最後の仕事

美月は清水に連絡を入れ、かつての影山とは
逆に、因縁の相手となった学校まで、彼女は
1人で向かっていた。


清水の家から近い、烏野の校門で待ち合わせ、
決勝戦の次の日は烏野もは休みになったのか、
清水は私服で走って現れて、校門で息を整える
彼女に、美月は優しく微笑む。


「遅くなってごめん。」


『こちらこそ、お疲れなのに呼び出しちゃって
ごめんね。まずは、春高出場おめでとう。
凄く、いい試合だったね。』


「見に来てくれてたんだよね、ありがとう。」


清水を目の前にして、いつも通りの変わらぬ
様子で会話が出来ていることに安心をすると、
美月は清水に会いたかった理由の本題に戻り、
鞄から3冊のノートを取り出すと、彼女は清水
の前にそれを差し出した。


『お節介かもしれないんだけど、全国に向けて
集めた今までのデータ。あくまで、ウチもまだ
後輩達がいるから、貸すだけになるけど。』


これを私は、潔子に託したくなった。


美月は真っ直ぐな眼差しで、清水にはっきりと
そう言い切った。
そのデータは彼女が3年間、実際に目にしたり、色々なやり方で収集をして纏め上げたノート。


バレーの知識が入っている彼女の強みと強豪に
いたからこそ、集めることが出来たものから
成り立つものもあり、美月にしか取れなかった
情報もそこには入っている。


『だから、私達の分も戦ってきてね。』


彼女の願う言葉にしっかりと頷いた清水の目も
真っ直ぐで、ノートを差し出す美月の手に、自分
の手を彼女は重ねた。


「美月の宝物、大切に使わせてもらう。
繋いでくれて、ありがとう。」


清水がノートを拒まず受け取ってくれた事に
まずはよかったと安堵の息を漏らし、へなへな
っと肩の力が抜けて、膝に手をつく。


すると、美月から受けとったノートを自分の鞄
にしまった清水は両手を大きく広げ、美月も顔
を上げると、互いに労いの気持ちをしっかりと
込めて、そのまま抱擁を交わした。


『皆のサポート頑張れ!』


「美月も本当にお疲れ様。」


ふと、彼女と出会った時のことを考える。
最初は恥ずかしさから、目を合わせることも
出来なかったのに、気がつけば、素直な気持ち
をぶつけ合う仲になっていた。


この出会いには、本当に感謝をしてる。
必死に共に頑張ってきた彼女だからこそ、自分
の出せるものを託したいとも思ってしまった。


美月はじんわりと浮かんできた涙を堪えて、
またスケジュールが合えば会うことを約束し、
手を振ると彼女から背を向け、そのまま美月は
まっすぐ前に進む。


その次に彼女が足を運んだのは、自分の学校の
部室だった。


練習中の後輩から鍵を借りて、誰一人いない
その部屋で、最後の仕事の掃除を始め、ここに
ジャージを持って来ておいてよかったと考え
ながら、隅々まで綺麗にし、その達成感に誇ら
しくなる程だった。


美月のお願い通り、中の荷物は後輩がすぐに
使えるようにと引き払っていたからか、3年生
が使っていた箇所を綺麗に拭き終えると、最後 となる主将のロッカーを拭き、扉をパタンと
閉める。


そして、綺麗になったその部屋に残してあげる
のは、自分が受け持っていた仕事を彼らが混乱
しないようにと、小さなホワイトボードで昨夜
作った、名前の書き換えが出来る手作りの当番
表を壁にかけ、マネージャーとしての全ての
仕事を終えた。


『3年間、お世話になりました。』


夕日と共に作業を終え、その場を立ち去ろうと したのと同時に、任務を全うした彼女の瞳から は、ポタポタと堪えていた涙が溢れ出していた。


駄目だ。1人になると、どうも気が緩むらしい。


部室のドアに手を掛けて、そこから外に出よう
としているのに、彼女の手は上手く力が入らず、
その場にゆっくりと崩れ落ちる。


その大粒の涙はゆっくりと落ちていき、一向に
止まってくれる気配はない。
外から音が漏れて聞こえないように、必死に声
を殺して口元を手で押えると、ドアがゆっくり
と開くので、彼女は慌ててその先を見上げて
しまった。
今の姿は、後輩の誰にも見られたくないのに。


「お前の花粉症、ひでぇな。」


『ハジメ…、何でここにいるのっ…?』


「野生の勘?」


目の前で自分の目線に合わせて、しゃがみ込ん
でいる人物のその姿に、その声に、その言い
回しに、気が張っていた美月の力は、更に緩む。


「おう、よく頑張った。偉い偉い。」


小さくなった美月を岩泉は丸ごと大きく包んで、
彼は子供をあやす様に彼女の頭をポンポンと
叩きながら、彼女の流す涙を受け止める。


強がって上等、でも無理に笑おうとすんな。


美月に向けたその言葉を彼は胸に秘めたまま、
「花粉症だもんな。しんでえよな。」と彼はそれ
を悔し涙だとはわざと認めずに、彼女の気持ち
を尊重させる所は変わらずで、その彼の優しさ から、余計に美月の涙は止まらずにいて、彼の
胸に甘えて彼の服を掴み、顔を埋めた。


「落ち着いたか?」


『うん。』


「とりあえず、水分とっとけ。」


『…ありがとう。』


部室にあったティッシュで岩泉に水分を拭って
もらい、自販機で購入していたのか、ペット
ボトルに入ったスポーツ飲料を差し出され、
それを口にしたら、いつもよりそれが美味しく
感じてしまっていた。


フゥーっと深く息を吐いて自分を落ち着かせ、
目が合う彼は、優しく笑いかけてくれていた。


「後輩達が戻る前に行くとするか。鍵は代わり
に俺が返すからな。」


『もう、私は大丈夫だから。』


「その顔、後輩達に見せらんねーだろ。」


すっかりと真っ赤になってしまった鼻をツンと
突かれ、何も言い返せなかった彼女は、岩泉に
言われるがまま、そのまま校門まで歩き出す。


外が寒くなったことに、安心をする。


冷静さを取り戻し、しっかりと見上げた頃には、涙が
すっかりと乾いていて、校門に辿り着く頃には、
鼻の赤みは寒さのせいにも見えていた。


「美月、寒そう!!!」


そして、その先にはもう1人、彼女をよく知る
及川が待っていて、彼女を見たら急いで自分の
ポケットに入れていた両手を彼女の頬を包む形
で当ててくれた。


『あれ、徹も何でここに?』


「岩ちゃんが忘れ物したって言うから。そんで、
俺は女子に捕まるからここで待っとけって。」


マジで冷え冷えじゃん!とその頬の冷たさに
驚く彼は、涙の水分で冷たくなってしまった
その部分をしっかりと温めてくれていた。


岩泉程の野生の勘を働かせる事は出来ないが、
彼もまた勘は鋭く、彼女の負けず嫌いな性格は
岩泉同様よく知っている。


泣く姿を見られたくなかった彼女に合わせ、
わざと知らない振りをして、楽しそうに笑って
見せて、彼女を安心させることをまず優先。


「…その涙を見せたのは、ウシワカじゃない
なら、いいや。」


『徹、なんか言った?』


「ううん、何でもないよ。」


彼女の耳には届かない小さな声で及川は呟き、
変なの!と言っていつもの自然な笑顔を見せる
その表情に、一先ず、及川はほっとする。


悔し涙は無理に見せなくてもいい、その代わり
俺にはいっぱい笑顔を見せて。


名残惜しそうに温まった美月の頬からは手を
離し、「大丈夫そうだな。」と2人の元に戻って
きた岩泉は、及川と目を合わせ、及川も岩泉の 言葉に首を縦に頷く。
吹っ切れた彼女は、今しばらくは大丈夫そうだ。


「今日もラーメンか?」


「さすがに3日も勘弁して!!!」


『まだ時間あるし、家に帰ってさっと作るか。』


「美月のオムライス食べたい!」


「あ?そこはチャーハンだろ。」


「とりあえず岩ちゃんは、中華から離れよう!」


『スーパーの食材次第かな?』


すっかり元気を取り戻した彼女と並び、この後
の晩御飯のリクエストをお馴染みのじゃんけん
で決めながら、2人は支えるように彼女の背中
にそっと手を添えていた。


「ファミレスとかどう?」


「美月、パフェ半分こするぜ?」


「お前らいつの間に…。」


「まっつんもマッキーもどうしてここに。」


「美月のその日に終える性格を考えて。」


「右に同じく。」


『皆、ありがとね。』




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