新たな近衛騎士
奇妙な空気の中、定例議会とやらが始まった。全く無関係の俺が会議の内容を聞いても良いのか心底謎だ。よくわからない小難しい話を聞き流しながら視線を下に向ける。じわじわ熱を持ち出した右手を見れば赤く痕がついている。
とんでもない握力で手を握りしめてきた男は涼しげな顔で話しているが、俺は正直気が気じゃない。
先程のユージンの発言と態度を踏まえると、恐らくレイトンとガレスさんとの関係はバレているはずだ。客を選ばなかった俺も悪いが、まさかここまでユージンが怒るなんて思ってもなかった。
いや、俺は悪くない。俺はただ仕事でレイトンとガレスさんと肉体関係を持ってしまっただけなんだから。
この会議が終われば目の前の王様から一体何を言われるのか…キリキリと痛み出した胃を撫でていると視界の端でレイトンが立ち上がるのが見えた。
「ーー前に議題にあがったスラムの結界…魔法円の歪みの件について僕から報告するね。僕たちの予想通りあの結界の歪みで、神子と同じように異世界から此方に来た人がいた」
レイトンの言葉に周りが一瞬どよめいたが、俺はサァァッと血の気が引いていくのを感じた。ユージンを見ても止める気配がなく、俺は無意識にガレスさんに目を向けた。
ガレスさんも戸惑ったような表情を浮かべてレイトンを見つめている。暫くしてこの場にいる誰かがその異世界人は見つかったのか?と声を発した。
「それがさっき紹介があった陛下の側にいる『恩人』だよ。そうだよね?陛下」
一層どよめきが激しくなった。視線が一気に俺へと集まる。皆、疑うような顔で俺を見てヒソヒソと何かを話している。恐らくこいつも神子なのか?とかそんなことを思ってるんだろう。
居心地がさらに悪くなって顔を下に向ける。嫌な動悸が止まらない。
「陛下は神子であるナギサだけではなく、もう1人の異世界人も城に閉じ込めている。そんなことをしていたら女神の恩恵は受けられないと僕は思ってるんだけど」
レイトンは何時もの笑みも浮かべず、冷たい表情でユージンにそう投げかけた。この部屋の温度がグッと下がったような気がするのはきっと気のせいではない。何時の間にか水を打ったように周りも静まり返っている。
「まだコレを皆に紹介する気はないと最初に伝えたはずだ。確かにこの男は異世界人だが、神子ではない…今はこれ以上は言わん」
報告は以上か?そう続けたユージンにレイトンはイラついたように息を吐いて、音を立てながら椅子に腰掛けた。どうやら食い下がる気はないみたいだ。俺もホッと胸を撫で下ろした。早く俺の話題から逸れてほしい。
それでも2人のやりとりのせいでどんどん空気が悪くなっている。早く俺はこの場からいなくなってしまいたかった。
「魔法局からの報告が最後か…では、俺からも一つ報告がある」
ユージンはそう言うと、立ち上がった。まだ何かあるのか、そんな声があちこちから小さく聞こえてきた。そりゃそうだろう、皆んなこんな居心地の悪い空間から逃げ出したいはずだ。
「来月から近衛騎士を復活させることにした」
ユージンの言葉を聞いて声をあげたのは、騎士の服を着た初老の男だった。他の騎士団の男たちは戸惑ったように初老の男に目を向けている。
「ま、待って下さい!私達は何も聞いておりませんが…一度此方に相談していただかないと困ります」
「相談などしてもお前達が頷くはずがないから言わなかった」
「いや…そもそも近衛騎士は陛下が廃止したのですよ。それをいきなり…!近衛騎士制度を復活させるにしても、騎士の選抜も一度話を通していただかないと、此方も対応が…っ」
「近衛騎士はお前達騎士団から選んではいない」
ユージンと話しているのは、恐らく騎士団長なんだろうか。可哀想なほど慌てている。周りの騎士…ガレスさんも含めて皆んなが怪訝な顔でユージンと団長を見ている。
「ユアン・マーチスを俺の近衛騎士として復活させることにした」
「……ユアン・マーチスを、ですか?」
「ユアン・マーチスを、だ。お前はそれを許さないだろう?だから俺が決めた」
団長さんも他の団員達も顔が青ざめている。俺も吃驚して声も出なかった。ユアンはユージンを殺そうとした大罪人なはず…いきなり近衛騎士になんかなれるものなのか。ありえない…そんなこと、
「ユージン陛下、貴方はご自分が何を言っているのか理解していらっしゃるのですか」
低い声が聞こえてきた。声の方を見れば、ガレスさんが青筋を浮かべ此方を見ていた。先程は止めに入った団長さんも今度は俯いて肩を細かく震わせている。
「ああ、わかっている」
「いや…わかっていない。ユアン・マーチスは貴方を殺そうとした、謂わば国賊なのです。それを近衛騎士?ふざけるのも大概にしていただきたい」
「ふざけてなどいない。俺は本気で言ってるんだ、ガレス・アーノルド」
ユージンが何を考えているのか全くわからない。こんなこと騎士団が、いやこの国の人々が許すはずがない。
「本気?…では貴方は私達を愚弄するつもりなのですか?私達はあの男が暴走しないように食い止めてきたのです!陛下を、国民を守るために!」
「…言っておくが、お前は俺よりも、ユアンよりも遥かに力が劣っているんだぞ。俺を殺しかけたユアンを止めたのはお前達ではない。あそこに居るレイトンだ。それなのに俺を守る…?不可能だ。お前だけじゃない、騎士団全員だ。ユアンに勝てる者がこの騎士団にいるのか?」
近衛騎士はユアンが相応しいだろう。そう馬鹿にしたようにユージンは鼻で嗤った。絶句して皆は固まってしまっているが、貴様ァ!と声を張り上げたのはガレスさんだった。
地獄の底から捻り出したような声に俺は思わずビクッと身体を震わせた。そのまま前に出そうになったガレスさんを止めたのはずっと俯いていた団長だった。
「陛下、申し訳ございません。この件について我々騎士団は同意いたしかねます」
「同意なんてなくても決めるのは俺だ」
「わかっております。ですが、また…また後日、話し合いの場を設けていただけないでしょうか」
団長さんは深く頭を下げて、押し殺した声でそう言った。何かを言おうとして、グッと下唇を噛み締めたガレスさんが声を発することはなかった。
「いいだろう…では、今回の定例議会は以上を持って終了する」
解散、その一声で座っていた人達はギクシャクしながら立ち上がり、ゾロゾロと扉へと向かっていった。
騎士団の人達はお通夜のような雰囲気のまま出て行った。
ガレスさんが気掛かりだが、俺が勝手にユージンから離れればもっとややこしくなるだろう。何なんだよ、この会議…うんざりしながら溜め息を吐けば、長身の男が此方に近づいてきた。
「…まだ何か用があるのか、レイトン」
「面倒ごとばかり増やさないでくれるかな、陛下。僕は今まで特に何か干渉するつもりはなかったけど、ハジメをあんな公の場に連れ出してどうするつもりなの」
「どうもこうも…城の中ではハジメを囲っていることは皆知っているだろう。軽く紹介しただけだ。それに、余計なことを言ったのはお前だろう?」
また険悪な雰囲気だ。頭がズキズキと痛みを発し出した。ヒートアップしそうな2人の間に入り、俺は額に手をやりながら声をあげた。
「アンタらが喧嘩するのは構わないけど、俺の目の前でするのはやめてくれ。疲れてるんだよ、こっちは…とにかく、俺は部屋に戻らせてもらうからな。こんなところもう居たくない」
「…悪かった。部屋に戻っていろ、後で飲み物を持って行かせる」
ユージンは俺を抱き寄せそう言った。どうして今俺を抱きしめるのか理解できなくて、グッと厚い胸板を押し返し離れる。レイトンの顔が少し引き攣ったような気がしたが、すぐに申し訳無さそうな顔をして俺に笑いかけてくれた。
「ハジメ、またね」
あと…ごめん。そんな消え入りそうなほど小さな声が聞こえて、俺は返事を返す代わりにポンとその肩を叩いた。
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