冷静に取り返す
新しいものを手に入れると、それに更に磨きを
かけてくる烏野は、本当に厄介だ。
何度この言葉を吐くのだろうと、美月が眉間に
皺を寄せている頃には、前回ピンチサーバーと
して出て失敗をした山口が、今回は見事に
ジャンプフローターサーブを成功させ、周り
からは、歓声が上がっていた。
皆がそれをアウトだと思って見逃せば、それは
ギリギリの所で動き、先が読めないのがこの
サーブの嫌な所。
『本当に成功させて来たんだね。』
前回のインターハイを思い返し、彼の努力を
称えたいが、今は正直素直に喜べない。
レシーブに迷った京谷の腕をかすって、2度目
のサービスエースに、苦笑いを浮かべる。
「マッキーナイス!」
『うん、取れた!さすが!』
次は花巻が冷静に拾って、岩泉が攻撃を仕掛け
るも、山口の体に運良く当たり、影山が器用に
上げて、月島がフェイントをかける。
次のサーブもネットにかかってしまい、渡の手
には届かず、サービスエース。
ここで同点に並んでしまうが、こればかりは
しょうがないかと点数を見つめていると、及川
が皆に呼びかけるように手を叩くのだった。
「ハァイ!!落ち着いて!」
「落ち着いてる。」
「今のは、しょうがないわな。」
「次次。」
「さすがお前ら、しっかりしすぎて主将
悲しい!」
及川が両手を広げて宥める態度を取れば、周り
の反応は、彼が思うよりも冷静で、彼らの掛け
合いに釣られて、美月もふふっと笑い出す。
回転が弱くなった球を岩泉が拾い、花巻が攻撃
を仕掛ければそれは防がれてしまう。
その後の東峰の攻撃を3枚のブロックで弾いた
が、惜しくもアウトになってしまい、悔しく
も先に烏野がマッチポイントを迎えてしまった。
『まだまだ、大丈夫だもんね。』
しかし、自分達はまだここで終わりじゃない。
まだ冷静な気持ちでいれるのは、流れを持って
行かれたと思わないように、「俺が、とるっ!」
と渡が気合い十分で、次のサーブを及川の良い
位置へ上げ、岩泉に攻撃を繋いで、山口の腕を
掠めて、その流れを打ち飛ばした。
『ハジメ、ナイスキー!』
そのサーブをやっと切ってこちらも同点に
並び、東峰がその後奪うと、松川が取り返す。
月島がその後にまた1点奪うと、美月は金田一
の顔が強ばっている事に気が付き、彼女は彼の
心配をしていた。
『余計な事は考えちゃダメだよ。』
すると、岩泉も金田一の動きの固さが気になっ
たのか彼に指摘をして、それに動揺した後輩の
曖昧な返事に「どっちだよ。」と冷静に突っ込み
を入れている。
「余計な事は考えなくていい。どんな時だろう
と重要なのは、目の前の1本だけだ。」
その岩泉の一言で金田一の顔付きは変わり、
美月もそれに安心したのか、優しく微笑み、
頼もしい先輩を見守れば、岩泉とちらっと目が
合ってしまった。
『…カッコイイじゃん、先輩。』
「うるせぇ。」
ニヤリと笑って岩泉にそう声をかけ、それを
口を尖らせて照れ臭そうにに岩泉が返し、その
会話を口パクでしたら、次のサーブの合図が
鳴り、東峰の鋭いサーブは花巻のレシーブを
乱した。
「長い…頼むっ!」
向こうに引導を渡さない為に、片手で無理矢理
及川が上げて、金田一がそれを叩きつけたら、
しっかりと得点となり、同点に追いついた。
『金田一ナイスキー!』
そしてこの次のサーバーを見て、美月はすぐに、
大丈夫だと確信をする。
スパイク並みの力強さで、西谷からサービス
エースを取った及川に、彼女はしっかりと声援
を送った。
『徹、それ最高…!』
助走をつけて次も鋭く打ち込み、澤村が何とか 上げるが、その先にいる金田一が叩き、向こう も負けずに田中が腕に当てる。
影山と東峰で攻撃をしたが、花巻が見事に受け
止めて、こちらのチャンスボールを及川が見事
に操る。
京谷を囮にして、岩泉の強烈なバックアタック。
月島のブロックを破って、地面へと落ちていき、
2セット目はこちらが獲得をした。
「ッシャアアア!!!」
『やったぁぁぁ!!!』
取り戻した喜びから、コートで高く飛ぶ仲間達
と一緒に、溝口と美月もその場から立ち上がり、
すぐにタオルとドリンクを持って、ハイタッチ
をしている仲間も元へ駆け寄れば、彼らはすぐ
に嬉しそうに彼女を迎え入れ、ドリンクを受け
取った。
『花巻凄すぎ、よくぞあの強烈なのを取った!
徹の京谷の使い方も絶妙だったし、ハジメは
良いコースだったし!』
「おう、気合いで足掻いてやったわ。」
「もう、気持ちよかったよね!」
「スカッとしたな。」
美月も花巻達と笑顔でハイタッチを交わして、
東峰のスパイクを受け取った花巻の腕を労わっ
て撫でたり、及川の指先や岩泉の掌をとにかく
褒める。
美月が興奮気味でいつも以上に仲間を褒める姿
が珍しく、及川も楽しそうに笑って、彼女の頭
を撫でていた。
「美月がいつもと違う気がするような、
しないような。」
『ファンの子には申し訳ないけど、周りとの
スキンシップが激しいかな…って自覚はあり
ます。でも、この指先にすら感謝したい。』
「それか!」
『ごめん、嫌なら止める』
「その逆だし。元気が出るばっかりだから、
そのままでこうしてて。」
彼女に撫でられた指を愛しそうに見つめて、
及川は目を細める。
今は彼も調子が乗っているからか、それとも
安心するからなのか。
何となく、いつもと何処か雰囲気が違って見え
た彼に、美月は不思議そうに首を傾げると、
彼はただ、彼女ににこにこと笑顔を向けるだけ
だった。
『…にしても、本当に運命的だよね。』
「ホントホント。どうせなら、及川さんは
可愛い子ちゃんと運命の赤い糸で、結ばれた
かったんだけど。」
意識したら自然と視線が動いてしまった、反対
側のコートにいる相手に顔を向けて、ぽつりと
美月は言葉を零す。
及川も彼女の言葉に同感して、冗談交じりで
そう答えると、何なら目の前にいる…と言葉を
付け足そうとすれば、その言葉は遮られ、
彼女は大真面目に及川に答えていた。
『大丈夫、この先は白鳥沢に繋がってる!』
パッと及川の手を離し、彼の目の前に自分の
小指を立てて差し出して、はっきりと言い切る
美月の瞳は、いつになく真っ直ぐだった。
及川は、ぱちぱちとその言葉に丸い目をして
瞬きをして、我に返り、その言い回しは何と
なく、響きが良くない。
「…て、待って。その言い方だと美月の運命
の人がアイツらみたいじゃん!ダメダメ!」
「じゃあ、その運命は変えてやるよ。」
その糸は断ち切るように、及川は手でハサミを
作って慌ててカット。
すると、珍しくその会話の間には、岩泉が背後
から彼女を奪いに現れて、ゆびきりの様に自分
の小指を絡める。
「それはさすがにズルくない!?」
『仕方ない、もう片方小指あるから大丈夫。』
「美月は、運命を安売りしないで!」
「なーにやってんの?」
『んー、願掛け?』
「俺もわけがわからなくなってきた。」
賑やかな声に松川も寄ってきて、隣で内容は
聞いていた花巻に、仲良しねと小指をわざと
絡められ、「気持ち悪いよ!」と及川の嘆く声。
松川もまたしょうもない事でと及川に呆れた
顔を向けて、美月からは笑い声が出た。
いつも通りのこのメンバーが大好きだ。
彼女は改めて、今、思い知らされている。
まだまだ彼らと共に、自分も闘っていきたい。
「大丈夫だから、お前は楽しめ。」
胸の中にはそんな気持ちが湧いて出て、ぐっと
絡まれた指に力が入ると、岩泉の強い言葉が
返ってきた。
「うん、それじゃあ集合しよっか。」
岩泉の言葉に及川も頷いて、目の前の花巻や
松川も歯を見せて笑い、美月もこくりと皆の
顔を見て頷く。
監督の合図が見え、及川は気持ちを引き締めて
仲間の背中を押して、前に進む。
彼らはフルで行うこの宿命をしっかりと受け
止めて、1歩前へと進んだ。