懐かしい記憶と再会

 

 あの日以降、ユージンが俺を犯すことはなくなった。
 それ以外はいつも通り、朝食を食べ終われば執務室に連れられ、夜になれば一緒に眠る。あの日のように狂う姿は見ていない。

 夜の性行為が無くなり、増えたことは寝る前にユージンと話すことだった。



 ユージンの頭を膝に乗せて柔らかい絹のような髪を撫でる。頭を撫でることを強請られてから俺は自ら撫でるようになった。撫でられている本人は虚な目で空を見つめているだけだ。

「…お前の好きなものは何だ」
「好きなもの?」

 ポツリと呟くようにそう聞かれ、俺は料理だと素直に答えた。
 そんな話聞いて面白いことなんてないのに、ユージンは黙って俺の好きな調理法の話を聞く。会社員時代の生活が頭の中に浮かんできた。懐かしさに少しだけ口元が緩んだ。

「会社が終わって、家に帰ると疲れすぎて何もやる気が起きないからずっと作り置きした物ばっかり食べてた。たまに足が速いもの作っちゃって、腹を壊したこともあったな…」
「………」
「夏場なんてすぐ腐ったよ。レンジでチンして温め直せば何でも食べれると思ってたのに」

 レンジでチン、ユージンは俺が言った言葉を繰り返し、フッと鼻で笑った。するとユージンの大きな手がゆっくり持ち上がり、長い指先が弧を描く。何をするのかと見ていると指先からキラキラと光の粒子が輝き、部屋中がプロジェクトマッピングのように映像を映し出した。
 360度壁に移されたのは四角の建物に、数多くの四角の窓が様々な色に光っている。四角の建物の間を鈍色の鳥がゆっくり飛んでいて、何かのアニメのように見えた。
 俺は惚けたように周りを見つめ、もしかしてと呟く。

「これは……」
「ビルとひこうき…だろう?ナギサが馬鹿みたいに異世界のことを話していた」
「飛行機があの鳥みたいなやつなのか?」

 びっくりしてそう聞き返せば、ユージンは怪訝そうな顔をした。どこからどう見ても鳥にしか見えない物が"飛行機"のつもりらしい。

「空を飛ぶものは人と竜以外で鳥しかいないだろう」
「……いや、まあ…そうか。そうなるよなぁ」

 可愛くてどこか間抜けな顔をした飛行機を見ると少し笑ってしまう。ビルも可愛らしい。小さい子が読むような絵本に描かれたビルのようだった。

「…お前、笑えたのか」
「面白いと思ったから笑う。普通のことだろ」
「そう、か…」

 そう言って黙り込んだユージンの頭を再び撫でる。映し出されたビルの光が金色の髪をいろんな色に染めていた。現実じゃないような、夢の中のようなそんな空気が俺を包み込む。

「ユージンの魔法の力なんだろ?すごいな…」
「…こんなもの、何の役にも立たない」

 ぴたりと撫でていた手が止まる。

「それは…誰かに言われたのか?」
「さあな。言われたかもしれないし、俺がそう勝手に思っていたかもしれない」

 ーーもう、何も思い出せない。
 ポツリと呟くように言われて、俺はまた胸が苦しくなった。顔を歪めている俺を気にしていないのかユージンは目を閉じて穏やかに呼吸をしている。

「前に、お前をゴミだクズだと言ったが…」
「…………」
「ハジメは思い出のない、俺より…ずっと、………にんげん、らしい……」

 ユージンはそう言うと、寝息を立てながら眠ってしまった。初めて名前を呼ばれたな、なんて思いながら目の奥がジワリと熱を帯びていく。綺麗な寝顔が滲み歪んで見えなくなってしまった。

「……っ、く」

 どうして、こんなに悲しい気持ちになるのだろう。王様の顔に涙が落ちないように、天井に顔を向ける。先程の魔法はもう解けて、いつもの煌びやかな壁紙がそこにはあった。俺はこの人を救えるのだろうか、どうすれば楽にさせてあげられるのかわからない。
 ユージンという王を知れば知るほど闇が見え隠れして、俺をどん底に突き落としていくのだ。




 *


 今日はユージンが仕事で城を離れている。ここ数日あることを考えていた俺は部屋から出て、外に向かった。以前に執務室でユージンが臣下と話している内容からすると今日あの人がここにきているはずなのだ。
 出会えますようにと願いながら城内を歩き回り、漸くその後ろ姿をみた時俺は駆け出していた。

「ーーガレスさん!」

 俺の声を聞いて振り向いた騎士は信じられないものを見るような目でこちらを見た。駆け寄れば腕を引かれ、キツく抱きしめられた。

「ハジメ…っ、よかった」
「ガレスさん」
「クマは酷いが、目立つ傷もない…また痩せたか?」

 手袋に覆われている指が俺の目の下を優しくなぞる。擽ったくて少し笑えば、ガレスさんはホッと安心したような顔をした。俺も肩の力を抜いて、逞しい背中に腕を回す。
 ガレスさんは俺がなぜここにいるのか知っていたようで、また心配をかけてしまったらしい。申し訳なくて謝れば、お前が無事ならそれでいいと優しく微笑まれてしまった。それでもとまた謝ってしまう俺に、何を思ったのかガレスさんは俺の腕を掴み歩きだした。

 着いた場所は古い家具や絵画等が置かれている物置部屋のような場所だった。近くに置いてある蝋燭に火をつけて、ガレスさんは俺を見下ろした。淡いオレンジの光が精悍な顔を照らす。
 情欲が滲んだアイスブルーの瞳に見つめられ、ぞくりと身体が震えた。

「申し訳ないと思うのなら…これぐらいしても構わないだろう」

 喰らいつくように口付けられ、熱い舌がすぐ唇を割って入ってきた。角度を何度も変えながらどんどん深くなるキスに俺はガレスさんの軍服の胸元をギュッと掴む。

「んっ…ふ、……ぅっ」
「は、ぁ…っ」

 お互いの荒い呼吸音と濡れた音が厭らしく部屋に小さく響いた。唇が離れた瞬間、唾液が口端から溢れ顎を伝う。ガレスさんはそれを舌で拭うように舐めて、下唇に吸い付いた。
 ガレスさんの熱に当てられたのか、俺は身体が疼いて仕方がなかった。今すぐにこの人が欲しい、そんな思いでいっぱいになる。

「もっと、もっと…してください」

 きっと今の俺は酷く溶けて、みっともない顔をしているはずだ。はしたないとガレスさんに言われてしまうだろうか、そんなことを思いながらも俺はお互いの唾液で濡れた自身の唇を無意識のうちに舐めてしまう。

 ガレスさんはイラついたように眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちをした。見たことがないガレスさんのその表情に、子宮がないはずの腹の奥がジクジクと疼く。

「……誘ったのはお前だぞ、ハジメ」

 後頭部を力強く捕まれ、グッと引き寄せられる。俺も首に腕を回し自らキスをした。俺とガレスさんは唇を何度も重ねながらお互いの服を脱ぎ、脱がせて纏れるようにソファーに倒れ込んだ。






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