悪鬼様、ヤクザと出会う
『どうして流鬼くんはそんなに怒るの?』
ーーーわからない。
『わからないじゃないでしょう?みんなびっくりしてるわよ』
ーーーしらない。
『そんなに怒ったら、鬼さんみたいになっちゃうよ?』
ーーー知らねぇっつってんだろ!!!
たまに蘇る幼稚園の先生の言葉。
あの時から俺はみんなから浮いていた。
いつからか俺はキレやすく、何かあればすぐに怒鳴って癇癪を起こしていた。
小学校の時は毎日喧嘩ばかりして、母親は毎日呼び出されていた。病院に連れて行かれた気がするが、結果は異常なし。何かあったほうが親も楽だっただろうに、何の障害も病気もなかった。
中学に入ると、最初はみんな俺を面白おかしくからかった。それに俺が耐えられる訳がなく、毎回ブチ切れて相手が泣くまで怒鳴りつけ、しまいに殴った。
それを繰り返しているともう俺には誰も触らなくなった。
『金村に話しかけたらキレられる』
ーーーちがう。
『毎日毎日、キレてるぜあいつ』
ーーーちがう!
『見ろよ、あの顔…鬼みてぇ』
ーーー違う!!俺だって好きでキレてんじゃねぇんだよ!
そう思っていても、それは暴言に変わり口から放たれる。
どうやっても、俺は自分の感情が制御できなかった。親はそんな俺に疲れたのか、受験で勧められたのは全寮制の花桐学園だった。
勧められた時は怒りは湧かずに、ただ少しだけ寂しさを感じただけだった。反対する理由もなく、俺は受験した。
高校は中学より俺をイラつかせた。
中学にはあまり居なかった不良が多くいたせいで、俺は毎日のようにキレていた。
相手が誰であろうと、怒りが湧けば自分を止められない。恐怖なんて感じる暇もなく、殺す、殺す、殺す、そんな字で頭が埋め尽くされた。
俺をキチガイだと思うやつ、ビビるやつもいたが、小柄な俺はデカイ身体のやつには負ける。
「ーー離せよ!クソがぁっ!!」
「はいはい、大人しくしようね〜〜流鬼ちゃん」
不良ばかりが入れられるクラス、F組で無理やり押さえつけられた。
ニヤニヤ笑いながら見てくる男達は、最近俺が怒鳴りつけた男ばかりだった。頭の血管が切れそうなくらい俺は頭に血が上っていて、押さえつけられた手に力を入れた。
「流鬼ちゃん調子乗り過ぎだからさ〜、俺らでちょっとお灸を据えてあげないとね?」
「テメェにそんな権利あるのかよ、アァ?!ゴミ以下のクズが!!」
薄汚れた顔面に唾を吐きつけて、俺は笑った。
「ゴチャゴチャ言わずに…いいから早く汚ねぇ腕退けろよゴラァ!」
「…て、めぇ…人が下手に出てやったらつけ上がりやがって…ぶっ殺すぞォ!!」
「やってみろよクズ!!」
上等だ、男は俺の顔面を殴りつけた。
俺は吹っ飛んで床に落ちる。鈍い痛みが左頬を刺激するが、怯む訳もなくすぐ立ち上がり男につかみ掛かった。
そっから、周りの男達が俺の手足を掴んだ。
ーーーぶっ殺す。
口の中が血の味しかしない、瞼が腫れて前もあまり見えない。男達は帰ったのか、俺の荒い呼吸しか聞こえなかった。
「……ぶっ殺す」
そう呟き痛む腕や脚に力を入れる。が、立ち上がれず少し地面から胴体が浮いただけだった。
「ーーお前、すげぇな」
いきなり背後から聞こえた声に、ビクリと身体が反応した。まだ、あいつらの仲間がいたのかよ、沸々また怒りが込み上げる。
「テメェ…っ、ぶっ殺して、やるから、なァ…っ!」
ぼやけてしか見えない靴先に向かって吠える。
男は面白いのか独特の笑い声を上げた。
「ひひっ、お前やっぱすげぇな!」
「…っ、あぁ?!」
俺の身体はいきなり浮遊感に包まれた。
何度か力無い拳で、男の顔を殴りつけたが男は笑うだけ。そうこうしてる内に、俺は疲れたのか意識が途切れた。
ーーーー目を覚ますと、夕焼けで天井が赤く染まっていた。
「お、目覚めたか?」
「…あんた、誰だよ」
いきなり声が横から聞こえて、顔を向ければ黒髪の厳つい男が座っていた。
どうやら保健室にいるのか、俺はベッドで寝ていた。
男はよく見ると整った顔をしていた。厳つさがあるからか、威圧感もある。
「俺は鷺沼 祟、結構有名なんだけどよ…知らねぇか?」
「しらねぇ。たたるとか…不吉な名前だな」
「アァン?俺に似合ってイケてんだろうが」
「ばかじゃねーの」
男はひひっ、と変な笑い声を上げた。
男…鷺沼の笑顔は何故か暖かくて、俺の気持ちはいつになく落ち着いていた。
「で、お前の名前は?」
「…金村 流鬼」
「…るき?何て字書くんだ?」
「流れるに鬼」
「お前もまあまあ物騒な名前だな」
ちょっと笑えば、顔に痛みが走った。
「めちゃくちゃ殴られてんだ、痛いに決まってんだろ」
「…っ!」
走馬灯のように記憶が蘇る。
この男はあの時…、そう思って勢いよく起きようとしたが身体に激痛が走っただけだった。
「あーだから痛いっていったのによ」
「うるせぇ!鷺沼、お前あいつらの仲間かよ…何で助けた」
鷺沼は少し考えるような素振りをして、口を開いた。
「同じクラスだから、仲間って言われたら仲間かもな」
「…っ!」
「いきなりあいつらが流鬼を連れてきて、何だと思ったら喧嘩が始まって…袋にされてるもんだと思ってたらお前はやり返してるし、すげえ面白かった」
鷺沼はすっと目を細めて、俺を見つめた。
「ーー流鬼、あの時何で恐怖を感じなかった?」
「…恐怖」
「普通だったら、ちょっとはビビるぜ?でもお前は一度もビビってなかった、恐怖を感じてなかった」
何でだ?そう聞かれて、俺はギュッと拳を握りしめた。
「…俺は、一回キレると殺すことしか頭に浮かばない」
「へぇ…」
「どんな奴が相手でもキレると関係なくなる、怒りが治るまで恐怖なんて感じないんだよ」
「そりゃすげえな」
鷺沼はまた変な笑い声を上げて笑った。
こいつは俺を変だと思ってないのか、普通に接してきて少し戸惑う。
「…お前、俺が変だと思わねぇの」
「変?どこが?」
「変だろうが!あんなバカみたいにキレて、制御できねぇなんて…っ」
「ーー変じゃねぇよ」
はっきり言われた言葉に、思わず息を詰まらせた。
「誰だってキレたら制御できねぇよ。俺だってキレたら自分じゃどうにもできないし、普通だ普通」
「普通じゃねぇよ…普通に話せねぇんだよ」
「ーー今は?今は普通に俺と話してる」
鷺沼に言われて、俺はハッとした。
怒りなんて感情は湧いてこないし、多少感情が乱れていても”普通”だ。
「流鬼は普通だ、周りがお前を普通扱いしないだけ。だからお前は毎回イライラしてキレてる…違うか?」
「…ふつう」
「好きでブチ切れてるんなら普通じゃねぇけど、俺からしたらお前はただのキレやすい高校生」
なんだ、こいつ。
暖かい気持ちが溢れていく気がした。親も、教師も、みんな異端児扱いしてきた。俺も普通じゃないって、そう思ってきた。
鷺沼は慰めるためだけに、嘘をついてるかもしれない。だけど、だけど…普通って言われただけで、こんなに嬉しい気持ちになれるなんて。
「ひひっ、泣くなよ」
「ないて、ねぇ…っ!きもちわりぃ笑い方すんな…っ」
「気持ち悪くねーだろうが。俺に似合うイケてる笑い声だっつーの」
「…ばっかじゃねーの」
目を擦る俺の手を鷺沼のでかい手が優しく包み込む。
吃驚しながら、ぼやけた視界の向こうを見つめた。
「ーー俺のもんになれよ」
「…何、言って」
「俺のそばにいろよ。そうすれば、お前は今みてぇに笑える」
熱い、熱い手が今度は俺の頬を包んだ。
もう視界はぼやけていない。ただ、漆黒の瞳が俺を至近距離で見つめている。
「な、お前もそう思うだろう…流鬼」
「…笑わせて、くれんのか」
「初対面で笑ってんだ、これからはずっと穏やかに過ごせるようになる」
初対面の、不良の根拠のない信じられない言葉。
でも、俺は自然と頷いていた。
これから先、鷺沼のようなやつは現れない。現れたとしても、普通と言ってくれるのは鷺沼だけでいい気がする。
こんな俺を欲してくれる物好きは、こいつだけでいい、こいつしか要らない。
「ーー信じてやるよ、祟」
変な笑い声が上がって、息が口元にかかる。
ーー唇に感じた熱い感触に、少し体が震えた。
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