キミと一緒に

及川達より、バレーを始めた日は早く、でも
生まれ持った体格から彼らが美月を抜くのは
本当に早かった。


何かしらの締めくくりを迎えた日に見る夢は、
決まってそんな2人の背中を追いかける夢で、
記憶の整理をしているのか、及川の背中を1番
遠くに感じてしまう。


手を伸ばす先は届かないままに、意識はゆらり
と現実に引き戻らされていた。
いつもよりも苦しくないのは、その手の先には
温かいぬくもりがあったから。


「大丈夫か?うなされてたぞ。」


『ハジメ…、何でここに。』


うっすらと目を開ければ、自分の顔の横には
自分の手を包んでくれている岩泉の大きな手が
あって、その安心感に自然と顔を寄り添わせた。


『温かい…。』


「おう、今日はいつもより冷えるぞ。」


その自分を見て緩ませた顔を見せる美月の表情
に、胸が不意にドキンと跳ねたが、平常心を
何とか保って、その言葉に冷静に返事をする。


そしてその次に見せた、ジャージ姿では無い
彼を見て、悲しそうな表情をする彼女に「辛気
臭い顔は禁止。」とおまけの言葉をしっかりと
付け加えて。


『というか、何でここにいるの?』


「お前、昨日行きたいって顔してただろ。
んな顔見せられて、ほっとくわけねーだろ。」


どうやら、岩泉は美月に連絡を入れていたの
だが、彼女からは返事がなかなか来ないので、
美月の家まで足を運ばせ、そのまま彼女の母親
に部屋を通されてしまい、彼女が起きるのを
待っていた。


昨夜の美月は、家に帰ってから倒れ込むように
眠ってしまい、まだ掠れた声で、寝ぼけ半分の
まま目を擦る美月に答え、岩泉は腰を上げる。


涙の跡すらない事が逆に心配だったのか、眠る
時くらい心地よくいて欲しいと、魘されている
彼女の隣に腰かけ、手を握ってくれていた。


昨日の様子から決勝に行きたいのは、岩泉には
お見通しだったのか、着替えはこれなのか?と
慣れた手付きでクローゼットの服に手をかけた。


「向こうのが冷えるから、着込んで行けよ。」


『…んー。』


ついつい自分の好みに選びがちで、露出が控え
めのニットとロングスカートを取り出して、
彼はまだ寝ぼけている美月に渡そうとしたら、
振り返った時には着ていた寝巻きを脱ぎ始めて
いて、岩泉の思考は一旦停止する。


「なっ…、ちょっと待て!!!」


寝ぼけている時の彼女はどうもそそっかしく、
キャミソールも一緒に手に掛けて、パステル
ピンクの下着まで見えてしまったか、目のやり
場に困る岩泉の方が、その状況に取り乱す。


「お前はこっちが出ていってから着替えろよ!」


顔を真っ赤にさせて岩泉は怒鳴り、バタンと
勢いよく部屋から出ると、そのままズカズカと
階段を降りれば、頭を冷やす為にも外で彼女の
支度を待つ。


「危ない、美月を襲うかと思った。」と以前、
彼女を迎えに行った及川が目を見開いて吐いた
その一言を思い出し、その時は彼を一発殴って
しまったことをこの時だけは、少し詫びる。
彼もきっと、自分と同じ思いをしたのだろう。


彼女の異性としての認識の低さには納得いかず、
ため息を吐いて空を見上げると、罰が悪そうな
表情で、ひょっこりと玄関に現れた美月の額を
小突く。


「お前はもう少し、恥じらいを持て。」


『何も言い返せません。お詫びにモーニング
奢りなさいと親からお金貰って来ました。』


「それは、なんか…悪いな。」


そして2人はそのまま駅まで向かい、まだ時間
があるので、近くのカフェへと足を運ばせ、
美味しそうにサンドイッチを口にする彼女を
見れば、朝のモヤモヤはどこかに飛んで、
同じくせっかくの朝食を彼女と一緒に楽しむ。


『何だか、デートだね。』


「デートだな。」


悔しい思いがまた混み上がる前に、今のうちは
楽しんでおくかと、彼女の冗談にも肯定の言葉
を返し、微笑む彼女に目を細める。


『徹は、本当に誘わなくて良かったのかな?』


「アイツはラーメン屋の時聞いても同じこと
言ってたからな。ほっとけ。」


移動中に時折美月が及川を心配すれば、ドライ
な岩泉からはそう返事が返ってきて、岩泉の
ムスッとした顔は、本当に面倒臭い時にする顔
だったりもするので、彼女も岩泉の通りにする
ことにした。


会場に到着すれば、予想通りライバル達の試合
を観ようとして人は集まり、ジャージ姿では
無くても、及川と同じく人を惹きつける所が
あるのか、異性からの視線がどうも気になって
いた。


「…美月、今日は離すなよ。」


『うん、わかりました。』


彼はそんな輩達から守ろうと、自分の物だと
見せ付けて、柄にもなく、美月に手を差し出す
と、その手をギュッと強く握り、周りに牽制を
する。


そのまま彼女の手を握り締めたまま、観客席
へと移動して、されるがまま、岩泉に手を引か
れた彼女も驚いた様子を見せるのだった。


『どっちも、頑張れ。』


憧れていた人物、可愛がっていた後輩、共に
励みあった友人を見つけると、美月はしっかり
と頷いて、両者の健闘を祈る。


「ここまで及川と正反対だと、面白えな。」


『ん、悔しさももちろんあるよ。でもやっぱり
目の前の試合は、ちゃんと応援したくなる。』


選手が登場する歓声は、昨日の事に思いながら、
悔しい気持ちが混み上がったのはそこまでで、
それからは2人共黙って試合を見届けて、時折
プレイに対して、冷静に褒めたりもした。


牛島のサーブは、及川のサーブとはまた違った
圧迫感に、岩泉もその手で取りたかったと握り
しめ、美月もまた、彼の袖口を掴んでいた。


『五色君、やっぱりインターハイの時よりも
ストレートに磨きがかかってるね。』


「あー、お前にめっちゃ絡む前髪のヤツか。
…つーか、あのゲス野郎も相変わらず嫌な
付き方すんな。」


『2セット目から恐ろしいくらいにエンジン
かかってきてるね、天童君。
飛雄、負けず嫌いだから読ませないように
頑張ってるけど。』


1セット目は、牛島の見蕩れるほどの攻撃で
白鳥沢が掻っ攫って、2セット目の天童と前衛
にいる影山や日向の様子を見ながら、ブロック
の読みを間違えた天童を見て、分かりやすい
後輩の態度に美月は困った顔で笑う。


烏野はきっとタダで返しては来ないだろう。
それは、2人は痛い程に思い知らされている。
それからも、繰り広げられている攻撃を目で
追って、デュースまで持ち越されると、じわり
じわりと白鳥沢から見える綻びを感じ取って
いくのだった。


それは本当に一瞬の緩みだった。
月島のドシャットが決まり、一旦会場が自体を
呑み込むのに止まり、その後には歓声が沸き
上がる。


美月も状況が読み込めずに、岩泉と互いに
顔を見合わせた。
思い返すのは、最初の練習試合で、その彼が
今は牛島を止めている。


「あの眼鏡、やりやがったな。」


『うん、白布君を狙っていたんだよね。』


その成長に感動する気持ちと、憧れの人物を
止められた悔しさとが入り混ざって、何とも
言葉に表せない複雑な気持ちで彼らを見届ける。


瞬きをする時間がもったいないと思うくらい、
試合に集中していると、岩泉からアイツ…と
言う声が聞こえてきて、彼の存在に気がついた
のは、まもなくファイナルセットを迎える頃
だった。


『あれ、なんであんな所に。』


「仕方ねぇ、行くか。」


ほっとけと言いながら、何だかんだ岩泉も及川
の事が気になっていたいたことがわかると、
美月は面白くなったのか、肩を揺らしながら、
彼の後ろを付いて歩いた。


「何だ、言いたいことあるなら言えよ。」


『ん、そんなハジメが好きだよ。』


「…うるせぇ。」


照れ臭そうに顔を顰める岩泉に、美月は満面の
笑みを向け、大きな体を小さく丸めて観戦を
する分かりやすいもう1つの背中に声を掛ける。


「何だ、及川居たのかよ。」


『ふふっ、来るなら言ってくれればよかった
のに。』


「どっちが勝ってもムカつくから行かねーつっ
てたろ。」


岩泉と美月の呼び声に、背後からでもその声の
持ち主が分かる及川は慌てた様子で、2人に
バレてしまうと彼は開き直っていた。


「どっちかが勝っても、どっちかの負けっ面
は拝めるからね。」


「うんこ野郎だな。」


ひょいっと岩泉は段差を超えて座り、さすがに
スカートでは飛び越えられない美月は、及川が
通り道を作って、二人の間に座らせる。


『こっちも揃ったなら、何よりです。』


似た者同士の素直じゃない彼らに挟まれて、
満足そうな笑顔で、そのまま彼女は再び試合に
目を向けるのだった。


「悠長にイジけてらんないんだよ。」





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