冷酷王と謎の夢
あの日から何故か俺はずっと城に閉じ込められていた。夜はユージンに抱かれているが、三食ちゃんと食べさせてくれて服も与えられている。今までより豪華な生活をさせてもらっていた。
朝食を食べた後、用意された服に着替えて執務室に連れて行かれる。毎回ユージンは広い部屋にある机に座り、膨大な量の書類を捌いている。ちゃんと仕事してるんだな、なんて最初は少し驚いた。
驚くことはまだある。王様…ユージンは傲慢で冷徹非道だが、だいたいは静かで大人しいのだ。大人しいというか、無口で無駄なことは何一つしない。朝起きて仕事をして機械的な毎日を過ごしているのだ。唯一おかしな行動は夜になるとて酷く俺を抱くことだろうか。たまに話しかけてきたかと思えば罵倒して蔑んできたり、短いが普通の会話をすることもある。昼を食べたのか、服をちゃんと着ろだとかそんな話だ。
二重人格か?そう思うほどいる時によって性格が違う。
そんなユージンにどこか既視感を覚えたが、それがなんなのか全くわからない。壁際に立って王様が働く横顔を眺めながら俺は首を傾げる。ペンを走らせる音や紙が擦れる音が静かな部屋に響いた。俺は特にすることもなく、壁紙の模様を目でなぞって時間を潰す。
俺はさっさとこの王宮から出たいのだが、ユージンにいつ帰らせてくれるのか聞いたら、
『俺が飽きるまでお前に性処理をしてもらうことにした。勝手に城の外へ出たらお前を殺す』
恐ろしい笑みを浮かべながらそう言われて、俺は黙ることしか出来なかった。出て行ってやろうかと思った、でも本当に殺されそうだからやめた。意気地なしだと言われてしまうかもしれない。それでも命は大事だし痛いのは嫌だ。
あの日以降、レイトンにもナギサくんにも会えていない。ナギサくんはどこで何をしているのか、酷い目に遭わされていないかが心配でならなかった。
「おい」
「…………」
「此方に来い」
ぼんやりしていると低い声が俺を呼んだ。名前を呼ばれてないけど、ここには俺と王様しかいない。俺はギュッと拳を握り締め、小さく息を吐いた。ゆっくりユージンに近づくと腕を掴まれ、ぐっと肩を押された。力の強さに耐えられず膝をつけば今度は頭を掴まれる。
「舐めろ」
「っ、何で俺が…」
「何故?お前は男娼なのだろう、仕事を与えてやってるんだ」
酷い言葉にグッと奥歯を噛み締める。確かに俺は男娼だ。それでもこんな扱いをされる筋合いはないだろう。ユージンを睨みつけるが、男は至極楽しそうに俺を見下ろしている。怒りを治めるように息を吐いて、ズボンに手をかけた。
怒りを通り越して憎しみすら湧いてくるが、既に好き勝手犯されて滅茶苦茶にされているんだ。睨みながら俺は取り出したそれを口に咥えた。
*
白くモヤがかかった視界に、ああまたこの夢かとそう思った。眠りにつくと見る夢の中にまた入り込んでしまったらしい。
舞踏会のような煌びやかなパーティー会場の中で俺は1人立っていた。もちろん周りの人は俺が見えていない。
「……あぁ、いやだわ。呪われた子がいる」
「何で陛下もあの子供を呼ぶのかしら」
扇子を持った貴婦人が椅子に腰掛けている少年を見て嫌そうに顔を歪めた。一際煌びやかな服を着た人たちの端にその少年…ユージンはポツンと座っていた。周りの人は王族の人だろうか。金髪でユージンとどこか顔が似ているからそうなのだろう。
「殿下ではあるけれど…ここにいて欲しくないわ。早く次の御子が産まれてくれたらいいのだけれど」
ユージンは人形のように目を伏せて動かない。この人達からは距離がかなりあるから聞こえないのかもしれないが、同じような話をしている人が沢山いた。何とも言えない、ムカムカするようなそんな気持ちにさせられた。
すると場面が切り替わるように、景色が入れ替わり今度は夕焼けに照らされた暗く広い部屋に俺は立っていた。殺風景で無機質な部屋の中で金髪の少年、ユージンが膝をついて泣いている。動きやすそうな服を着ているが、汚れていて所々切れている。そこからは血が滲んでいて痛そうだった。
前に立っているのは騎士の服を着たユアンだ。影になっていて2人の顔はよく見えないが、幸せな場面ではないことはわかる。
「どうして…、どうして僕がこんなことをしなければいけないんだ!いくら魔法を学んだって…っ、剣の稽古をしたって僕は王になんてなれない…!」
全身を震わせてユージンはそう叫んだ。俺は2人にゆっくり近づいて、ユージンの側に膝をついた。ギュッと握り締めた手は切り傷や豆だらけで過酷な訓練をさせられていたことがわかる。王族の子供とは思えないほど手が荒れていた。
「どうせ王になるのは僕の弟だ…僕なんて何もなれやしないんだ、皆んな、期待なんてしてない…呪われた子だから…っ」
そんなことない、そう思わず呟いてしまうほどユージンは悲痛な声で叫んでいた。小さな子供が何故こんな悲しそうで辛そうなのか、ここまで追い詰められるような思いをしなければいけないのかわからなかった。
勿論俺の声なんてこの子には届いていないが、俺はそっと小さな背中に手を当てた。温もりなんて感じない。でも確かにこの子供は震えていた。
「そんなことはありません。貴方が王になるのです」
「っ、なれない!なれるわけないんだ…っ、へ、平民の…、平民の出のお前に僕の何がわかる…!」
ユアンは腰の剣を抜き、自身の顔の前に持ち上げる。すると剣が氷を纏い冷気を出す、力強くその剣を振れば青い炎を纏った。水蒸気が上がり辺りを白く染めた。次は剣を真下に振り下ろす、するとバチバチと電力が流れ剣先は床を抉り深く突き刺さった。
現実離れした光景に俺もユージンも息を呑んだ。
「……強くなれば、力があれば何にでもなれる」
「ちから…」
「そうだ、強き者が全てを手にすることができる。俺はそう信じて何でもした…手足が折れようが、血反吐を吐こうが…立ち止まることはなかった」
ーーだから俺はここまで登り詰めることができた。
静かで力強いユアンの声が部屋に響く。低い声は鼓膜を震わせ、その声と発言は俺に薄気味悪さを感じさせた。かっこいいとそう思ってもいい筈なのにユアンには希望の光を感じることが出来なかったからだ。ただ力を求める執念。どす黒いドロドロした執念だけがその言葉に表れていた。
ダメだ、こんな力をユージンが求めたら…!そう思っても俺に何か出来るはずもなく、少年は瞳に憧れの色を浮かべユアンを見上げていた。ユアンは微笑みを浮かべ、膝をつきユージンの手を握る。
「ちっぽけな平民だった俺が騎士団長になって、今は殿下の専属騎士になれているのですよ。弟君が、陛下が何ですか。周りなんて『圧倒的な力』の前では何もできないのです」
「……圧倒的な、力」
「全てを手に入れてこの国の王になってください。それが俺の願いです…ユージン殿下」
側から見たら眩しく綺麗に見えるだろう主従関係だが、俺からすれば酷く歪んで見えた。ここで何かの歯車が狂ってしまったのだろうか。俺はどうしようもなく絶望した気分になって唇を噛んだ。
静かに瞼を開け、頬に触れれば少し濡れていた。歯を噛み締めていたのか顎が痛い。起き上がれば、横にユージンが寝息も立てずに眠っていた。少年の頃の面影がその寝顔にはまだ残っている。
俺はそっと手を伸ばし、月明かりに照らされて輝く金色の髪を撫でた。少し乱れた毛流れを治すように、あの少年が少しでも楽になったなら…そんな気持ちを込めて。
「ーー何だ」
「っ!」
瞼が緩く持ち上がり、透き通った空色の瞳が俺を見た。俺は手をそっと髪から離そうとしたが、大きな掌がそれを止めた。白い手には夢で見た少年の傷と同じ場所に傷跡が薄くついていた。喉がグッと締め付けられ呼吸が一瞬止まり手が微かに震える。ああ、目の前にいるユージンはやっぱりあの『ユージン』だ。
離そうとした手をもう一度頭に戻し、先程と同じように髪に指を通す。そんな俺にユージンは少しだけ目を瞠目させ、ゆっくり瞼を下ろした。
「…俺を子供扱いするつもりか」
「そんなんじゃ、ない…ただ撫でたくなったから」
「…そうか」
おかしな奴だ、そうユージンは鼻で笑った。いつもと同じような笑い方だが、嫌な感じがしないのは俺の気のせいだろうか。夢の中の少年と目の前の王様が同じだと思うと、何故か憎いよりも可哀想だという気持ちの方が勝ってしまう。優しく労わってあげたい、あの少年に夢の中で出来なかったからだと、そんな自分のお人好しさに嫌気が差すがもうこの性分は変えることはできないだろう。
ユージンが静かな寝息を立てるまで俺は撫でる手を止めることはなかった。
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