泣き虫な暴君

 

「ん…もう夕方か…」

 いつの間にか眠っていたのか、目が覚めるとオレンジ色の光が部屋の中を照らしていた。ふと足音が聞こえて扉の方を見る。
 扉についてあるすりガラスから見えるのは赤髪の男で、見覚えのあるそれに俺は肩の力を抜いた。その人物は扉の向こうで立ち止まり部屋に入ってこない。

「そこにいるの、カイルなんだろう」

 ピクリとその影が動いた。

「入ってこいよ、カイル」

 暫くして扉がゆっくり開いた。俺ほど酷くはないが、ガーゼ塗れのカイルが入ってきた。ベッドヘッドに背中を預け座っている俺を見て、カイルは辛そうに顔を歪め目を逸らした。
 目線を逸らしたままカイルはゆっくり椅子に座った。

「…………」
「…………」

 お互い話さずに無言の時間が続いた。
 固く握り締めている拳が目に入って俺はそっとその手に触れた。ピクリと手が震えて、カイルは俯いていた顔をゆっくりあげる。

「悪かった…ハジメ」
「あぁ…」
「…お前を傷つけた俺が、お前に会いに行っていいのか迷ったけど…会いにきちまった」
「そうか…カイルが大きな怪我してないみたいでよかった」

 びっくりするぐらいカイルは窶れていて、俺は胸が痛くなった。カイルの震える両手が俺の左手をギュッと握り、そこに額をくっつけるように寄せた。
 少し乱れた息が手にかかる。

「関係ないお前を巻き込んじまって…悪かった…っ!変わりたかったんだ、汚ねェことは辞めて…ハジメに認めてもらえるような男になりたかった…っ、もうお前に嫌われるようなことはしたくなかったんだ…っ」
「………」
「でも、またお前を苦しめた…っ!こんなボロボロにさせちまった…っ」
「カイル…」

 苦しそうにカイルは涙を流している。俺はギリギリと音を立てて締め付けられているような胸の痛みに顔を歪めた。ずっとこんなカイルを見ている気がする。
 初めて会ったときの俺様で強気な男はもうどこにもない。


「こんな俺を許してくれなんて言わねェ、お前がもう俺に会いたくねェなら…おれは…っ」
「…待ってくれ」
「ハジメ…?」

 俺は握られていない方の手でカイルの涙を拭った。

「俺は別に怒ってないし、カイルを嫌いになんてなっていない。むしろ今回のことで、お前の気持ちがよくわかった」
「ほんとう、かよ…」
「あぁ、今もそうだけど…馬鹿みたいに俺なんかのために泣いて、苦しんで…ほんとに俺が好きなんだな、お前」

 情けない顔をしているカイルに少し笑ってしまう。俺からカイルの手を握り返し、揺れている綺麗な瞳を見つめた。

「嬉しかった…カイルが俺のために変わろうとしてくれて」
「でも、俺はお前を傷つけたんだぞ!?」
「傷つけたのはウィップさんだ。まあ、昔はお前にいろいろされたけど…それは今はいい」

 2年前のことはもう掘り返す気はない。カイルもあの時と比べたらだいぶいい方に変わっている。

「怪我はしたけど、カイルの気持ちも過去も知れた…」
「ハジメ…」
「今のお前だったら友達になってやってもいい」

 友達、その言葉にカイルは吃驚の表情を浮かべた。間抜けな顔に笑った俺を見てカイルは不思議そうに口を開いた。

「友達って…俺はテメェが好きだって言ってんだぞ?俺がなりたいのは恋人で…っ」
「言っておくが、友達でもないやつと恋人にはなれない。前までカイルは客としてしか見てなかったんだから、友達に昇格したのはでかいだろう?」


 ずっと客として見ていたが、今回のことで俺は仲良くなってもいいかもしれないと思った。恋愛対象としてはまだ見れていないが。
 カイルは戸惑いながらそうだなと頷いた。

「もう悪いことはせずに真面目に働けよ」
「っ、わかった」
「また泣くつもりか?お前すごい泣き虫なんだな」

 クシャッと顔を歪めて泣きそうになっているカイルを揶揄ってやる。

「うるせェ!テメェのせいで、俺はなぁ…っ」
「なんだ?」
「俺は…っ、くそ、可愛すぎんだよ…っ!」

 そう言ってベッドに顔を埋めた男にぽかんとしてしまう。何を言ってるのか全く理解できないが、俺は褒められたのだろう。こんなボロボロの俺を見ても可愛いと言うカイルは少しおかしい。

「…久しぶりにお前が笑ってるとこ見た気がする」
「いろいろあったからカイルの前では笑ってなかったかもしれないな。でも、俺も最近お前の泣き顔しか見てないぞ?」
「うるせェ…」

 少し顔を上げてこちらを睨んできたが全く怖くない。こういうやり取りも久しぶりな気がする。懐かしくて微笑んでいると気まず気にカイルは視線を逸らした。

「…あの魔導師が言ってたけどよ、お前国と何か関係あんのか?神子?とかいう奴がなんか言ってんだろ」
「…っ、それは」

 俺は口をぱくぱくさせて、はぁと溜息を吐いた。あの魔導師、カイル何言ったんだ。
 しかし、カイルの過去を聞いたのだから俺も自分のことを話すべきなのだろうか。2年前、トリップして初めて会ったのもカイルだった。こんな長い付き合いがあって話さないのも可哀想な気がした。
 カイルの怪訝そうな顔を見てから俺は過去の話をするため口を開いた。


 *


「ハジメが異世界人…」
「そうだ。まあ、ここの人達と何も変わらないけどな」
「でもよ、異世界人なら神子と一緒なんじゃねぇのか?」

 俺は首を横に振った。
 レイトンが言うには神子にはかなり特別な力を持っているらしい。俺は全く普通で力なんて何もない、一般人だ。

「今度王宮にいくのか?呼ばれてんだろ」
「…迷ってるんだ。神子に会ったところで話すことなんてないし、どういう顔をして会ったらいいのかわからないんだ。神子のことを考えてると頭がぐちゃぐちゃで…」


神子に酷いことを言ってしまいそうなんだ、そう言いながら俺は前髪をぐしゃりと掴んだ。


「大丈夫だ、ちょっと落ち着けや」
「……っ」

 俯いているとカイルは俺を優しく抱きしめた。それに驚いているとカイルの声が頭上から聞こえてきた。厚い胸板からトクトクと鼓動の音が聞こえてそっと胸に頭を預けた。

「…なんか会ったら相談しろよ。役に立つかはわかんねェけど」
「カイル…ありがとう」

 背中にゆっくり腕を回し俺は目を閉じた。前は苦手だと思っていたカイルの腕中は温かく、今はすごく落ち着いた気持ちになった。


「…これからずっと守ってやる、お前のためなら俺は何でもする」
「………」
「友達でも今は十分だ…愛してる、ハジメ」


 カイルはそう囁くように言った。ずっとカイルと過ごしてきたが、こんな切ない声色は聞いたことが無かった。


 俺は何も言えなくて額を小さく胸に擦り付けただけだった。




*前 | 次#