戦う前の一息
鉄壁との真っ向勝負に勝った興奮から、挨拶を
済ませると、美月はすぐに岩泉の元に駆け寄っ
て飛び付き、彼の胸元に顔を埋めていた。
割と試合後には、さらっと片付けを始める彼女
が珍しく、大胆な事にも自ら胸の中に収まって、
シンプルな感想しか出てこないのは感極まって
か、ふるふると震えている。
『ハジメ、すっごく良かった。』
「お、おう…。」
普段だと、その抱擁に恥じらうことは少ない
はずなのに、やはりこれはいつもとは違う感覚
なのか、やけに顔が熱く感じる。
岩泉は反応に困るのか、ポリポリと頭を掻き、
照れ臭さから素っ気ない返事が出て、目線は
逸らしていたが、明らかに岩泉のその態度は
嬉しそうで、それを引き剥がすのは、やはり
及川の役目となっていた。
「はいはい、時間もったいないから行くよ!」
そう言って2人の中に割って入ると、荷物を
纏め置いていた方へ、剥がした後は松川が、
上手く彼女の誘導をする。
それぞれが身体を冷やさないようにジャージを
羽織り、体育館から出ると、次の試合までは
しばしの休憩が入るのだった。
ここ連続で、他校と遭遇する美月の絡まれ易い
体質を警戒して、仲間達は纏まって行動する
作戦か、運がいいことにその間は誰も近寄って
は来なかった。
軽く食事を摂り、花巻に手のマッサージを美月
がしていると、松川はするりと後ろから美月の
結んだ髪を解いて、毛束を少しづつ手に取り
ながら編み上げていた。
「松川さん、器用っすね。」
「んー、美月の友達から教わった。」
『いきなり解かれるから、ビックリした。』
「驚かせてゴメン。美月の髪の毛の触り心地が
いいから、落ち着くんだよね。」
金田一は綺麗に結われていく髪を不思議そうに
見て、それぞれが、集中力を保つ為のケアを
して、次の試合に臨む。
編み上がった髪の感触が癖になるのか、出来上
がった横では、岩泉がそこを撫でるように触れ
ていた。
「不思議なことに、岩泉だとセクハラに見え
ねーんだよなぁ。」
「この、ボコボコなるのが癖になるな。」
『ハジメ、せっかく綺麗にしてくれたのに
ぐしゃぐしゃになっちゃうよー。』
「んじゃ、乱れてもいいように解そうか?」
「まっつん、何か言い方エロい。」
「…じゃあ、俺は?」
『うーん…何か、ゾワゾワってする。』
「あらやだ、感じちゃって。」
「マッキーも、それセクハラだから!2人揃って
美月に変なコト言わないで!」
及川の怒った声は無視をして、せっかくなら
可愛くね、と楽しそうに松川は編み上げた部分
を緩く摘んでいく。
先輩達の自由な発言で、後輩の緊張もそのまま
抜けて、試合前のリラックスタイムはここまで。
「さて、行きますかね。」
荷物を持ち出し、いよいよ宿命の相手と戦う場
へ、向こうよりも一足先に、足を運ばせた。
『よかった、潔子もヒヤヒヤしたね。』
「美月も心配してくれて、ありがとう。」
美月が体育館に戻って、1番最初に確認をした
のは、烏野の主将の調子で、清水と目が合い、
大丈夫なことを示すように、彼女がこくりと
頷いたので、清水の元へ駆け寄った美月は、
まずそれに安心をした。
「大丈夫そう、だな。
遠慮なく、いかせてもらうとするか。」
清水と別れて持ち場に戻ろうとしたところに、
岩泉も彼を気にかけていたのか、美月にそう声
を掛けて、彼女も満足そうに岩泉に笑顔を返す。
労いの言葉を掛けた親友は、そこから互いに
またライバルとなった。
いい試合になるよう、サポートにも気合いを
入れて、アップの補助へ向かおうとすると、
犬猿の仲の2人が目に入り、美月の口からは、
思わず呆れたため息が漏れていた。
自分とはそれぞれ仲はいいのに、1つのボール
を取り合って、睨み合っているこの2人の相性
は、どうしてこうも悪いのか。
「これはこれは、前回俺にこてんぱんに
やられた飛雄ちゃんじゃないですか。」
「今回は勝ちに来ました!」
「お前は前回、完膚なきまでに凹ましたからな!
残すは、ウシワカ野郎ただ一人!!
今回も退いてもらうぜ飛雄!!」
及川はまだ話している最中にパッとボールを
手放して、突然引っ張られていた力が抜けて、
彼は転げ落ちた。
バランスを崩して倒れた後輩を大人気のない
元先輩は、高笑いで挑発をする。
「コイツ、これで高3か…。」
『馬鹿及川、年下に何やってんの!』
呆れた顔でそれを見届ける花巻の横を鼻息荒く
美月が通り過ぎて、影山が変な箇所を打って
いないか心配をして、影山に手を差し伸べた。
『飛雄、大丈夫?怪我してない?』
「すみません。俺は、大丈夫です。」
「何で、そうなんの!?」
「いや、美月の性格上わかんだろ。」
「お前、本当に時々残念だよな。」
及川がショックをうける顔に構うこと無く、
影山は彼女の手を素直に掴んで立ち上がり、
他校のはずなのに、世話焼きな先輩は、彼の
服の埃を優しく払った。
「美月さん、今日何か雰囲気違いますね。」
『チームメイトに編み込みしてもらったの。』
「それ、すごく似合ってますね。」
『ありがとう。』
そろそろ、自分の学校の後輩達の視線が痛いの
で、影山の無事を知れば、美月はそこからすぐ
に軽くお礼を言って、早々と撤退をする。
『飛雄が、褒めて…。』
松川に髪型を変えてもらった事に感謝をする
途中で、美月はハッと我に返る。
影山に、彼女は初めて外見を褒められたのだ。
慣れない褒め言葉にもどかしくなって、言葉を
詰まらせている彼女に、及川は不貞腐れた顔で
「浮気禁止」と吐けば、国見が美月の肩を押し、
あっちに行ってましょうとさりげなく、烏野
サイドから、彼女を遠ざけようとする。
「美月さんの可愛さは、俺の方がもっともっと
知ってますからね?」
『英、わかったからトドメを刺さないで。
恥ずかしくて倒れちゃうから。』
気を取り直してアップを見守っていたら、彼女
は流れ弾を止めるには難しい位置に立たされ、
花巻の乱れてしまったボールが清水の後輩に
当たりそうになっていた。
間に合わないことに美月も焦りを感じていると、
それを見事に止めてくれた清水に彼女は感謝を
する。
『潔子が男前で助かった!』
「さすが、お前の友人だな。」
以前よりも更に輝かしく見えた友人に嬉しく
目を細めていると、両校の主将は審判に呼ばれ、
先攻後攻が1枚のコインで決まると、整列を
して、挨拶をする。
監督、コーチ、マネージャー同士も一礼をし、
選手も互いに握手を交わせば、それぞれが
自分のチームの元に集まる。
彼らとは最後になってしまう試合が、ついに
始まろうとしていた。