騎士と魔女A

 
 拘束されていたことにより、固まっていた筋肉を伸ばすようにユアンは肩を回した。ここに投獄されてからユアンは看守の兵士と騎士以外の人間と会うことはなかった。
 そんな自分にとって初めての面会人であった男を思い出し、ゆっくり息を吐き出した。

 以前より痩せて窶れた様子の男の姿に少しだけ胸が痛んだのは、ユアンがその男を気に入っている証拠だ。そんな姿にさせたのは嘗て自分が仕えていた人物であろうことはわかっていた。

「優しくしてやってくれよ、ユージン殿下」

 自分が支えたいと思った少年。王になるべきだと唯一感じた少年。少年とのあたたかい記憶なんて、もう思い出せない。
 鮮明に覚えているのは血に塗れた自身の手で殺めようとした時だけだった。

『や、っぱり…ぼくは、呪われているんだ。だから…ユアン、も…っぼくをころすんだ…』

 涙を流し、絶望した顔で歪んだ笑みを浮かべたユージンを忘れたことなどなかった。か細い声も何もかも、忘れることが出来なかったのだ。
 呪われているのはユージンではなく自分だと、ユアンは思っている。

「今更、何を悔やんでいるんだろうな」

 手に入れた力を全て無駄にして、ユアンはずっと監獄にいるのだ。ハジメと出会って、出来ることはまだあるのだとやり直せるとそう言われてから、ユアンは自分に何ができるのか考えていたが答えは未だに出ていない。


 ハジメと話して久しぶりに聞いたユナの名前。ユナとの記憶もあまり残っていない。覚えているのは、自身が騎士として魔獣討伐の誉をあげたときと、ユナと最後に会ったときだけだった。

『ユアン!立派になりましたね』
『ユナ様…ありがとうございます。俺がここまで強くなれたのは貴女のおかげです』
『もう、私より貴方の方が強いかもしれませんね…あんなに幼かった貴方がここまで立派になられたことは誇りに思います』

 ユアンの白い軍服の襟についている星のブローチを見て、ユナは嬉しそうに微笑んでいた。その顔を見て少しだけ胸が暖かくなったのを覚えている。母が生きていたらユナと同じように祝福してくれたのだろうか、そんな気持ちがあった。
 そんなユナが懐妊して以降、皆から疎まれ日に日に弱っていくのを気づいていながらもユアンは何もできなかった。職務や魔獣討伐に追われ、顔を見に行くことも出来なかったのだ。
 会えたのはユージンが生まれて少ししてからだった。

『ユアン…来てくださったのですね』

 美しかった顔は窶れ、身体も痩せ細ってしまっていた。燃えるように綺麗だった赤髪もくすんで酷く傷んでいた。その腕に抱いていた赤子は母親とは対照的に健やかに見えた。金髪は父親譲り、透けそうなほど白い肌はユナから受け継いだのだろう。

『ダルトワは…元気でしょうか』
『……えぇ、先日も隣国を訪問しておりました』
『よかった…』

 何故あんな男の心配をするのか、ユアンはその名前を聞いて苛立たしさを感じた。生まれてから一度も離宮を訪れてもいない。
 少し前には小さな国から妃を迎え入れることが決まった。そのことをユナは知らないのだとわかっていたユアンはそれ以上話すことはなかった。

『もう、私は…この子が大きくなるところを見届けるのは難しい。だから、っごほ…っ、はぁ…』
『ユナ様!』
『だから、この子を頼みます』

 ーー私の騎士様。
 ユナはそう言ってまた咳き込み、血を吐いていた。その赤い血がついた手が弱々しくユアンの手を握りしめる。その血の色がやけに赤く見え、ユアンは胸を痛めたのを覚えている。
 それが、ユナとの最後の思い出だった。


 懐かしい記憶にユアンは小さく笑った。
 ユナは頼る相手を間違えていたのだ。ユージンがああなったのは自分のせいでもあることは理解していた。
 今更、自分が何をしてもユージンの性格が変わるわけでも無い。傷つけてトドメを指したのはユアンだからだ。

「あとは、ハジメに任せるしかない…か」


 ユアンは男の頼りない姿を思い出し、目元を緩ませる。あそこまで酷いお人好しにユアンは出会ったことがない。困っている人を放っておけない、助けても見返りを要求せずに微笑みだけを浮かべている、それがユアンの思うハジメだ。
 優しく、強いハジメと一緒に過ごせばユージンは救われるんじゃないか、そんな淡い希望をユアンは抱いていた。

 何処からかまた金色の鳥が現れ、ユアンの肩に止まる。

「何か起きればすぐに俺に知らせろ。わかったな?」


 鳥は返事をするようにグァッと汚く鳴いた。






*前 | 次#