誘拐犯
「ナギサくん、ご飯もうすぐできるから…」
「うん!ありがとう!」
神子ことナギサくんは眩しい笑顔を浮かべたまま、背後から俺に抱きついている。あの日からナギサくんは四六時中俺にくっついていて、正直かなり鬱陶しい。
料理中もこの調子だ。危ないと言っても強いから大丈夫だと言われた。理解不能だ。
薄い腹を撫でている手がどんどん下がり、怪しい動きを見せようとしていた。その手の甲を抓れば後から小さく悲鳴が聞こえる。
「…ダメ?」
「ダメだ、ソファーで座ってなさい」
「はぁーい、ハジメさんのケチ!」
口を尖らせながらリビングに帰っていく姿を見届け、俺は小さくため息を吐いた。恐ろしい事にナギサくんは四六時中くっついてくる上に、盛ってくるのだ。
部屋ではもちろん、外に買い出しに行く際も何処であろうとキスをしようとしてくる。こんな俺のどこが気に入ったのかわからないが、発情期の獣のようだった。
…若い子は皆こんなモノなのだろうか?そういえば学生時代の友人達は女だ酒だと騒いでいたような気がする。俺は付き合った女の子としか経験がないし、遊びでなんてしたことがなかった。若い男はヤレればいいものなのだろう。
若いって恐ろしいな、なんて思いながら味噌汁もどきをかき混ぜた。
未成年とは無し、そう決めているからあれ以降そういうことは断っている。まあ、朝起きたらちんぽをしゃぶられていたことは何度かあるが毎回怒っている。
子犬のような目でダメ?と強請られ、絆されそうになるがダメなモノはダメだとキッパリ伝えている。
こんなことをされてもナギサくんを嫌いになれず、むしろもっと世話を焼いてしまう自分に呆れてしまうが、こんな毎日も悪くないか?なんて思っているからナギサくんの可愛さは罪だ。
*
よく食べる住人が増えたため、買い出しは毎回大変だ。重い食材を2人で持ちながら歩いていると、ナギサくんの足が止まる。
「ん、ナギサくん?どうした…」
「……嫌な感じがする」
「嫌な感じって…何も変わらないけどな」
ナギサくんは辺りを警戒するように見回している。俺も周りを見てみるが、至っていつもと変わらない。ナギサくんは俺の手を掴み、足速に歩き出した。
「ハジメさん黙ってついてきて」
そう言うと俺でも入ったことがない路地入り、迷路のように入り組んだ道を引っ張られるがまま歩いた。何度か買ったものが袋から落ちそうになり、流石に声をかけた。
「っ、何でこんな道歩いてるんだ?」
「さっきからずっと着けられてる。もっと早くに気づけばよかった、あいつらが…っ」
着けられてるって誰に?そう返そうとしたが、ブツブツとナギサくんは何か小さく呟いていた。その瞬間だった。
「いっ、あ……」
「ちょっとハジメさん!何で手離すんだよ」
手を掴む力が強すぎて痛みを感じた瞬間、袋から野菜が溢れ落ちた。俺はすぐ手を離して路地に落ちた野菜を拾おうとしゃがんだ。ナギサくんには悪いがせっかく買った食材をそのまま放って帰るのは出来なかった。
ーーそれが悪かったのかもしれない。
ぐにゃりと目の前の空間が歪み、見慣れた白い軍服の男達が現れた。焦ったようにナギサくんが俺の前に飛び出して、俺を庇うように腕を横に広げた。
何が何だかわからない状況に俺は呆然とするしかなかった。
「やっと見つけたよ、神子様」
緊張感のない、聞き覚えのある声が路地に響く。その瞬間、騎士団の何人かが剣を取り出し、こちらに向けてきた。
騎士の後ろから現れたのは長いブロンドヘアの男、レイトンだった。
「何でレイトンがここに…っ、やめろ!」
レイトンが小さく何かを呟くと、ナギサくんは突然現れたロープでぐるぐる巻きに縛られてしまった。離せよ!と聞いたことのない声でナギサくんは怒鳴り声をあげた。目が血走り、激しい怒りをレイトンにぶつけているのがわかる。
「ほんっとに煩いなぁ…まあいいや、神子様を早く連れて行って」
「やめてくれよ、ハジメさん…っ!いやだ、嫌だ…っ」
騎士団の数人で暴れるナギサくんを取り囲み、連れて行こうとしている。あまりの痛ましい声に俺はナギサくんに手を伸ばそうとした。その手はレイトンに掴まれ、届くことはなかった。
「何で…レイトン、ナギサくんが泣いてる。手を離してくれ」
「…………」
無言でレイトンは俺を抱きしめた。何とか抜け出そうと試みたが、その腕は俺を離してくれなかった。
また空間が歪み、騎士たちはナギサくんを連れてそこに向かった。
「嫌だ!離れたくない、行きたくないっ、ハジメさん…っ、はじめさ…」
胸が痛くなるような声はその歪みに消えていった。目を閉じて、グッと唇を噛み締めることしかできなかった。情けない、俺は非力すぎた。野菜なんて放っておけばよかった、後悔ばかりがぐるぐる頭の中を廻る。
レイトンはそっとそんな俺の頭を優しく撫でる。
「何であんな無理矢理連れ戻すようなことするんだよ」
「…君らしくないね。ハジメもあの子供に絆されたの?」
あんなに嫌っていたのに、レイトンは酷く優しい声でそう言った。確かに俺は神子を嫌っていた、でも実際に一緒に過ごすと神子だと言われていた少年は幼い高校生でしかない。
「子供にあんなこと…っ」
「陛下が連れ戻せと命じたからね、僕達はそれに従うしかできないよ」
陛下、その言葉を聞いてあの冷たい顔が頭に思い浮かぶ。何も言えず、自分のやるせなさに震えるしかできなかった。
「……このまま、2人で逃げようか」
「え…?何言って…」
「どこか違う国に住んで2人で暮らそう。僕はこう見えて魔導師だからね、何でもできるし、君には苦労させないよ」
話が理解できなくて、レイトンを見上げれば真剣な顔で俺を見つめていた。ヘラヘラ笑っている顔しか俺は知らない。真剣な表情だけど、その瞳は少し揺れている。
「何でそんなこと言うんだ」
「何で何でって…君は自分が何をしたかわかってるの?」
レイトンは顔を歪めると、また強く俺を抱きしめた。
「王様はハジメが神子を誘拐したと言ってるんだ」
「なっ…それは違う!」
確かに匿ってはいたが、誘拐は言い過ぎだろう。怒られることをした自覚はある、それでも誘拐した覚えはない。
「…わかってるよ、あの神子が自ら君のところに行ったんだろう。でも、王様は君を許す気はないし…君をどうするのか、僕にはわからない」
「レイトン…」
「だから、今ならまだ…」
「ーー話は終わりましたかな?誘拐犯はまだかと陛下がお待ちですぞ、魔導師長殿」
レイトンの言葉が続くことはなく、冷たい声が路地に響いた。いつからいたのか分からないが、1人だけ騎士が戻ってきていたようだ。レイトンは諦めたかのように小さく息を吐き、冷たい目を騎士に向けた。
「わかってるよ…うるさいな。君の魔法だと酔いそうだから自分でやるよ」
「…では、私もその移動魔法で帰ります」
レイトンは苛立ちを全く隠す気がないのか舌打ちをして、魔法陣を展開させた。レイトンにグッと肩を抱かれたが、俺の心には不安だけが募っていった。
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