ライバルは小学生

部活を引退してからは、受験や文化祭に向けて
補講や準備で忙しくする同級生と別の忙しさが、
及川には待っていた。


その進路を決めて、幼馴染み達も背中を押して
くれて、少しでも体を劣らせたくないので、
体育館が使えない本日も走り込みは続ける。


11月だと言っても寒さは厳しく、今日初めて
初雪を見た。
頬には鋭く刺さる風が掠め、吐く息もあの時の
悔しかった頃よりも白い。


しかし、ずっと走り抜けていくと体は時間と共
に下がっていく外気とは違って、自分の熱は
段々と上昇していく。


「風邪を引く前に、ここは一風呂かな。」


帰宅後に町内を走り終えた及川が、自宅に戻り
そのまま脱衣場に向かおうとすると、甥っ子が
遊びに来ていたのか、大きくなる程そっけない
態度を取ってくる彼に、及川は顔を顰めた。


「何だ、徹。帰ったのかよ。」


「そりゃあ、俺の家だかんね。猛はいい加減
呼び捨てはやめなさい!」


首にタオルを巻いた猛は風呂上がりなのか、
怒る及川を見上げても表情を変えること無く、
彼をそのまま無視して、リビングへと向かう。


「相変わらず、可愛くねえの!」


及川もドライな甥っ子の態度に拗ね、ドカドカ
と足音で不機嫌な音を奏でながら、思い切り
脱衣場のドアを開いた。


『…ん、誰か来ちゃったか?』


思わぬ声と思わぬ姿に及川の動作はフリーズ。
勢い良く開いてしまったドアに戸惑いながら、
美月はとりあえず笑顔で迎えているが、彼女の
姿は何故か下着姿で、服をちょうど着ようと
していて、髪の毛は少しだけ濡れている。


『お、おかえりなさい徹。』


しばらく無言だった彼は、ゆっくりと瞬きを
しながら、ハッと我に返るとまたビターン!と
大きな音を立てて、脱衣場を閉めた。
状況的に、下着を付けてくれていて救われたが、
及川の顔は更に熱を持って、熱くなる。


「何でお前がここにいるんだよ!」


『猛君に入ってるって伝えてってお願いしたん
だけど…。』


「ちょっと猛!大事な事はちゃんと伝えな
さい!」


「美月と風呂入った。」


「遅い!…ってはああぁ!!!?」


及川の叫び声に最終的に彼の母親がうるさいと
怒り出して彼の頭を叩くとまた台所へ戻り、
ちゃんと服を着た美月は、申し訳なさそうに
ひょっこりと顔を覗かせていた。


『ごめん、お母さんに頼まれて及川家に野菜
持っていったら、庭で遊んでた泥んこの猛君と
激突して、もれなくバケツの水被っちゃって。』


「え、嘘大丈夫?風邪引いてない?!」


『すぐ入ったから大丈夫!』


男の子は元気だよねとハプニングを楽しそうに
笑って、しっかりと髪の毛を乾かせてふわふわ
になる髪の毛に加えて、自分のスエットを母は
貸したのか、長めの袖をフリフリと振りながら、
自分の無事を示す彼女は何とも愛くるしい。


「にしても、猛も濡れていたといえど一緒に
入らせるなんて、お母ちゃん…!」


『私は気にならないから、何せ相手は小さい子
だし。』


「俺は、すごく気にする。」


「徹が一緒に入ったら、ハンザイだもんな。」


「猛は黙ってなさい!」


『んー、これが同意だったらまた違うかな?』


「美月もシッ!!!」


事情は分かったので、あまり責めないと決めた
が、生意気な口を聞く甥っ子の頬をむにっと
及川は摘んだ。なんとも羨ましいと本音も少し
混ぜた気持ちで。


美月は呑気に『猛君は、いっぱい言葉を知って
るんだね。』と彼を感心していて、母ちゃんが
言ってた!と余計な言葉を教えた自分の姉を
恨む。


『あ、徹も汗かいたんでしょ?冷えて風邪
引いちゃうから、入ってきなよ!』


服装とポタリと額から流れた汗を見て、美月は
彼が外を走ってきたことに気がついたのか、
彼の背中を押して、脱衣場に入るよう促した。


「美月、遊ぼうぜ!」


『うん、いいよ。』


「猛、呼び捨てじゃなくてお姉ちゃんを付け
なさい!」


以前から、美月に慕っていた猛は早く彼女に
遊んでもらいたいのか、グイグイと美月の手を
引いて、リビングに行こうとするので、及川は
呼び方と一緒に女の子には優しく!と注意する。


『私は全然大丈夫だから、徹はゆっくり入って
来てね。』


優しく微笑む美月は猛の態度も気にしてない
のか、手を振って彼に引かれるがまま付いて
いき、及川は心配しながらそれを見届けた。


「て、ほらね。こうなりますよね。」


及川が風呂から上がってくれば、すっかり彼女
にべったりな我が甥っ子は、美月を背もたれに
して今話題の携帯ゲームをしていて、美月も
凄いね、器用ねと、猛が鼻を高くさせる言葉で
褒めながら、優しくそれを眺めていた。


小学生の特権をフル活用している彼を及川は
大人気なく横目で睨みながら、彼女とは逆に猛
のプレイを鼻で笑ったりしてみる。


「お主もまだまだのようですな。」


「あ?徹はバレーばっかでやったことねー
じゃん!」


「マッキーとまっつんが部室でやってるやつ
見てたから分かるし!」


「マッキーとまっつんって、誰だよ!」


『また、そうやってムキになって。』


やれるものならやってみろ!にやってやるし!
と小学生と高校生が売り言葉に買い言葉を交わ
して、交代でプレイを始め出して、思っていた
よりもプレイに手こずるのか、及川は難しそう
な表情に変わっていく。


「え、なんっ…、ちょっ、これ、ムズい!」


「徹は口ばっかりで、全然ダメじゃん!」


「よし猛、庭に出ろ。バレーで勝負だ。」


『湯冷めするからダメに決まってるでしょ。』


そこからは、猛も学校の宿題をするよう言われ、
及川と美月は猛を挟んで、2人で一緒に彼の
宿題を見てあげることにした。


意外と内容は昔と変わっていなくて安心し、
その問題集を目にしたら、どこか懐かしい気分
になり、時折思い出話を振り返って笑い合う。


「美月は真面目にやってたのに、俺と岩ちゃん
が横から落書きして怒らせたコトあったなぁ。」


『そうそう!それと2人は練習が優先だって
よく逃げ出して、後で泣きついて来たり。』


「俺達飲み込み早いのに、中々やらなくて。」


『ハジメはマシになったけど、徹は今も変わら
ないですけどね。』


猛が首を傾げれば、美月は自分から閃くように
上手く誘導をして、彼の鉛筆が進むと彼女は
嬉しそうに微笑んでいる。


何故かその時の仕草を自分の可愛くのない後輩
と過ごしている時はこうなのだろうかと重ねて
しまい、及川からはため息が出るのだった。
決して思い出したい相手では無い、今は特に。


『どうしたの、徹。』


「アイツ思い出して、ヤな気分になった。」


『アイツ…?』


「よし、終わった。これでたくさん遊べるぜ!」


『うん、よく頑張ったね。偉い偉い。』


不思議そうな美月に何でもないよとにっこり
笑顔を向けると、ちょうど猛もノルマを達成し、
喜びから両手を上げた。


その間に及川は立ち上がって、麦茶を取りに
行けば、自分の母親に声をかけられ、いつもの
パターンにコクリと首を縦に頷く。


「美月、お母ちゃんが宿題のお礼に晩御飯も
食べて帰れって。」


『やった、嬉しい。』


「泊まりに来た猛も喜ぶから、美月もついでに
泊まれって。」


引退をして唯一嬉しいと思えるのは、こうして
彼女との時間を気にしなくて良くなったこと。
間もなく、岩泉も来そうな予感はするが、今は
嬉しそうにしている彼女に彼は笑顔を向ける事
にした。


「じゃあ、俺は美月と寝る!」


ただ、今日はまだ小さな争いは続きそうだ。


「猛、せめて美月ちゃんだからね?」





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