余韻に浸る
白鳥沢と互角の戦いを見せている烏野は、昨日
の自分達の試合の時とはまた違った戦略を見せ
ていて、先程から驚くことしか出来なかった。
途中日向の考えている次の手が読めず、及川も
気持ちが悪いと口にする程に。
ファイナルセットも互いに譲らずデュースが
続き、どの選手も足には限界が見えるだろう、
気力だけで動くその試合は、20点台まで粘りを
見せて、及川達もダイレクトも弾く西谷の姿に、
興奮した表情を見せる程、熱い試合は続く。
牛島のスパイクで切った月島の手の痛みは想像
を絶するだろう、白鳥沢にも体力の限界は来て
いて、少し前には美月が御守りだと牛島に渡した
ゼリーを口にする牛島の姿も見えていた。
最後まで牛島のスパイクに食らいついて、牛島
も最後まで力でねじ伏せる事を一切曲げない。
そして、彼らもまた自分達と同様、互いに全力 でぶつかりあっていた。
「さすがお前の弟子だわ。」
「弟子じゃねーし!!」
その結末に、美月の手は震えていた。
セットポイント3対2。
勝利を掴んだのは烏野で、岩泉が影山の最後の
動きを讃え、及川も嫌そうな顔を見せながらも、
そこは認めざる負えないのか、2人は静かに
席を立った。
『烏野が勝っちゃった。』
春高への切符を掴んで、嬉し涙を流す親友と
先輩からの抱擁に動揺する後輩に祝福をする
気持ちと、憧れていた人物の春高での活躍が
見れない寂しい気持ちとが織り交ざって、複雑
な表情で、呼び掛けてきた岩泉の顔を彼女は
まだ座ったまま、見上げていた。
「ったく、お前は何て顔してんだよ。」
『だって。』
「ほらほら、アイツらのことなんがほっといて
美月も行こ。さー、さっさと帰んべ帰んべ!」
岩泉に手を引かれてその場から立ち上がり、
及川にも急かされると、背中をぐいぐいと押さ
れながら、試合会場を後にする。
帰り道はもう大丈夫だと思っていたのだが、
岩泉はその時も彼女の手を握りしめてくれて
いた。
外に出れば、澄んだ空には紅葉が映えて、先程
の熱気とは違った穏やかな空気に、試合の余韻
に浸っている美月からは思わず深い息が溢れる。
歩いた時の枯葉の踏む音がその乾いた空間に
響いて、岩泉に手を繋がれたまま、彼の隣を
黙々と静かに歩いた。
そしてその長閑な空気に「おい、うんこ野郎。」
と乱暴な呼び名で声を掛けたのは、岩泉だった。
「さっきから、うんこ野郎、うんこ野郎って
うるさい…。」
岩泉と美月よりも1歩先を歩いていた及川は、
その気に入らないあだ名に不貞腐れたまま振り
返り、その文句は完全に彼はスルーをして、
話題は先程の決勝を振り返っていた。
「イジけてる場合じゃなかったな。」
岩泉の言葉を耳にすると、表情を元に戻して
小さく頷き、でも彼の返事ははぐらかした様子
で、なという文字に続く言葉を考え始めると、
「泣き虫エース!」と及川からは返事とは思え
ない言葉が返って、岩泉は顔を顰める。
「あァ?なんだよそれ。」
「ス、だよ岩ちゃんス!」
「だから、何がだよ!」
「だーかーら、しりとりだってば!」
心ここに在らずで歩いている美月の目の前では、
自分たちの気持ちを混ぜたしりとり合戦が繰り
広げられていて、その会話に混ざることはなく、
自分が次にすべき事で彼女の頭の中はいっぱい
になっていた。
自分の戦友は全国の景色をこれから見に行く。
及川に押されて帰ってしまったにしても、清水
や影山に祝福の言葉をちゃんと伝えずに帰って
しまった事には、少し後悔をしていた。
とりあえず、今の自分には何が出来るか。
果たして、今までの培って来たものをこのまま
活かさずに終えてしまっていいのか。
そして、仲間達と同じく、応援していた彼に、
労いの言葉もまだ…。
自分が辛い時には、自分の目の前で気にかけて
くれていたのに。
『しりとり、繋ぐ…、うん繋げなきゃ!
あと、感謝の気持ちも忘れずに。』
男達がああだこうだと勝ち負けを言い争う中、
2人の会話を全く耳に入っていなかったはずの
美月は、とあるワードを耳にすると閃いたのか、
表情はすっきりとしたものに変わっていた。
すると、今の今まで、ずっと静かだった彼女が
突然言葉を発するので、2人はきょとんとした
顔で、彼女を見ていた。
『あ、2人の話の邪魔してごめんね。』
「いや、別にいいけどさ。突然美月が大きい声
を出すからびっくりしたよ。」
「そっとしといた方がいいのかと思っていたが、その顔は、もう大丈夫そうだな。」
考え込んで歩く美月のペースに合わせて、彼ら
は彼女を今はそっとしていた方がいいと思って
いたのか、霧の晴れた彼女のその表情に、及川
も岩泉も安心をした。
美月も逆に、すっきりとした表情を見せている
及川に安心をしたのか、ニカッと歯を見せて
笑っている。
その笑顔に岩泉も優しく目を細め、くしゃりと
彼女の頭を撫でると、彼は次の行き先を切り
出して、及川は岩泉の提案に、また困った笑顔
を見せていた。
「よし、じゃあラーメン行くぞ。」
「結局、ラーメンは決定なわけ?」
『今日冷えるから、温かいものいいね。
ところで、徹のその眼鏡は変装なの?』
「さっきも岩ちゃんに言ったけど、お洒落!
これはれっきとしたファッションだから!
…てかそっちこそ、いつまで2人はその手を
繋いでるの!?」
今頃になって、美月は及川の眼鏡を指摘して、
及川はそんなことよりもその足を一旦止めて、
2人も及川に釣られて、足を止めた。
及川が文句をつけている岩泉と美月のその姿は、
傍から見たら仲良しカップルに見えてしまい、
せっかくスッキリとしていた顔はムスッとした
不機嫌な顔に戻る。
今日の美月の格好が、岩泉の好みの服装なのが
尚更彼は気に入らなかったのだ。そして、自分
好みの姿でもあり、それが可愛く見えてしまう
ことも。
何のことやらと首を傾げる2人を見ると、眉間
の皺はさらに深くなり、及川はスパンとその
繋がれていた手を切り離した。
「何でそういう時に限って、ショートブーツ
履いてちょこちょこ歩くのさ!俺との時は
楽チンな格好の癖に!」
「いいだろ、ざまあみろ。」
「開き直らないでくれる!?」
『徹のメガネ、ちょっとかけさせて〜!』
「ちょっと、人の話を聞きなさい!
…って眼鏡かけても、可愛いとか何なの。」
岩泉は堂々と自慢をして、美月は及川のクレーム
には聞く耳持たずで、マイペースに彼の眼鏡を
外すと楽しそうそれを掛け、今度は美月が2人
よりも1歩先を歩き出した。
「美月のが似合ってんじゃねーか。」
『あれ、このブランドショップの眼鏡って、
結構いい値段しない?徹、お小遣い大丈夫?』
「ウッ、それは言わないで…。」
「阿呆だな。」
美月の疑問には耳が痛いと言った様子で、ぎゅっ
と目を瞑る及川を隣にいる岩泉が、冷たい視線
を送りながら、両手をポケットに突っ込み、
2人は美月を挟んで、3人は賑やかに並んで前進
するのだった。
『そういえば、杏仁アイス食べ忘れてた!』
「アイスは昨日も食べたんじゃないの?」
『ラーメンの後のアイスはまた格別なのですよ。』
「お前、頼むから体を冷やすなよ。」
「岩ちゃんは、またそうやって抜け駆けを!」
「そう言いながら、てめぇもその手は何だ。」
2人同時に彼女に触れる部分が一緒だったのか、
重なり合う、野郎同士の角張った手に、同じ
タイミングで顔を顰め、同じタイミングでまた
睨み合う。
息ピッタリのその動作に美月は笑い出し、喧嘩
を止めようとして、彼らの片腕ずつを腕に組む
姿は、いつもお馴染みのやり取りだった。