シャムスと遭遇



 全ての傷が治り、俺は男娼の仕事を再開することにした。潤滑剤や乾燥予防のためのクリームが底をついて、街へ買い出しに出かけなければならなかった。
 暫く仕事を休んで肌の手入れも何もしていないから、俺の見た目は以前に増して見窄らしい。

 いつも通り賑わっている王都に向かい、いつも行っている雑貨屋でクリームと潤滑剤を購入した。
 買うものが決まっていたからすぐ買い出しが終わり、何となく店を順々に見ていくことにした。
 すると、以前は洋服屋だった場所に調理道具や生活雑貨が売っている店ができていることに気づいた。ショーウィンドウに飾られている綺麗なフライパンや鍋についつい足を止めてしまう。
 そろそろフライパンを変えたいと思っていたから、買おうかなという気持ちが湧いてきた。しかし、今の俺は金欠中で買うのは難しい。
 いや買えるのは買えるのだが、今後の生活費のことを考えると少し厳しいのだ。家にある油をひいても焦げつくフライパンを思い出し、うんうん唸ってしまう。

「……欲しいのか?」

 いきなり声をかけられ、いつのまにか俺の横に立っていた人を見上げる。そこにいた人物に俺は目を見開いた。

「っ、シャムス…!?」
「久しぶりだな、ハジメ」

 そこにはラフな服装のシャムスがいた。アネストンにいるはずじゃ、と目を白黒させる俺にシャムスは柔らかく微笑んだ。

「王宮のパーティーに招待されて、そのために2、3日ダバルドンにいることになった」
「そうなのか…びっくりした」

 ドキドキしてしまう胸を抑え、シャムスに向き直る。久しぶりに会ったシャムスは前よりもずっと大人っぽくなっていた。
 濡れたような黒髪も金色の瞳も相変わらず美しい。ラフな服装でもシャムスの精悍な顔とオーラは周りから浮いていて、多くの人の視線を集めていた。

「変わらず料理はしてるみたいだな」
「俺にとっては趣味みたいなものだからな…これ、高いから買うか迷ってるんだ」

 並んでいるフライパンを指差しながら言うと、シャムスもショーウィンドウに目をやった。
 第3王子であるシャムスにとっては全く高額ではないだろうが、俺にとってはなかなかいい値段のフライパンだ。フライパンの隣にある鍋もなかなかいい感じで、これも欲しいと思ってしまう。
 どれがいいのか話しながら、2人でショーウィンドウに並ぶフライパンを見ていると、シャムスが突然俺の腕を引いた。
 なんだ?そう思っているとシャムスは俺を連れて店の中に入り、店主に声をかけた。

「前に並んであるフライパンと鍋をセットで購入したい」
「っ、ちょっと待て…シャムス!」
「かしこまりました!少々お待ちください」

 店主はにこやかに店の奥に消えていった。
 俺は慌てて財布を取り出し、中を確認する。フライパンはかろうじて購入できても鍋は無理だ。店には迷惑をかけてしまうが買えないものは買えない、早めに断ろう、そう思いシャムスの腕を引く。

「鍋もセットでなんか買えないぞ?そんな待ち合わせないし…」
「何言ってるんだ?俺が買うんだぞ」
「シャムスが…?」

 あぁ、と頷くシャムスに俺は首を傾げる。確かシャムスは料理をしないと言っていた気がするが、いつの間にか料理をするようになったのだろうか。
 そういえば、前にシャムスが料理をしてみたいと言っていたのを思い出した。こんなイケメンの王子が料理もできるなんて最高すぎるが…少しシャムスに嫉妬してしまう。
 そうこうしてるうちに店主がやってきて、シャムスが素早く支払いを済ませた。

「もっといいフライパンあると思うし、他も見なくていいのか?」
「他のものがいいのか?何が欲しい?」
「ち、ちょっと待て…さっきから会話が噛み合ってない気がするんだが…シャムスがこのフライパンと鍋使うんだよな」

 混乱している俺にシャムスは不思議そうな顔をした。シャムスが使うものなのに何で俺に聞くのかわからなかった。
 まさか…と嫌な予感が頭をよぎる。

「アンタにプレゼントするために買ったんだ、俺は使わない」

 そもそも料理なんてできない、そう笑うシャムスの言葉に嫌な予感が的中してしまった。
 あたふたしている俺に気づいていないのか、シャムスはその辺にある調理器具を見始めた。

「他も見るか…どれがおすすめなんだ?」
「おすすめだと、この〜」
「だ、大丈夫です、もう帰りますので!ありがとうございます」

 側にいた店主が嬉しげに商品の説明をしだして、俺はシャムスの腕を掴み外へ出た。
 まさかシャムスが俺にフライパンと鍋を買うなんて、わかっていたらすぐ止めていた。

「プレゼントなんていいのに…嬉しいけど」
「もう29歳になったんだろう?なら誕生日プレゼント代わりに貰ってくれ」
「でも……」

 申し訳なくてモゴモゴしていると、シャムスは無理矢理紙袋を渡してきた。

「俺がプレゼントしたいから買ったんだ、受け取ってもらわないと困る」
「………」
「ハジメは強情だな…そうだ、お返しに手料理を食べさせてくれないか?」
「……そんなのでお返しにならないだろう」

 プロの料理ならまだしも、素人の俺の料理がこのフライパンと鍋代に及ぶわけがない。唇を尖らせる俺にシャムスは微笑みかけた。
 
「久しぶりに食べたいんだ、俺は一回しかアンタの手料理を食べてないんだ」
「本当にそれでいいのか?」
「あれだ…ラ、ラ…ラザニア!ラザニア以外のものが食べてみたい」

 頼む、シャムスは俺を見つめながらそう言った。俺はまだ納得していなかったが、渋々頷いた。
 何を作ろうか、そう考えてふとあることに気づく。ご飯を作るとなると、シャムスを家に招待することになるんじゃないのか。

「シャムス、俺の家に来るつもりか?」
「あぁ、そのつもりだったが…」
「狭いし、汚いぞ?王子様が遊びに来ていい家じゃないし…」

 しかも、スラムの近くだ。そんなところにアネストンの王子を連れていくのはダメな気がする。

「別に俺は気にしない、むしろハジメの家に行ってみたい」
「……後で文句言うなよ」

 わかってる、そう言うシャムスの足取りは気のせいか軽やかでウキウキしているように見えた。
 部屋掃除しとけばよかった、俺は心の中で深く溜息を吐いた。シャムスに食材を買いに行こうと伝え、俺たちは違う市場に向かった。





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