抜かれてたまるか

「…言いたかないけど、烏野は強敵だ。」


入畑の指示を聞いた後に、及川が1つ前に出て、
皆に発したものが珍しいもので、美月は顔を
上げ、他の仲間達も不思議そうに及川を見た。


『及川さんから、そんな言葉を聞くとは思い
ませんでした。』


「お前が素直に言うなんて珍しいな。」


「前回で身に染みてるからね。油断すれば
食われる、最初からぶっちぎって行こう。」


及川の呼び掛けに周りの士気が高まって行き、
威勢のいい返事とと気合いの入る言葉も聞こえ
て、それを満足そうに見届ける監督達の横で、
美月も気持ちを引き締める。


よーし、それじゃあ今日もと、いつもの様に
及川は手足をほぐし始め、毎度お馴染みの言葉
を掛けようと、仲間の元を振り向いた。


「「「『信じてるぞ、キャプテン。』」」」


岩泉、花巻、松川、美月の4人が、はっきりと
した口調で声を揃え、及川に向かって言い放つ
と、監督達だけではなく、言われた本人も目を
丸くさせていた。


及川からは、少し嬉しそうな表情が見えたが、
どうしても素直に喜べない彼は、「なーんか、
照れるな…」と言いきる前に、言葉を岩泉に遮ら
れ、彼にがっしりと肩を掴まれていた。


「初っ端のお前のサーブを信じてる。
ミスったらラーメン奢りで。」


「俺はチャーシュー大盛りで。」


「俺は餃子追加で。入れるだけサーブも
ダメな!」


『私はデザートの杏仁アイスお願いしちゃお。
徹はきっと入れるから、大丈夫だろうけど。』


それぞれが交互にテンポよく彼に念を押すと、
コートに入り、美月は彼の両肩を叩いて、最後
にそう言い、『いつもどおりいこうね。』と
おまけの言葉を付けて、満足そうに首を傾けて
にっこりと笑顔を向ける。


「だから美月は、そんな可愛い笑顔で追い打ち
をかけないで。」


その間、花巻達が後輩も注文するよう促して、
及川は眉を顰めた笑顔で、それを聞き入れ、
3年生が楽しそうに笑うその表情は、いつもと
変わらぬ彼らの姿だった。


試合開始の笛が鳴り、及川のサーブとわかると、
烏野側の空気は張り詰めたものに変わっていく。


「ナイッサァー!」


「ショウユーウ!!」


「トンコォーツ!!」


「坦々メーン!」


『ミソォー!!』


「決めてほしいの!?ミスしてほしいの!?」


コート内の岩泉、花巻の叫んだ掛け声に続き、
コート外にいる松川と美月も付け足して声を
出し、3年生の容赦ないプレッシャーに及川が
嘆く声を上げた。


「お前もか…」と美月に呆れた声を出す溝口に、
彼女は軽く舌を出して笑い、たまには一緒にと
楽しそうに彼に答えていた。


しかしサーブの合図がなると、ガラッと空気は
一変して、彼の駆け出すフォームはブレること
無く綺麗に安定し、その花巻から聞こえた言葉
に、美月も頷いた。


『大丈夫、だって徹だもんね。』


「残念ながら、お前は決めるに決まっている。」


このままサービスエースを望みたかったが、
このチームも一筋縄ではいかないことを及川も
美月もよく知っている。


一回目で早速澤村が受け止めて、そのまま連続
サーブを狙う為にも、金田一が叩き落とそうと
したが、その先には残念なことにも影山が待ち
構えており、点は簡単に取らせては貰えない。


速攻が無い単調な攻撃を予測すれば、西谷が渡
の様なトスを上げ、東峰からのかなり強烈な
バックアタックを食らってしまい、相変わらず、
予測不可能な彼らの行動に、美月は瞬きをする
ことを忘れてしまいそうになる。


『ちょっと早速、眼精疲労!』


悔しさと驚きとが混ざって、ぐっと目頭を押さ
えて冷静さを保ち、仲間達には『ドンマイ、
次行こう!』と仲間に向けての大きな声援は
絶対に欠かせない。


『花さん、ナイスジャッジ!』


影山の強烈なサーブは花巻が見事に判断をして、
岩泉も負けずに力強いサーブをお返しをして、
長い球を国見が叩き落とそうとすれば、影山
が片手で田中に繋げ、打ち抜かれてしまう。
それは、初めて烏野に追い越された瞬間だった。


『飛雄は相変わらず器用だし、田中君は、
対応力いいし、ずるいって。』


悔しさからも、彼女の口から出てしまうのは
やはり褒め言葉。


両者気を抜けないまま、互いに攻撃を仕掛け
合って、未だに日向達の速攻がいつ来てもいい
ように気を張っていると、予想通り、その時は
訪れて、金田一が阻むが、月島が拾い上げ、
高く上がるボールは自分達のコートに返って
来た。


「及川さん、ナイスフォロー!」


『ハジメ、いけっ!』


渡がアンダーで上げ、岩泉が強く打ち込むが、
ブロックで弾かれ、東峰が受け止めた所で、
嫌な予感は、また訪れる。


「チッ、復活しやがった。」


美月も及川と同じく、苦笑いを浮かべた頃には、
金田一のブロックをすり抜けて、渡の腕にも
ボールが弾いていた頃だった。

影山と日向の速攻は以前よりも進化していて、
どうやら打ち分けが可能なものに変わっており、
厄介さは前よりも一段と増している。


「ウェーイ、ナイスキー。」


「ナイストスです。」


しかし、こちらもいきなりの対応力は負けて
いないので、及川の手に回らないボールを
花巻が綺麗に上げて、国見が上手く攻撃を
仕掛ける。


向こうがその連携に悔しそうにしている顔が
見えて、美月も相手にはちゃんも見えないよう
に、小さくガッツポーズをしていた。


そして、その速攻の様子を観察していた松川が
閃いたのか、圧力を掛けたブロックでコースを
日向に絞らせて、金田一に取らせ、それに踊ら
される心配は無い様で、まだ焦りは自分達から
は見えていない。


『松川さんの冷静な判断力には、本当に
いつも感謝してる。』


このまま安定感のある攻撃で、巻き返しを願い
たいのだが、どうもコースは絞りきれても点は
追い越せず、烏野に点を追い越されたまま、
いまいち掴めずにいた。


「烏野の対応力上がってますね…どうも
あと一歩乗り切れない。」


「ふむ…。」


この現状に、入畑も溝口も少しだけ頭を悩ませ、
美月も2人の言葉に頷くしか出来なかった。


「一応、後頭部気をつけろよ。」


「何でお前は鼻を押さえてんだ?」


『経験上、つい…。』


向こうが22点、こちらが23点を差し掛かった
頃に、岩泉、美月は及川から何かを感じとった
のか、それに備えて構え、美月の行動に、溝口
が不思議そうな顔を見せる。


及川が点を取り返そうと、更に威力を増して
サーブに望んだが、惜しくもラインから外れて
しまい、彼は悔しそうな声を上げる。
しかし、確実に相手を動揺させることには成功
していた。


『徹、今の攻め方は良かったよ!』


岩泉達も責めることはなく、彼にフォローを
入れ、切り替えるように美月も声を出している
所に、入畑が及川のサーブに何かを決意した顔
を見せるので、彼女はそれを察したのか、
慌てた様子で交代の番号に目線を送る。


「恐れている暇はない。勝負に出なくてはね。」


『えっと、その……えっ。』


岩泉がその後に点を取り返し、あと一点取れば、
デュースを迎えるところで、監督の指示から
メンバーチェンジ、その合図に引き攣る顔を
見せる及川に、苦笑いを浮かべる美月。


「ここでデスカ…。」


国見と交代をした京谷がコートに入り、相手が
物珍しく注目をしたまではまだ良い。


『お願いなので、穏便に獲得してください。』


美月の願いは虚しく、嫌な予感の方が的中して
しまって、及川が金田一の為に上げたボールを
容赦無く奪い取って、金田一にぶつかりながら、
相手コートの地面に叩きつける。


しかしそれは、コート内には入っておらず、
残念ながらアウトとなって、1セット目はそこ
で試合終了。


固まる溝口の横で、黙って見つめている入畑の
目は笑っておらず、美月もがっくりと肩を落と
しながら、悲しくノートに書き込むのだった。





top