コウコウセイの神子

 

 オレは母ちゃんに捨てられたらしい。
 母ちゃんは買い物に行くと言ってオレを家に1人置いてどこかに消えてしまった。すぐ帰ってくると思っていたけど、夜になっても朝になっても母ちゃんは帰って来ることはなかった。
 冷蔵庫にあるものを食べ尽くしたら調味料、調味料がなくなれば水を飲んで過ごした。風呂になんて1人で入れるわけもなく、部屋で1人で遊んで泣いてを繰り返した。
 母ちゃんの帰りを何日も何週間も待っても帰って来ず、遂には水道もでなくなってしまった。
 そこからはあまり記憶がないけど、ある日突然大人が家にやって来てオレは養護施設に入ることになった。

 オレより小さい子やいくつも年上の子供が沢山住んでいた。1人の時よりは楽しかったけど、オレの性格はあまり施設の子供には受け入れられなかった。

『お前ずっと1人だな、こっち来て遊ぶか?』

 そう声をかけてくれたのが兄ちゃんだ。
 高校生で1番最年長の兄ちゃんはひとりぼっちでいるオレとよく遊んでくれた。名前は覚えていない。オレが小さかった頃だったのもあるし、兄ちゃんはすぐ施設を出ていったから名前まで覚えていなかった。
 兄ちゃんは他の子と遊ぶ時も誘ってくれて、いつのまにかオレはみんなに受け入れられた。兄ちゃんがいなければオレは嫌われ者のまま、毎日泣いて過ごしていたかもしれない。

 そんなオレを救ってくれた兄ちゃんは優しくて暖かくて、ずっとずっと大好きな人だった。


 *


 まさか自分が異世界に行くなんて思いもしなかった。
 神様と話したり、特別な力が宿ったりゲームや漫画の中でしか見たことがない存在にオレはなったらしい。
 ダバルドン王国の人達は皆んな無条件にオレに優しくしてくれた。前の世界でもオレが大きくなるにつれて優しくしてくれる人が増えたから、それと同じかもしれない。

 施設のみんなと高校の友達に会えないことが寂しかったけど、王宮の人達や神殿の人達が優しいからその気持ちは少しまぎれた。

 ーーそれでも、何か足りない。

「神官の人に今度街で祭りがあるって聞いたんだけど」
「あぁ…もうそろそろそんな時期か。昔の戦で死んだ人に向けてランタンを飛ばす祭りだ」
「行きたい!オレもランタン飛ばしたい!」

 ユージンは溜息を吐いて首を横に振った。
 ああ、またか。オレはぎゅっと拳を握り締めた。今までオレが街に行きたい、他の国に遊びに行きたいと言っても聞いてくれたことはない。

『外に出たい?そんなの無理に決まってる、君は神子なんだから。何かあったら大問題なんだよ』

 最初、この世界をいろいろ見たくて王国魔導師長であるレイトンにそう伝えたら、首を横にふられたことを思い出す。
 オレはふかふかのベッドがある大きな部屋を与えてもらって、毎日美味しいご飯が出て、いい暮らしをさせてもらっていた。でも、オレの行動範囲は王宮と神殿だけ。たまに出かけても騎士団や神殿の人が警備に着いて、行けるところは限られていた。

 自由なのに自由じゃない。

 前の世界ではバイトして、バイトがない放課後は友達と寄り道して…そんな生活をしていたのに、ここでは自由に遊ぶことができない。
 毎日している勉強だって、能力の使い方や神託の話ばかりだ。苦手だった高校の授業のほうが何倍も面白く感じるほどに退屈だった。

 何でオレが神子なんだろう、いつしかそう思うようになってしまった。

 そんな中、突然オレと同じ世界から来た人がいると言われた。レイトンには嘘だと言われたが、そんな嘘をレイトンに吐かれたとこはない。
 ユージンに会いたい!と何度もお願いしてその異世界人と会わせて貰えることになった。外国人かもしれない、どんな人かもわからなかったけどオレは異世界人に会いたくて仕方がなかった。

『は、はじめまして…異世界から来たハジメです』

 ぎこちなくそう笑った男の人は異世界人で、黒髪黒目のオレと同じ日本人だった。
 色褪せていた世界が色づいたような、そんな気持ちになった。
 異世界人のハジメさんは、優しい声色で雰囲気も柔らかい。あまり表情は変わらないけど、陽だまりのようなそんな温かさがあった。会ってすぐにオレはハジメさんが大好きになった。
 同じ世界、同じ国から来た人がいるだけでこんな嬉しいなんて、毎日一緒にいたら憂鬱な気持ちも変わるに違いない。
 オレは王宮に来るように、ハジメさんを何度も説得した。ハジメさんはオレに笑みを返すだけで、頷いてはくれない。

 仲良くなりたいのにユージンはハジメさんに暴力を振るった。オレは呆然とそれを見つめることしかできず、助けられなかった。


 ハジメさんがレイトンや騎士に連れられ帰った日から、オレとユージンの関係は変わった。

「ユージン、ハジメさんに謝ろうよ。あんなことしてハジメさんが可哀想だ」
「……何故俺が謝らなければいけない?無礼な態度を取ったのはあの男だろう。牢屋にぶち込まれないだけマシだ」
「っ、なんだよ…何でそんな酷いことが言えるんだ!ハジメさんはオレと同じ異世界人なんだぞ?同じ日本人で…っ」

 ユージンは凍てつくような冷たい視線をオレに向けた。威圧感を感じ、少しだけ身体が震える。

「だからなんだ?俺からしたらスラムに住む人間でしかない。そんな奴に何故優しくする必要がある?」

 そう言いながらユージンは冷たく鼻で笑った。
 腹の底が燃えるように熱くなり、目の前が真っ赤に染まる。


「…っ、お前」

 気がつけば、頬を押さえたユージンが驚いた顔で此方を見ていた。オレが殴ってしまったのだとわかったが、謝る気なんて全く湧いてこない。

「…もういいよ、こんなとこ居たくない…っ、ユージンなんか嫌いだ!オレは自由に生きたい!」

 オレはそう叫んで部屋を飛び出した。引き止める声が聞こえたけど、振り返らず全速力で王宮を出る。
 王都の街に入り、足を止める。初めて1人で街にいる開放感にオレは羽が生えたような気持ちになった。

 思い浮かんだのはあの時見たハジメさんの辛そうな後ろ姿だった。ハジメさんは何してるんだろう。大丈夫なのかな、そう思うと居ても立っても居られなくなった。
 スラム街がどこにあるのかわからないけど、そこに行けば会えるのかもしれない。オレはスラム街を探すためにまた歩き出した。




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