変わっていく関係
「は…っ、ぁ、ああ、ぁ…っ」
背後からの強い刺激にシーツを握りしめた。何度目かの精を吐き出した俺の顎を掴み、ユージンはグッと引き寄せた。噛み付くように口付けられ目を見開く。
何を考えているのかわからないスカイブルーの瞳を見つめ返せば、濡れた温かいものが口内に入ってきた。キスなんて今までしなかったのに、そんなことを考えながら俺は身体から力を抜いた。お互いの荒い呼吸音が部屋に小さく響く。
腰を掴む掌が酷く熱く感じた。
激しいセックスを終えたユージンはテーブルに置いてあるワインボトルを掴み、雑な動きでグラスに注いだ。素肌にガウンを羽織って、月明かりに照らされる逞しい肉体は芸術品のように見える。ぼーっとその姿を見ていればユージンはボトルを此方に差し出した。
「飲むか?」
「いや、いらない」
ふん、鼻を鳴らしただけの返事を聞いて首を傾げる。やっぱり何かおかしい。こんなこと今まで言ってこなかったのに、この行動も先程のキスも、ユージンの優しさのようなものを感じて違和感を覚える。
ユージンはグラスの中身を飲み干した後ベッドに横になった。
「……この前のように」
ポツリと呟くような声を聞いてユージンに目をやる。目を薄く開けて浅く呼吸をしている様子がひどく眠そうだ。
「この前のように撫でろ」
腕を掴まれ無理矢理頭を触らせられる。俺はびっくりして口を開けたまま固まってしまったが、とりあえず手を動かしその髪をぎこちなく撫でた。ユージンは満足げに息を吐き出す。
「お前の手は冷たくて丁度いい」
「は、はぁ…」
さっきから一体なんなんだ。俺はこの王様にペースを乱されまくりだ。疑問しか湧いてこないが、何故ですかと聞いたとしても答えてくれはしないだろう。髪をとくように撫でていれば、隣からすぐに寝息が聞こえてきた。安らかに眠る顔を見つめて、また俺は首を傾げる。
この王様はやはり何か変だ。
*
煌びやからな部屋の中に机に向かって座っているユージン、側に細身の男が立っていた。また夢の中か、俺は瞬時に理解してユージンに近づく。
机の上には地図と地理の本がいくつか置いてある。神経質そうに髪を七三にひっつめた初老の男が口を開く。
「さぁ、前回の復習を…」
「パレストン、ここは何という場所なんだ?」
「……ユージン殿下」
ユージンは細く小さな指を動かし、国の地図にある地域を指差した。にこやかに笑っていた初老の男、パレストンは表情を固くし口を閉ざした。
俺は地図を覗き込み目を見開いた。その場所はスラムがある場所だった。
「前回もここが何なのか教えてくれなかった。僕は王になるのだからここについても知らなければならいだろう」
「…………」
「答えろ、パレストン」
力強いユージンの瞳にパレストンは眉を顰め、重い溜息を吐いた。すると、先程のようににこやかな笑みを浮かべた。あまりにも早い切り替えに俺はギョッとしてしまう。
「ここに名などありませんよ」
「…僕を馬鹿にしているのか?そんな筈ないだろう」
「いいえ、馬鹿になどしておりません。ここは我々ダバルドンの国土ではありません。勿論、隣国のカーネリアの国土でもない。ただの掃き溜めですよ」
唖然として、何も言葉が思い浮かばない。何故、どうしてそんなことが言えるのだろう。ユージンも驚いているのか目を見開き、一言も発しなかった。
「ここははるか昔…そうですね、今から200年ほど前でしょうか。マルリ地区にあった監獄に収監された罪人達が脱獄し、ここに逃げ込みました。当然私達は力を尽くしてこの地域の人々を守ろうとしました。ですが、罪人達の中に禁術を使う者がおり…その者は恐ろしく強く、力ある騎士たちでも太刀打ちできず、多くの犠牲者を出しました」
パレストンは瞼を閉じて、芝居がかった仕草で首を横に振る。
「何十年も争いましたが、結局この地域を罪人から取り戻すことはできなかったのです。そうこうしている間にこの場所は無法地帯となり、荒れてしまった。手の施しようも無いほどに…ですから当時の国王陛下はここを国の一部として扱う事をやめたのです」
「……そんなこと、国王がしていいことではない。この場所に住む人々も民として…」
「ユージン殿下」
ユージンの言葉を聞いたパレストンの頬骨が盛り上がり、人形のように口角が上がる。作り物のような笑顔をユージンに見せた。
「ここに住む人間は我々の国の民と認められないのです。私たちの祖先、英雄であった騎士たちや王族を殺めた罪人の子孫もいるのですよ。そんなもの、認められる筈がない」
「…貴族も平民も、僕だってこの国の民だ。ダバルドンの一部であるこの場所の者だって、そうだろう?皆同じ人間だ」
ユージンの言葉に胸が震えた。泣きそうな声で必死にそう言ったこの少年は間違いなく、王様に相応しい。小さく拳を握るその手に触れようと手を伸ばす。
「貴方は本当に愚かで、なんと可哀想なのでしょうか」
パレストンは冷たい声色でそう言い放った。伸ばそうとした手は止まってしまう。何を言ってるんだこいつは、俺は目の前のジジイに目を向けた。
「貴族と王族、そして平民。皆同じ人間ではありません。貴方を含めた王族、その次に私たち貴族、最後に平民。この順に人間として位が分けられています。平民にならまだしも、それ以下のスラムの人間にそんな慈悲など必要ありません」
「パレストン、何を言って…」
「人間には位があり、価値も定められている。国王は1番そのことを理解しなければなりません。それは昔からの決まりでもあります。争いがあった当時の国王から現国王である陛下までその概念は引き継がれている。分かりますか?ユージン殿下」
ーー貴方はお父上やお祖父様、その前の国王陛下がしてきたことを否定するおつもりか?
こんなジジイが言うことなんかに耳を傾けるな!俺は思わずそう叫んでしまった。俺の声がユージンの耳に届くことはない。
ユージンは肩を震わせながら俯いた。
「やはり、呪われた子は王に相応しくない」
「……っ」
「そのようにまた周りに言われてしまいますよ、殿下」
ニコリと笑い、何もなかったかのように授業を始めたパレストンに俺は沸々と怒りが湧き上がった。目の前でユージンが涙を流しているのが見えている筈なのに、この糞爺は明るく話している。意味がわからない。
俺は俯いて肩を震わせているユージンの背中を摩り、頭を必死に撫でた。お前は正しい!頑張れ!そうエールを送ったがこの少年に届くことはなかった。
*
今日、ユージンは他国の外交官と会談があるらしく、朝早くに部屋を出て行った。最近見る夢のせいで熟睡できていない俺は常に身体が怠く重い。
ユージンの夢は見ていると辛くて精神にかなりくる。窓際にある椅子に腰掛け息を吐けば、より身体が重くなった気がした。
ここに来てどれくらいの日がたっただろうか。寂しがりのカイルは元気なのか、ちゃんとご飯食べてるのか…なんて考えながら窓の外を見る。
「……なんだ、この鳥」
窓の外にある木に金色の鳥が止まっていた。輝くような金色…ではなく、少し燻んだ金色だ。インコのような見た目の鳥は俺をジッと見つめている。
何だ?そう不思議に思っていると、鳥はグァッとしゃがれた声で鳴きどこかに飛び立っていった。
可愛くない声の鳥だな、なんて思いながら俺はまた大きな溜息を吐いた。
とにかく、俺はここから出たくて仕方がなかった。あの鳥みたいに飛んで出ていけたらどんなにいいだろうか。
憂鬱な気分が晴れることはない。
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