あなたを隣に
「美月、スピード早くない?あと量多くない?」
猛に美月も勉強があるからと、及川が言い聞か
せていたというよりも、自分が彼女を取られた
くない為に、小学生に最もらしい理由をつけて
阻止をして、自室に逃げると、彼女が岩泉に
持ってきて貰ったその量に、驚かされていた。
岩泉が来てからは、少し苦手な箇所があるのか、
岩泉に相談してみたりなどして、及川は蚊帳の
外…は悔しいので、自分も一緒になって考えて
みたりする。
しかし、記憶力が試されるものに移行をしたら
ただ彼女に驚くしかなくて、未だに慣れない
その多すぎる量に、及川の口からは何度口に
したのだろう、素直な感想しか出てこなかった。
「そんなにしたら、脳味噌爆発するって!」
『いや、しないってば。』
「お前と一緒にすんな…てもうこんな時間か。」
及川の心配する発言に美月は楽しそうに笑って、
岩泉はアホかと呆れた顔を見せ、しばらくは、
いつもと同じく3人で過ごしていたが、この後
岩泉には用があるらしく、美月が及川の家に
このまま泊まると聞くと、眉を顰めた。
「及川、わかってんだろうな。」
「何もしない、何もしない!」
クソ川と普段の悪口混ざりの呼び名ではない事
で、余計に岩泉の迫力は増すのか、必死に手を
振って彼女に手を出さないことを誓う。
先程、猛に彼女の下着姿を見た事を岩泉に暴露
されてしまったが為に、岩泉はギラリとした
眼差しで及川に睨みを効かせていて、彼女には
聞こえない声の大きさで、2人は会話をした。
ちなみに岩泉は既に、及川に1発は制裁済み。
「美月、じゃあまた明日。」
『うん、ハジメおやすみなさい。』
美月は集中していたのか、一瞬だけ岩泉に笑顔で
手を振るとまた視線はノートに戻って、しばらく
化学の参考書と睨めっこをしたら、キリがいい
所でその手を止めた。
いつもより早い時間に切り上げた彼女に及川は
少し驚いて、もういいの?と尋ねたが、気持ち
は正直嬉しく弾ませる。
『うん、やっぱりここにくるとつい寛ぎたく
なっちゃうんだよねー。』
美月はパタンと参考書を閉じて、そのまま両手
を広げて畳にゴロンと転がり、自宅よりも安心
感があるのでは?と笑っていた。
『ここに来たってことは、体を休めなさいって
ことかなぁ。』
「そういうことにしとこ。」
そそくさと、及川は張り切って彼女の見ていた
参考書を片付け、ここからはまったりタイムだ
と嬉しそうに、映画でも見ようかねと美月から
借りっぱなしだったDVDを床に広げる。
『あ!これ無いって思ったら、徹に貸しっぱ
なしだったんだね?』
「ごめんごめん、なかなか見る暇無くてさ。」
『徹も、色々頑張ってたもんね。花巻もこれ
見たがってたから、次は花巻に貸さなきゃ。
これ見ようよ。』
「へー、マッキーが?…意外。」
『花巻も結構映画も見るんだって。恋愛もの
で泣いてたとこ、ちょっぴり可愛かったよ。』
及川のパソコンで見ようとして取り出しボタン
を押し、チームメイトの思わぬエピソードを
聞いて驚いた及川は、2人でラブストーリーを
見た事は知らなくて、そして知りたくなくて、
チクリと嫉妬で胸を痛める。
そして、そこに恋愛感情は無い事もわかっては
いても、花巻と美月の並ぶ姿も想像したくなく
て、今は自分だけの時間だと言い聞かせる様に
自分の腕の中に引き寄せた。
『徹、寒い?』
「ちょっと。」
本当は、寂しくなっただけと心の中で吐いたり
してみて、1枚の大きめのブランケットを一緒に
掛けてくれる彼女で、そのチクリと傷んだ自分
の寂しさを温もりで埋めてみる。
『徹、字幕派だったよね?』
「うん、美月もだよね。
こんだけ聞いてるのに、慣れないなあ。」
『会話だと違うもんね。やっぱり実際に会話
するのとだと、違うよ。』
互いに遠くに離れ離れで生活することが、未だ
に想像つかない2人は、時折この後の会話をして
みたりもするが、その話題はどうも、長続きは
しないようだった。
『この人、かっこいいよね。』
「美月がそんなこと言うなんて、珍しい。」
『この後のセリフが、素敵なんだよね。』
この映画は彼女は大好きなのだろう。
時折、彼女は隣でうっとりとした目でそう溢し、
その台詞を吐いたら、君はときめいてくれるの
かな?なんて、及川は横目でやましい気持ちを
考えてみたりする。
密着したこの距離で画面を真剣に見つめている
彼女には、難しそうな提案だと勝手に結論付け
て、そうだねと彼女に普通の返事をただ返して
いた。
洋画の独特のスキンシップの激しさに気まずさ
を感じながら、寒いからと自分から言ったもの
の、温かさが逃げないようにと寄り添う形で、ピッタリと密着してくれている美月。
彼女を隣にこのまま欲望通りにキス出来たらと
願う及川の脳裏には、先程の凄い形相の岩泉も
ちらついて、及川は理性と戦っていると、途中
から映画の内容がポロポロと抜け落ちていった
のだった。
シリアスなシーンで、自分の腕に抱きついて
くるのは狡い、なんて考えたりもして。
絶対質量増したよね、こんなに気持ちいいっけ?
まずい、まずい、まずい。余計な事は考えるな。
「これは、マシュマロだ。」
『…マシュマロ?』
「何でもない、聞かなかったことにして。」
ふと感じてしまったその柔らかさに、自分が
夕方に見てしまった眩しすぎた美月の姿を不意
に思い出して、自分の太腿を思い切り摘んで、
そのまま押し倒しそうになる気を無理矢理に
でも及川は鎮める。
「そろそろ、寝よっか。」
『そうだね、明日も早く起きなきゃだし。』
「美月も明日良かったら一緒に走る?」
『いいの?』
「身体、動かしたかったんでしょ?」
エンドロールが流れたら、何度見てもよかった
と美月は目頭を押さえ、クライマックスの余韻
に浸る。
そして及川が時間を確認して、せっかく泊まり
に来たのならと、2人の時にしか出来ないお誘い
をしてみたりした。
デートよりも嬉しそうに目を輝かせている美月に
及川は目を細めて、どんな女の子よりもやっぱり
彼女のその表情が1番だと思いながら満足する
と、布団を敷こうとして彼は立ち上がった。
「俺も、美月と久しぶりに走りたかったから
嬉しいや。」
『ペース、追いつけるかな?』
「さすがにそこは、合わせるよ。」
たまに一緒に走ろうねと彼女に提案出来るのは、
きっと、自分だけの特権なのだろう。
小さな優越感を味わいながら、彼女と過ごす
残りの時間も堪能すると、何とか紳士な姿は
今宵も全う出来たようだ。
自分の欲に完全勝利したことを自分で褒めて、
翌朝ランニングスタイルの美月を待っていたら
岩泉も登場し、自分の甥っ子や他のチームメイト
だけでは済まないことを及川は思い出し、深い
溜息をまた吐き出した。
「何なの、その甘えよって顔。わかってるよ!
腹立つな〜。」
「手を出さなかったのは、信じてやるよ。」
「俺、めちゃめちゃ紳士だし!寝起きの岩ちゃん
より、断然マシだし!!!」