バケモノと王子

 

 昔から、俺は1人だった。

『呪われた子』
『呪われた魔女の子』

 ずっとその言葉が俺について回った。


 父上も、父上の臣下も、俺の周りの使用人、教師…全員が俺を見ていない。冷たい目で俺を見ていた。
 最初はどうにか認められようと足掻いていた。それでも『呪われた魔女の子』が変わるわけもなく、俺は認められるのを諦めた。

 10歳の時、俺に近衛騎士ができた。

「ユアン・マーチスと申します。会えて光栄でございます、ユージン殿下」

 男は俺の目を見て優しく微笑んでくれた。胸の中が少しだけ暖かくなるような、少しだけむず痒いようなそんな感覚を初めて覚えた。
 ユアンは俺がどれだけ突き放そうとしても、側に来て共に居てくれようとしてくれた。剣も魔術も殆どユアンが教えてくれたのだ。遊びだってそうだ。

「殿下!そんな高くに登ったら降りられなくなりますよ!」
「いいんだ!放っておいてくれ!」

 木を登ったとき、ユアンは焦った様子で駆けつけてくれた。俺はユアンの言うことを聞かず、もっと高いところを目指して登った。
 俺は足を踏み外し、下に落ちそうになってしまった。木の枝を掴みぶら下がる俺にユアンは声を張り上げた。

「手をお離しください!俺が受け止めますから」
「いやだ!受け止めないだろ、ぼくは…っ知ってるんだ」

 この時俺はユアンが俺を受け止めてくれるわけがないと、そう思っていた。この時木に登ったのは、城の奴らにまた陰口を言われて…むしゃくしゃしていたのが理由だ。
 ユアンも城の奴らと同じ、そんなことを思っていた。

「いいから離せ!俺を信じろ!」
「っ!」

 敬語もなく、荒々しいユアンの言葉を聞いて吃驚した俺は手を離してしまった。酷い痛みを想像していたが、ユアンが俺を受け止めてくれて怪我はしなかった。
 ユアンの腕の中で、見上げた顔がホッとしたような怒ったような表情を浮かべていたのを覚えている。

「よかった…もう、こんな無茶はやめて下さい」

 この時、俺は初めて人前で泣いた。俺を抱きしめる力強い腕、心配そうに叱る声。全てが嬉しくて堪らなかった。俺の世界にはユアンだけが居てくれた。


 *

 幼い頃、自分が何になりたかったのか全く覚えていない。弟達じゃなく、自分が王になりたいと強く思っていたことは確かだ。
 自分が理想にしていた王は、どういうものだったのか…思い出せない。何かがきっかけで俺は父上のような王になることが目標になっていた。

 だからなのか、いつからか俺はユアンを見下し…自分に相応しい騎士ではないと思うようになっていった。平民上がりで両親もいない。どこから来たのかもわからない。そんな男を蔑むようになった。

 ーー俺はユアンを家族同然に思って愛していたのに。


 ユアンが近衛騎士から外れた後、俺はユアンに殺されそうになった。その時のことは今でも夢に見るほど記憶に焼きついている。
 俺の手を優しく引いてくれた手が首を絞めて、暖かかった眼差しは凍りつきそうなほど冷たく俺を見下ろしていた。憎悪が浮かんだ瞳。

 その時にはっきり理解した、やはり自分は呪われているのだと。


 俺は死なず意識が戻り、動けるようになってユアンの裁判が行われた。参加することは出来なかった。いや、父上がそれを許さなかったのだ。
 ユアンは監獄に入れられ、俺はまた1人になった。

 そこからは狂ったように力を求めた。何もかも手に入れる、そんな力が欲しかった。
 力があれば俺は王になれる。力があるものこそが王に相応しい、そう思っていた。
 死んだ母親のおかげか、俺には魔力が多かった。魔術も全て学んだ。それだけではない。封印されていた禁術書を持ち出し、禁術すら覚えた。
 武術だって俺は必死に鍛えた。血反吐を吐くような毎日を過ごした。
 全ては王になるため、力を手に入れるため。

 ーーなのに…父上は俺を認めなかった。

『お前に継承権はやらん。この国で誰がお前何ぞのために仕えると言うのだ』
『……どういう意味ですか』
『頭がいい癖にわからんのか?私の血が入っているから仕方なくお前をここで生かしているが、あの魔女の血も混じっている。そんな人間を王になんて出来るわけがない』

 その時、どす黒い何かが俺の中で生まれた。
 父上は汚物でも見るような目で俺を見下ろし罵倒した。母上は隣で微笑を浮かべながらそれを聞いている。周りにいる臣下も全員笑っているように見えた。
 いくつもの顔が不気味に笑い、俺を馬鹿にしていた。

『貴様なんぞ、あの女と共に死ねばよかったのだ』

 父上の笑い声が玉座の間に響き渡った。

『俺に王の座は渡さないと言うのですね?』
『そうだと先程から申している。わかったら部屋に戻れ』
『……そうですか』

 ーーなら、死んでください。
 俺がそう言った瞬間、部屋が激しく揺れ始めた。父上や母上、皆が悲鳴を上げ逃げようとしている。指先を横にスッと動かせば、固まったように動かなくなった。声も出せない。誰も逃がさない。
 揺れは酷くなり、天井が崩れ落ちた。俺の周りを開けて、シャンデリアや全てが皆の上に落ちていく。
 全員が下敷きになった後、俺は肩の力を抜いた。

『た、たすけて、くれ……』

 瓦礫の間から顔を出して父親だったモノがそう言った。俺は腰から剣を抜き、ゆっくりそこに近づく。

『ここまで生かしてくれたことは感謝しよう…だが、お前は俺を一度でも助けようとしたのか?なのに助けを求めるな、この屑が』
『ばけ、もの…め…っ』

 俺は鼻で笑ったあと、その首に剣を突き刺し手前に引いた。空気の漏れるような音が酷く俺を不快にさせた。
 走って来る音が聞こえて、俺は入り口に目を向ける。現れた金髪の男は肩で息をしながら、この部屋を見て唖然としている。

『ユージン殿下…貴方は…』
『地震があった。皆この通り下敷きになって死んだ』
『………』
『今日から俺がこの国の王だ』

 ここの処理はお前に任せる。俺はそう言って、その場を離れようとした。男は信じられないものを見る目で俺を見つめている。

『殿下…禁術を使ったの?』
『さぁな、そんなもの知らん。地震だと言っただろう』

 男を残し、俺はその場から去った。
 俺が殺害したことはあの時いた魔導師以外知らないだろう。玉座の間は新たに作り直され、弟達は他国と条約を結ぶ際に人質として送った。

 俺は正式に王になったのだ。

 全てを手に入れた筈だった。でも、父上を殺した瞬間に黒いものは膨れ上がり、全てを覆い尽くしてしまった。
 俺にはもう何もない。空っぽの中身にバケモノが住み着いただけだった。


 *



 ーー神子を殺すか?

「あいつはもう必要ないが…神子を殺せば流石に責められるだろう」

 ーーなら、あの男はどうだ?

 俺が楽しげに話しかけてくる。男とは一体誰のことをさしているのだろうか。

 ーーあの異世界人の男娼だ。もう十分楽しんだだろう。

「ハジメは…殺さない。俺のモノにする」

 俺を愛してくれる筈だ、そう呟けば俺は笑い声を上げた。心底俺の言ったことが可笑しいとでも言うように、俺を指を刺して腹を抱えている。

 ーーお前みたいな呪われた子が愛されるとでも思ってるのか?傑作だな。

 俺は口を黙み俯いた。俺が肩を抱き寄せ、耳元に口を寄せる。

 ーー誰もお前なんか愛さない。ユアンも魔女も…お前を捨てた。あの男も可哀想に思っているだけで、すぐ消えていなくなる。

「違う!ハジメは許すと言ってくれた。俺を…、俺をちゃんと見てくれている…っ」

 頭を抱えて首を横に振った。ハジメはあいつらとは違う。真っ直ぐに俺を見てくれた。俺が何をしても、側に……

 ーー馬鹿だな、何度も言っただろ?お前はバケモノなんだ。


 愛されるわけがない。




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