エンジンをかけろ
大切な場面での失点に、及川はショックで顔を
引き攣らせ、監督達と同様、固まっていた。
試合に出させて貰えていなかった京谷の機嫌は
すこぶる悪い。
そこもちゃんと分かっていたからこそ、彼の
モチベーション下げない為にも、彼らに何と
言葉を掛けるのが正しいか、美月も頭を悩ま
せていると、もう1人の逞しい幼なじみは、
迷うことなく、彼に拳を振り落としていた。
「危ねえだろうが!!!」
「そうそうソレソレ!!まずそれね!!」
「あ、俺は大丈夫なんで…!」
花巻も及川も納得のスタイルで、彼は京谷に
注意をして、金田一は慌てて、自分の無事を
皆に伝える。
「試合出して貰えないから、ストレス溜まって
たんで。」
「それ、理由になってないから!」
『とりあえず、金田一に怪我なくてよかった!』
「牧野さんにも心配をかけて、すみません。」
『謝るの禁止!』
コートチェンジをして、2セット前にドリンク
を渡して回って、念の為に大丈夫だと言って
いた金田一のコンディションをチェックして、
痛みがないことに、一先ず安心をするのだった。
「お前は基本好きにやっていいけど、
足引っ張るなら、引っ込めるからな。」
「・・・・・・。」
「無駄に危ないプレーはすんじゃねぇぞ。」
「ウス。」
「何で岩ちゃんにだけ返事すんだよ!?」
及川の言葉は完全無視をして、岩泉の言葉には
ちゃんと返事をし、そんな不公平な態度に怒る
及川を見て美月は苦笑いを浮かべ、心配をする。
彼が岩泉には忠実な態度を取る理由がわかって
いる彼女は、国見の疑問の声が聞こえていた
のか、それに答える矢巾の言葉を耳にして、
同じく今年の球技大会や昨年の文化祭等を振り
返り、こればっかりはしょうがないと呟いた。
初っ端は互いにサービスミスをしてしまい、
及川もサービスエースを取れなかったことを
悔しがっていたが、確実にポイントはあと少し
で掴めそうな位置にあった。
次のサーブもネットインで崩されても、攻撃は
渡が食い止め、京谷の位置を確認した美月は
及川の狙いが読めて、ニヤリと笑う。
『そうだね、驚かせちゃえ。』
真横からの助走で、京谷の切り込むインナー
スパイクは3枚ブロックの内側に切り込んで
綺麗にかわされたそれは、見ていて痛快。
岩泉の鋭いサーブでチャンスボールを作って、
意識した金田一がぎこちない動きを見せるが、
攻撃は何とか決まっていた。
「やはり慣れない分、ギクシャクしますね。」
「もう少し様子を見よう。」
まだ調整中のその攻撃は、ダイナミックな動き
から、大きな衝突も見えるので、花巻と京谷が
ぶつかった時には、及川も心配した表情を見せ
ていた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫、大丈夫。」
『気をつけて、違和感あったらすぐ言って!』
美月も応急処置の道具が足りるかどうかを心配
して、彼らが大きな怪我を起こさないことだけ
は、しっかりと祈る。
『金田一、ナイスキー!』
そして、京谷を囮にして金田一のブロードが
決まると安堵の息を漏らし、上手く扱う及川
にも賞賛のエールを送るのだった。
「攻撃は、強打が決まんなきゃ気持ち良く
ねぇっす!」
『もー、気持ちいいくらいに素直なんだから。
その気持ち、分かるけどさぁ。』
ただ一つ悩ませるのは、打てば捕まってしまう
攻撃も悩むことなくフルスイング。
溝口の怒鳴り声にもそう言い返して、入畑が
目は笑わず正すところはいずれは正すと不敵な
笑みを見せているので、溝口も美月もそれに
怯える。
何度か捕まってしまうが、及川が粘って彼を
使い、やっと攻撃が決まると、溝口も安心した
顔を見せるので、美月もホッとしましたねと
彼に声を掛けるのだった。
「やっと決まった…。及川よく使いましたね。
俺だったら、他に1回回しちまう。」
「粘り勝つ大胆に!おっかなびっくりしていて
は、京谷は使えないからな。」
『徹じゃないと言いますか、徹だからと
言いますか。彼らしい、使い方ですね。』
2桁に乗った所で及川の合図が見え、わざと
崩したレシーブから、京谷を活かした攻撃を
して、ブロックを惑わせた攻撃に、美月も
釣られて快感を味わう。
『徹の調子が乗ってきたね。』
日向の初めて仕掛けるバックアタックも、及川
が先読みをして、彼女もこの乗っている空気を
楽しんでいた。
あ、今のすっごく綺麗。
思わず見蕩れてしまう程、調子よく上がった
及川のサーブトスを見て、美月の頭には、その
感想が浮かぶ。
見事に入った彼のサービスエースに感動の声を
上げて、次は惜しくもネットをかすめ、田中の
攻撃で2回目は止められてしまったが、彼の
サーブがやっぱり好きだと、彼女は改めて、
思い知らされていた。
『んー、また菅原君かぁー。』
しかしそんな余韻もとある人物がコートに入り
掻き消されてしまう。
このノリを保っていたかった彼女は、彼の登場
に顔を顰めて、腕を組んだ。
彼の狙いは京谷で、わざとレシーブをさせて
彼を出遅らせ、こちらの攻撃を牽制する。
それだけではなく、ツーセッターになること
で攻撃を惑わせ、影山がストレートを綺麗に
叩きつけるので、影山の上手さをよく知るから
こそ、尚更悔しい。
『飛雄は、相変わらず打つのも上手いし!』
こちら側が強制的にタイムアウトで流れを切り、
すぐに話し合いをして、その対策を一緒に
考える。
「で、どうする?」
「…うん、じゃあ外せば?」
「だな。」
満場一致のその意見に、美月もこくりと頷き、
試合が再開されれば、花巻が京谷のカバーを
して、菅原を抑える事が出来た。
『徹ナイスファイト、カバー、カバー!』
その後も京谷に攻撃を集中させ、流れが乗った
所で、向こうにタイムアウトを取られ無理矢理
に流れを切られる。
『ここは、止めさせないよね!』
「もちろん。」
美月の言葉に及川の笑顔が返ってきて、
「おう。」「だな。」と岩泉と花巻も乗っかって
答えて、皆で手を差し伸べた。
「行くぞ!」「オエーイ!」と気合い十分の掛け声
を出して、再び試合に臨めば、そこからまた
すぐに向こうにタイムアウトを取らせたのは、
京谷が完全に乗ってきている証拠。
『にしても、あまりにも早いタイムアウトで
ビックリしてる。どうしよ!』
「ほら美月、ハイタッチハイタッチ!」
「あとそんじゃ、ハグでもしとく?」
あまりにも早すぎるタイムアウトに、矢巾と
国見もタオル運びを手伝い、今のうちに何を
しようか、戸惑う美月からタオルを受け取った
花巻は両手を上げてパチンと彼女と手を弾き、
その次に受け取った松川は両手を広げるので、
つい反射でそのまま行こうとしてしまう。
「ちょっと待て、お前らあやかり過ぎ。」
松川とのちゃっかりしたハグ中に及川が彼女の
ジャージを引っ張ってそれを止め、くるっと
向きを変えた彼女は、ほんの少しだけ背伸びを
して、ポンポンと自分の手に持つ余りのタオル
で、彼の額の汗を吹いていた。
『徹が一番、乗った気分壊さないように
しなきゃだもんね!』
試合の時にしか味わえない、独特な甘やかしの
空気と、向日葵みたいな美月の笑顔に及川は、
久しぶりに射抜かれ、反射でグッと胸を押える。
「くっ、久しぶり過ぎて免疫が!!!」
「お前は本当にアホだな。」
辛辣な岩泉の言葉と共にタイムアウトは終了を
迎え、エンジンのかかっている京谷はわざと
そっとしておいて、彼女は幼なじみの背中を
押してベンチに戻る。
京谷の調子は上がったまま点をもぎとり、残り はあと2点となっていた。