不審な地震

 

 髪を優しく撫でられている感覚がして目が覚める。窓から差し込む光が眩しくて目を擦れば、だんだんと視界が鮮明になっていく。横を見ればベッドに腰掛けてこちらを見下ろしている王様。どうやらユージンが俺の頭を撫でていたらしい。

「早いな…もう仕事にいくのか?」
「あぁ、後で朝食を運ばせよう。お前はまだ寝てて構わないぞ」

 俺は起き上がり、もう起きるよと首を横に振った。ユージンの顔は変わらず美形だが、目の下には黒い隈ができていた。まだ悪夢を見ているのか、そう聞くとふっと笑みを溢された。

「こんな俺を心配するなんて、お前は本当にお人好しだな」
「……心配はするだろ、それ日に日に濃くなってる気がするし」
「そう、か…まあそれも直に良くなる」

 ユージンはそう言いながらベッドから立ち上がる。かちゃりと固いものが動く音がして、ユージンの腰を見れば珍しく帯刀していた。服装もいつもの華美な装いではなく、動きやすそうな服を着ている。

「今日は何の仕事にいくんだ?剣なんかいつもは持ち歩かないだろ」
「…………」
「ユージン?」

 何も言わないユージンに変な胸騒ぎがして引き止めるように袖を掴めば、グッと抱き寄せられた。厚い胸板と柔らかい布の感触が頬に当たる。
 吃驚して固まる俺の顎をそっと掴み、顔を上に向けられる。すると、優しい口付けが唇に落とされた。啄むように触れるそれに目を見開く。
 こんなキスできたんだな、あまりに優しすぎる口付けについそんなことを思ってしまう。俺の思っていることがわかったのか、ユージンはふっと鼻を鳴らした。
 唇が離れるとこつりと額をくっつけられ、ユージンは俺の後頭部を撫でた。

「…今日は少し遅くなる。俺が帰らなくても飯はちゃんと食べろ。城のものには伝えておく」
「アンタが帰ってきてからでいい、一緒に食べよう?」
「早く帰れたらそうするが、できない可能性のほうが高い。わかったな?」

 いつも外に仕事で出ていても晩餐までに帰ってくるのに、そんな時間がかかる仕事なのだろうか。ユージンは俺を離し、背中を向け扉へと歩いて行く。
 何となく引き止めたくなって、また腕を掴んでしまった。驚いたような顔で見下ろされ、俺はパッと腕を離す。
 自分でも変なことをしている自覚はあった。気まずくて顔を背ければ、ユージンは見たこともないような柔らかい微笑みを見せた。
 ユージンはまだ寝ていろ、そう言って今度こそ出て行ってしまった。

「……何で、不安になるんだ」

 ユージンが酷く優しいからか、見たことのない服装で剣を持って出ていくからか、何故こんなにも胸がざわつくのかわからない。暫く扉を見つめたあと、結局俺はベッドに戻った。
 その後、メイドが朝食を持ってくるまで眠ることはなかった。



 その日の昼、俺は王宮にある図書館で児童向けの本を広げていた。最近勉強をしているからか、子供が読むような本なら読めるようになってきたのだ。
 前の世界では読んだことがない童話ばかりで、読んでいて楽しい。最近のマイブームだった。

「意外な本を読んでいるね?」

 頭上から声が降ってきて俺は顔を上げる。そこにはフードを被ったレイトンが立っていた。
 思わず大きな声が出そうになり、グッとそれを抑える。レイトンはそんな俺にくすくす笑いながら、隣にある椅子に腰を下ろす。

「レイトン、何でここに…」
「僕は一応国に勤めているからここには自由に出入りできるんだよ?君が最近本を熱心に読んでるみたいだから気になってね」

 来ちゃった、そう言って笑うレイトンに俺は肩の力を抜いた。

「…ナギサくんは?」
「神子は元気にしているよ、前より自由に動けるようになったからね」
「自由に…離宮に閉じ込められているんじゃないのか?」
「それがね、あの陛下がもう神子に興味無くしちゃったみたいでさ…それくらい誰かさんに夢中みたいなんだ」

 レイトンの言葉にぎくりとしてしまう。誰かさんとは間違いなく俺のことだろう。ナギサくんが自由にできてるならそれでいいのか、なんて思っているとレイトンが俺の顔を覗き込んだ。

「どうやってあの冷徹人間を落としたの?ハジメって変な魔法使えたっけ?」
「俺がそんな魔法使えるわけないだろ、むしろ俺が知りたいくらいだ」
「だよねー…まあ、君が殺されなくてよかったけど、こんなことになるなんて予想してなかったな」

 そうだろうな、そう言って俺は溜息を吐いた。俺だって殺されると思っていた。なのにいつの間にか一緒に生活しているのだから不思議なものだ。気がかりだったナギサくんは無事で、あと俺が気になっているのは…

「外のこと気になる?」
「…………」
「ハジメの家はまだちゃんとあるよ」

 レイトンの言葉に何で、と声が漏れた。
 俺がここに来てからもう何ヶ月も経っている。家賃だって払っていないし、もう強制退去させられているはずだ。そんな俺の考えがわかったのかレイトンは面白くなさそうに口を尖らせる。

「あの宝石商の男が家賃払っているみたいだよ。僕がハジメの家に行ったら彼が出てきたからびっくりしたよ、いきなり殴られそうになったし…あの男なに?」
「……そう、か。カイルが」
「ねぇ、君とあいつってどういう関係なの?付き合ってるだなんて言わないよね」

 そんなわけないだろと否定すれば、だよね!と安心した様子のレイトン。俺は正直、カイルがそこまでしてくれているなんて思いもしなかった。
 赤髪の青年を思い出し、俺は口端が緩むのを感じた。心配しているだろうに、ずっと俺の部屋で帰りを待っているのだろうか。可愛いと思ってしまうのはしょうがない。

「なに、その顔…まさか…っ」
「何だ、レイトン。さっきからうるさいぞ」
「僕許さないから!あんなチンピラ男にこの天才魔導士様が負けるわけないし、僕の方が…っ」

 泣きそうな顔でレイトンはどれだけ自分がすごいのかアピールし始めた。人が少ない図書館だがこんな騒がれたらさすがに怒られるだろう。何か勘違いしているレイトンに声をかけようとした瞬間、遠くで地響きのようなものが聞こえた。

「っ、なんだ…?」

 ガタガタと本棚や机が音を立てている。酷くなる揺れに地震だと気づく。図書館にいる人たちの悲鳴を聴きながら俺はとりあえず机の下に潜った。レイトンは立ち上がったまま辺りを見渡している。

「レイトン、何してんだよ!早くここに…っ」
「…………」

 レイトンは俺の声が聞こえていないのか、深刻な表情で窓の外を見ている。暫くして揺れが収まり、ドキドキしながら机の下から這い出る。レイトンは顎を触り、何かを考え込んでいるようだった。

「…ハジメ、陛下は今どこにいるか知ってる?」
「朝早くから出かけて行ったのは見たけど、どこに行ったのかは知らない
「そう、か…とりあえずハジメは部屋に戻ったほうがいい。ここは物が多いから危ない」

 レイトンは俺の腕を掴み歩き出した。城の中は先程の地震で騒然としていた。割れた物を片付けている人達を見ながら俺たちはユージンの部屋についた。
 レイトンはユージンの部屋に入るなり、何かを唱え始めた。家具ひとつひとつに触れていく。どうやら魔法を唱えているようだった。

「…これで怪我をすることはないと思う」
「なぁ、何で家具に魔法を使ってるんだ?」
「君を守るためだよ、とりあえず今日はこの部屋から出ないこと。わかった?」

 いろいろ聞きたいことがあったが、レイトンの真剣な様子に口を噤んだ。そのままレイトンは部屋を出て行ってしまう。扉が閉まった瞬間ガチャリと音がした。ご丁寧に鍵をかけて行ったらしい。
 俺は溜息を吐いて、窓際の椅子に腰掛ける。何が起こっているみたいだけど、それが何なのかもわからない。とりあえずまた地震が起きた時ように身を守る場所でも探そうか、そう思いながら俺は部屋を見渡した。


 *


 王都から少し離れた場所に囚人監獄がある。地下にまでその監獄は続いており、監獄の近くには騎士団の基地がある。塔のように聳え立つ外壁に、迷路のように入り組んだ監獄内は脱獄するのが至難の業であると言われていた。


 転移魔法を使い、ユージンはその場所に降り立った。ひんやりとした空気に生臭い臭いが鼻につく。ユージンは監獄内へと繋がる鉄の扉に手をかけて、魔法で鍵を外した。中に入れば2人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。

「へ、陛下!なぜこのような場所に…っ」
「ご用がおありでしたら、基地に連絡を入れますので!」
「構わん、貴様らは仕事に戻れ」

 騎士には連絡を入れるな、ユージンは冷めた声色でそう言って中へと足を進めた。有無を言わさない国王に兵士は戸惑い顔を青く染めた。


 ユージンがなぜここに来たのか、理由は一つだけ。かつて自分を殺そうとしたユアン・マーチスに会うためであった。
 ずっと見ている悪夢の原因はユアンだと気づいていた。それを断ち切ろうと思ったのは、恐らくハジメと出会ったからだ。そのままでいいと考えていたのにあの異世界人と出会い、ユージンの何かが大きく変わってしまった。

 今朝、引き止めてきた男の顔を思い出しユージンは少しだけ表情を緩ませる。自分が死ぬとでも思ったのだろうか。自分が死ぬつもりは更々なかった。

 ーーあるのは殺意だけである。

 ユージンは長い階段を下り、最下層へとたどり着いた。
 より一層湿気た空気に酷い悪臭が鼻をついた。ユージンは長い廊下の突き当たりにある房へと足を進めた。


「……これはこれは、お久しいですね殿下」

 房の中にいた男は鉄格子越しにユージンを見て笑みを浮かべた。ユージンはざわりと全身の毛が逆立ったのを感じた。



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