かつての騎士と王子
薄汚い服装に髭を生やした顔でも昔の顔立ちは変わっていなかった。薄笑いを浮かべた顔を見て沸々とドス黒い怒りが込み上げてくる。
「こんな場所にいたら汚れてしまいますよ」
高貴な方がいてはダメだ、そう人を小馬鹿にしたようなユアンの言葉にユージンは下唇を噛み締めた。鉄格子に近づき床に座っている男を見下ろす。
「ハジメにこれを渡したらしいな」
首から下げているペンダントを服から取り出して見せる。薄暗い地下でもそれは輝いていて、ユアンは眩しいものでも見るかのように目を薄めた。
「よかった…無事、殿下の元に届いたみたいですね」
「何故、これをあいつに渡したんだ」
「俺が持っていても仕方がないでしょう、ユナ様の形見は息子である殿下が持っているべきだ」
ユージンは自分を落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返した。そうでもしないと力を使ってしまいそうになるからだ。
ーーまだ…まだこいつを殺せない。殺すわけにはいかない。
そう自分を冷静にするしかなかった。
「ユアン・マーチス…お前には聞かなければいけないことがある」
「えぇ、何でしょう。何でもお答えしますよ」
余裕のないユージンに比べてユアンは酷く落ち着いていた。懐かしい人にただ再会しただけ、そんな様子である。いきなり現れたユージンに驚いた様子もない。来ることがわかっていたかのように、不自然なほど落ち着いてユージンを見つめていた。
「俺を…あの時殺さなかったのは何故だ」
「…………」
「あの時死んでいたらここまで苦しむことはなかった…っ、お前のせいで俺は…!」
悲痛な声でユージンは叫んだ。
ユージンはあの時死んでいたらよかった、死んでいればバケモノにならなかった、そう思っていたのだ。夢の中、暗闇で自身の分身のようなバケモノに責められる日々。
歪んで、歪んで…父親まで殺害した。
「殺そうとした俺がこんなこと言うのは可笑しいですが…俺は貴方が生きていたよかったと思っていますよ」
「なに、を…言ってるんだ…!お前が俺を裏切って、殺そうとして…っ、生きていてよかっただと?ふざけるな!」
ユージンが手を翳した瞬間、地響きが大きくなりグラグラと地面を揺らした。ユアンはそれに動じず、ただ目の前の国王を見つめていた。天井からいくつかの瓦礫が下に落ちていく。階段の入り口はほぼ崩壊してしまっていた。暫くすると揺れは治り、ユージンの荒い呼吸音が地下に響いた。
また、ユージンは禁術の一つを使ってしまった。息を激しく乱しながらユアンを睨みつける。
「ユナ様に殿下を頼むと言われ、近衛騎士に選ばれてから俺はずっと殿下の側にいるつもりでした。王族や国を憎んでいましたが、殿下はその腐った王族とは違った…優しく、民を思いやる気持ちがあった」
「…………」
「殿下、俺には弟がいるんですよ。この世に生まれてくることが出来なかった弟が…だからなのかはわからない…俺はいつしか殿下を弟のように思っていました」
ユージンはユアンの言葉に息を呑んだ。ユアンの過去の話を聞いたことがなかった。ユアン自身もハジメ以外誰にも話したことがない話だった。
「近衛騎士に任命された時、初めて会った殿下を見て…俺の弟が大きくなったらこんな感じだろうかなんて思ったんです。騎士団に入団したら国を潰して復讐するつもりだったんですが、貴方に出会って…俺はその復讐をやめたんです。殿下を立派な王にさせることが目標になったから」
「………っ」
「笑っちまいますよね。身分も何もかも違う殿下を弟だなんて…でも、それくらい愛しく思っていましたよ」
ユージンは俯き、静かに涙を溢した。ユージンも幼い頃、ユアンをそう思っていたのだ。実の兄のように思っていた。
「だから、貴方が変わってしまって酷く失望したんです。殿下なら俺の生まれたスラムも変えてくれると信じてましたから。近衛騎士を外された時、貴方を殺して、全部壊してしまおうと思っていました…まあ、結局殺せなかったんですがね」
ユアンは鉄格子に近づき、鉄格子の間から腕を出した。カサついた指先が涙で濡れたユージンの頬に触れる。優しく拭うその指先は遠い昔の記憶のままだった。
「俺はユナ様との約束も守れず、殿下を殺すことも出来なかった中途半端な男です」
「…ゆあ、ん」
「ハジメに出会わなかったら自分の中途半端さに気づくこともなかった。ずっと復讐のことしか考えず生きていくことになっていたでしょうね」
知らなかったユアンの過去。
悲惨な過去の話をユージンが泣き止むまで、ユアンは独り言のように話した。それが終わると、今度はユージンとの思い出がどれほど楽しく、荒んだ自身の心を癒してくれたかを話した。
「殿下…本当に大きくなりましたね」
くしゃりと顔を歪めて優しく微笑まれ、ユージンは息を詰めた。どくりと心臓が音を立てて動き出す。温かい何かがぐるぐると身体中を巡り始めた。
「俺だって…お前を兄のように思っていた。お前が居なければ俺はずっと孤独だった。俺には、お前が全てだったんだ」
ユージンはぽつりとそう呟いた。黒く塗りつぶされていた記憶が鮮明に頭の中を流れていく。ユアンに対する憧れ、愛しさ、全てを思い出した。
陽だまりのような甘い記憶。ずっと頭にこびりついて離れなかった血に塗れたユアンとの最後の記憶。その対比がより胸を切り裂くような痛みをユージンに感じさせた。
「…でも、俺は殿下を孤独にさせちまった。こんなことになるなら、あの時殿下に縋りついてでも側にいればよかった」
ユアンは声を震わせながらそう言った。頬を何度も何度も撫でて、最後に頭を下げた。ユアンは肩を震わせながら嗚咽をもらしている。
「ユージン殿下…っ、申し訳ございません…」
「ユアン…」
「俺は何をしてでも罪を償います、殿下の気が治るなら死んだって構わない…でも、これだけは言わせてください」
ーー殿下、どうか幸せになって下さい。
ユアンはそう言ってユージンの頭をくしゃりと撫でた。その顔がかつて見た騎士の顔と重なり、ユージンは顔を歪めて泣き崩れた。
すると遠くから何人かが階段の方で騒いでいる声が聞こえた。どうやら地震があり、誰かがユージンの存在に気付いたようだった。
「俺がそんなこと言える立場じゃないのはわかってます」
「ユアン、俺は…っ」
「また会えてよかったです、陛下」
ユアンがそう言った瞬間、階段の瓦礫が吹き飛び騎士たちが雪崩れ込んできた。その後から入って来たのはローブ姿の魔導師だった。
「全く…騒ぎばかり起こさないでよね」
「レイトン…何故ここに」
「地震起こしたの陛下の仕業でしょ?あんなの起こせるのこの国で陛下しかいないからね。それに、この地区から酷い魔核の匂いがしたから、何事かと思って来たんだよ」
崩れた壁をすいすい指を動かし修復していくレイトンをユージンは黙って見つめた。面倒くさそうに簡単な修復作業をすすめながら、魔導師は鉄格子の中にいるユアンを見て眉を顰める。
「……何があったのか知らないけど、一緒に城に戻ってもらうからね」
「まだ話は終わってない、俺はまだユアンと話すことがある」
「話すことぉ?そんなことよりこの騒ぎの始末書を先に書いてもらわないと困るんだよ!それが終わったら、この重罪人と好きなだけ話してもらっていいから」
早く帰るよ、そう言ってレイトンはユージンの腕を掴み歩き始めた。共に戻るらしい騎士の一人がレイトンにそれはできません、と小声で話しているのが聞こえる。
「うるさいなぁ、じゃあまたこんなことが起こってもいいの?王様があのおじさんと話したいって言ってんだから聞いてあげなよ」
「しかし、ユアン・マーチスは陛下を殺そうとして…」
「言っとくけど、君たちが陛下を守ろうとしたってあいつには敵わないよ。それに、陛下はあいつと同じくらい強いんだから…守らなくても平気」
好きにさせたら?僕は責任取らないけど。口を尖らせながら魔導師はぶつくさと愚痴をこぼしていく。ユージンはそんなレイトンと騎士の話を茫然としながら聞き流す。ふと背後を振り返ると、騎士に怒鳴られているユアンがまだこちらを見ていた。
そうか、またここに会いにこればいい…まだ話すことは沢山ある。頭の奥でそんなことを思った。
ユージンの中でまた何かがゆっくりと動き出し、変わり始めていた。
心ここに在らず、そんな様子なのに何度も背後を振り返っているユージンを見て、レイトンは小さく溜息を吐いた。
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