実酒を入れて持ってきた。ワインは酔いやすいから少し気を張ってないといけない。
話していると、紳士で落ち着いているウィップさんはカイルの上司だけどカイルとは全く似ていない人だと思った。優しいけど隙がなくて、瞳の奥が読めない人だ。
「カイルは君にだいぶ惚れ込んでいるみたいだ。君はカイルのことをどう思っているのかね」
「…いい奴ですけどお客さんなので、そういう目では見てないです」
「そうか…カイルの恋はなかなか難しいね」
そうですかね、と言いながら俺は頭を抑えた。何故か頭がぐらぐらと揺れているきがする。ワインは一杯も飲んでいないのに酔ってきたのだろうか。
どんどん歪む視界の中でウィップさんは微笑んでいる。
「なに、か…ワインに入れました、か」
「…眠くなってきただろう?」
恐怖を感じ、立ち上がろうとするが脚に力が入らない。なんとかソファの上を後退りして、ウィップさんから距離をとる。
「な、で…こんな、こと…っ」
どんどん目蓋が重くなっていく。
「君が邪魔だからだよ、ハジメくん」
最後に見たのは、真っ黒で氷のように冷たい瞳だった。
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