怒りと涙

 

 俺はなんとか脚に力を入れて立ち上がり、国王を見上げた。

「あなたはスラムに行ったことがありますか?一度でもあの場所で、あの風景を見たことがありますか?」
「あるわけないに決まっているだろ、馬鹿にしているのか?」


 握りしめた掌に爪が刺さるほど拳に力が入った。怒りで目の前が赤く染まる。


「馬鹿にしてるのはアンタだろ…っ」
「なんだと?」

 国王だとか、このあと俺がどうなるのかとか、そんなこと考える余裕もなかった。頭の中に浮かぶのは俺がしてきたスラムでの生活、そして幾度と見た苦しんでいる人々のことだ。


「アンタは気に入らないかも知れないが、スラムも立派なこの国の領土だろ?そこに住んでる俺たちも税金を納めてる立派な国民なんだ、それを薄汚い?下民?…アンタが何もしないからそうなってるだろうが!」
「…お前、俺にそんな口訊いていいのか」
「もうどうでもいい、俺はアンタに死ぬほど呆れてるからな。国のことを考えずに国民の税金を使い、こんな子供に現を抜かしてふんぞり返っている国王なんて国王でもなんでもない」

 ーー職務怠慢で、仕事ができないただのポンコツだな。


 国王の顔が怒りに染まりその手を振り上げた瞬間、勢いよく扉が開いた。外に声が聞こえていたのか、ガレスさんとレイトンが急いでこちらに向かってきた。


「おい、この下民はどうなってる!こんなものがナギサと同じ異世界人だと?ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけてるのはアンタだ、このポンコツ!悔しかったらスラムに足を向けて、国王らしく仕事でもしてみるんだな…っ」

 勢いよく頬を打たれ、俺はまた膝から崩れ落ちた。


「やめろよ、ユージン!」


 困惑して何もできなかった神子は、殴られた俺を見て悲鳴を上げた。せっかく頬の傷が治ったのに、打たれた頬が熱を持ちだした。ポンコツだが、やはり国王も体を鍛えているらしい。


「…っ、申し訳ありません、陛下。この者はもう下がらせますので」
「ハジメ、大丈夫?…陛下、やりすぎだよ。ハジメは病み上がりなんだからさ」

 ガレスさんが俺を優しく支えながら起こしてくれた。国王に謝っているが、その瞳は心配の色を浮かべて俺を見つめている。
 国王は俺から視線を外し、半泣きになっている神子の元へ向かっていった。

「なんでっ、なんでこんなことするんだよ!ハジメさ、待って…っ」

 泣きながら俺の元へ行こうとする神子を抑えている国王を横目に、俺たちはサンルームを出た。



 *



「ハジメ、平気か?」
「…ご迷惑をおかけしてすみません」


 俺とガレスさんはあの後すぐに城を出て、かつてのように噴水がある広場のベンチに腰を下ろしていた。一緒に出たレイトンは俺をガレスさんに任せて、城の中へ戻って行った。レイトンもガレスさんも俺のせいで怒られてたりしないのだろうか、仕事クビになりましたとか言われたらどうしよう…。


「お前と陛下に何が起きたのかわからないが、不敬罪で処罰されるかもしれないんだぞ?それと、病み上がりのくせに殴られて…また体を悪くしたらどうするつもりだ」
「すみません…でも…っあの人が、どうしても許せなくて…っ」


 あの国王を態度を思い出し、俺は悔しさで涙が溢れた。おかしいじゃないか。ユアンやガレスさんがこんなにもスラムを気にかけているのに、国王はスラムが国の領土であることも、住んでいる人々が国民であることも認めないなんて。


「俺だって神子と同じ日本人で人間なのに…っ、スラムの人もちゃんとした国民なのに、あんな…あんな言い方をするなんて…っ」
「ハジメ…」
「ガレスさ…っ、ごめんなさい、迷惑かけちゃって…!でも、俺…悔しいんです、ごめんなさい…っ」



 泣きじゃくる俺をガレスさんは優しく抱き締めてくれた。そうだな、と俺の言葉にその一言だけを繰り返し、ただ頭を撫でてくれた。高そうな軍服の肩の部分が、俺の涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっているが、そんなことも気にならないぐらい俺の感情は爆発していた。


「ハジメの行動はいただけないが、お前の気持ちもよくわかる…スラムの治安が改善されるように、これからはもっと手を尽くそう」


 ガレスさんの温かい体温が、その時の俺にはこれまでにないほど居心地がよかった。






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