「要くん、おかえり。」

扉が開いた音に菊治は部屋に入ってきた要に言った。
要は、ちらりと菊治の方を向いて自分のベットの上に座った。
そんな要に、菊治はいつも通り苦笑をした。

机と向き合っていた菊治は――どうやら数学の勉強をしていたようだ――時計を見上げて立ち上がった。

「要くん、お茶いる?」

菊治は微笑んで言った。要は未だどこかぶすっとした感じだった。
簡易な作りのキッチンの棚へと足を運ぼうとした菊治の腕が後方へ引っ張られた。

バランスを崩しそうになった菊治は何とか尻餅をつくのを逃れ、引っ張った人物の目を見た。――この部屋に菊治以外の人は要しかいないのであたりまえなのだが――要だ。

要がこちらを見上げてくる。菊治は困ったような顔をして、「どうしたの?」と聞いた。

「あのさ」

「うん?」

「要"くん”って呼ぶのやめて」

そう言われた菊治は一瞬固まった。そして考えるような仕草を取り、口を開いた。

「えっと、朝比奈くん?」

「違う!」

思わず要が叫ぶ。ギャグのような展開だ。

「"くん"付け!」

「ええっ?」

菊治が首を傾げる。要は額を抑え、思わずため息をついた。まだ少し濡れている要の髪からポタリと水滴が落ちた。
それを見た菊治から「髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」と声が掛かった。
キッチンへと進めていた足が違う場所に向かう。菊治が使っているスペースへとだ。

「ほら、髪の毛乾かしてあげるよ。」

取り出したものはドライヤーだった。
拍子抜けになった要は、その大きな目をぱちくりとさせてまた、溜息をついた。

「自分で、できるもん。」

「うん、知ってる。いつもしてるでしょ。―でも、何だか今日の要くんやらなさそう。」

「なにそれ。」

くすくすと笑う菊治に、要が横目で見る。
先程のぶすっとした表情は和らいでいる。

「たまには、人にやってもらうのもいいんじゃないの?」

「実は、自分がやりたいだけとか。」

「バレた?要くんの髪質とっても良さそうだし。一度乾かしてみたいなぁって思ったんだ。」

要は近くにあった菊治のベットに腰を下ろした。菊治は、ベットの上に乗りあがり近くのコンセントにドライヤーのプラグを差し込んだ。風力をやや弱めにして自分の手で熱などを確かめると、優しく要の長い髪を手にとった。

「熱かったら言ってね。」

「はいはい。」



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