愛し愛するということ

 

 頬が冷たくて目が覚めた。
 濡れた感触と瞼の重い感じが自分は泣いていたのだと教えてくれる。ユージンといつも寝ている寝台に横になっていて、ボーっとただ天井を見つめることしかできない。
 身体も気持ちも何もかもが怠い。

 ーー…お前が王になる資格はない

 ユアンの言葉が脳内に浮かぶ。王になることを志していたユージン、ずっと応援していたユアンに否定されて本人はどう思ったのだろうか。
 あの絶望した顔、泣き顔、何もかもが頭に焼き付いてはなれない。もう一つ俺の頭から離れてくれないのは、

 ーーお願い…っ、お願いします!ユージンを助けて、あの子に愛を教えてあげて…

 ユナの言葉と必死な形相。華奢な手が脚を力強く掴み、涙で服が濡れる感覚。

「……なんなんだよ、何で…っ、くそ…!」

 俺は何度もベッドに拳を振り下ろした。弾力性のあるマットを殴っても痛くも痒くもない、それがやけに俺を虚しくさせた。
 愛を教えるなんてできるわけがない。俺だって愛なんかわからないのに。その相手があのユージンだ。俺を蔑み、辱め、何度も何度も傷つけてきた男に愛を教えるなんて馬鹿げてる。


「何だ、まだ体調が悪いのか」

 低い声が聞こえて俺の身体は固まる。顔を其方に向ければ、ユージンが扉の前に立っていた。ゆっくり近づいてくる王様の顔はいつもと変わらず無表情で冷たい。

「寝不足による貧血だそうだ…いつも激しく抱いてやってるからな。そうなるのも仕方ない」
「……全部、アンタのせいだ」

 ユージンは鼻で笑いベッドに腰掛けると、俺に覆い被さってきた。形のいい唇が歪む。

「俺が憎いか?」
「…………」
「これで…俺を刺してみるか?貧弱なお前でも俺を殺せるかもしれないぞ」

 ナイフを取り出し、俺の前にチラつかせる。月の光が刃に反射して悪戯に俺を照らした。ユージンの歪な笑顔を見ているとギリギリと胸が締め付けられて苦しくなった。幼いあの少年が泣いているように見えてしまうのだ。
 ユージンは何も言い返さない俺を見て怪訝そうに眉を顰める。今の俺にはこの男が可哀想で、可愛く見えて仕方がなかった。何を言えばいいのかわからない。
 瞳を閉じて、ゆっくり深呼吸を繰り返した。

 俺はユージンの頭に手を伸ばしグッと抱き寄せた。柔らかい髪が頬に触れて、少しだけ温かい体温が服越しに感じる。心臓の音も微かだけど合わさった胸に響いている。

 あの少年は生きて、王様になっているんだ。目の前にいるこの男が『ユージン』。

「俺は、……アンタをまだ許せない」
「な、に…」
「でも、許したいと思う」


 ーーユナも許したい、心の中でそう続けた。
 強張る身体をギュッと抱きしめて、許せるように頑張るよ、と小さく呟いた。
 この世界に来てからのこと、今の仕事、数々の痛く辛い記憶を思い出すほどしんどくて仕方がない。それでも、ずっと全てを恨むわけには行かない。今できることを必死にするしかない。前に進むにはそれしかない。

 ずっと俺はそうしてきた。


「だから…ユージンも許せるようになってほしい」
「ゆるす…?なにを、…いってるんだ」
「全部許すんだ。自分も周りも…全部」

 俺はユージンの両頬に手をやり額にキスをした。
 空色の瞳が揺れている。何も浮かんでいなかった瞳に月明かりが光を差し、感情の色を浮かび上がらせた。

「俺は…ユージンに王様になってほしい。アンタが本当に思う理想の王様に」
「……なれるはずがない、そんなもの…誰も、望んでいない」

 ユージンの声が少し震えて聞こえるのは気のせいじゃないだろう。俺は顔中に口付けを降らし、またその大きな体を抱き寄せた。

「絶対なれる。俺が応援する、ユージンのこと否定なんてしないから」

 俺は何度も何度も、口付けを繰り返し抱きしめた。
 暫くして、ユージンは俺の身体を引き離しベッドから離れて行った。ふらつきながら窓際の椅子に腰掛ける。
 そのままグシャリと自身の髪を掴み、荒く呼吸を繰り返していた。明らかに様子が可笑しい。異様なその姿に俺はぞくりと背筋が冷たくなった。

「おまえは、何だ…俺に何をするつもりだ…。どうせ、また……また…っ」

 ぶつぶつとユージンが何かを呟く度空気がぐっと重苦しくなり、呼吸が思うようにできなくなった。何が起こっているのかはわからないが、とにかく苦しくて俺は自分の服の胸元を掴んだ。酸素を吸うことができない。

「ゅ、じん…っ」
「ちがう、ちがう…!俺は、おれは…っ」

ユージンは獣のように唸り声を上げたかと思うと、シンと静かになった。すると今までの息苦しさが嘘のようになくなり、時が動き出したかのように酸素が身体に入っていく。
キーンと耳鳴りのような音が聞こえた。それほど静かになった。ユージンはまたゆっくり立ち上がり、覚束無い足取りで歩き出す。


「今日はお前を抱かない……ゆっくり休んでいろ」

俺を見ずにそう言うと、ユージンは部屋から出て行ってしまった。今まで見たこともない男の姿に、身体がガタガタと震え出す。
一体何なんだ、さっき何が起こっていたんだ。理解不能な現象が怖くて俺はギュッと腕を掴んだ。



ーーー間違ったことはしていないと、信じたい。


これからどうなるのか、不安がどっと押し寄せてきた。





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