互いに焦る、羨む
誰も勝たせない岩泉の腕相撲の強さが今年も
話題になって、今年こそ彼に勝とうとしていた 京谷や花巻もやはり適わず、悔しそうに京谷は 席を外し、花巻も自分の仕事の時間が迫って、
しぶしぶその場から席を外した。
「美月もそろそろ校内回りたいよね。」
「及川、美月の代わりに勝利のご褒美になって
くんない?」
「待って、俺クラス違う…。」
「岩泉ももう少ししたら交代だし。」
「じゃあ、コイツでもうひと稼ぎするか。」
「岩ちゃん、少しは遠慮して!」
『じゃあ、宣伝がてらプラカードは持って
回るべき?』
「ん、俺が持つから貸して。俺はもう当番
終わってるし。」
ある程度来客が落ち着いたところで、そんな
話し合いが始まると、そのタイミングを狙って
いた松川と美月は一緒に校内を回る話となり、
彼が彼女の代わりに、渡されたそれを預かって
いた。
「んじゃ、松川は美月の事宜しくね。」
「ん、任された。」
「俺もまっつんのポジションが良かった。」
『徹の食べたいもの、買ってくるから。』
「美月と回りたかったのに。」
「安心しろ、後で回らせてやるし漏れなく俺も
付いてくる。」
「何なら、俺も。」
すっかり及川がお留守番の空気になってしまい、
それを申し訳ないと思ってしまった美月がそう
声を掛けたら、彼の両隣に岩泉と松川が彼の肩
に手をかけながらそう答え、2人きりじゃない
じゃん!と彼は不貞腐れた口調で叫んだ。
すると、何処からその情報を聞きつけたのか、
及川目当てに来た他校の女子や、後輩達が教室
から顔を覗かせて、黄色い声が聞こえて来ると、
つい彼もいつものスイッチが切り替わって、
作った爽やかな笑顔を向けて、女子たちに笑い
かけていた。
「美月、行こう。」
しまった。と岩泉が一つだけ、後悔をするが
時は既に遅し。
「松川と二人きりになるじゃねぇか。」
「岩ちゃん、気がつくの遅いって!!!」
その隙を狙って、松川はさっと彼女の腰元に手
を添えて、及川が女子達に意識が向いている間
に、教室から出て行った。
『大丈夫かなぁ、徹達。』
「及川は何だかんだノリノリになると思うから、
大丈夫だろ。岩泉もいるんだし。」
松川に押されて、勢いで教室からは出てきて
しまったが、美月は及川達の事が心配なのか、
教室を気にし手振り返ろうとしたら、松川に
そう言われ、あなたもしっかり楽しみなさいと
言葉は更に付け足される。
「後輩達も久しく顔みてないだろ?矢巾とか
泣いて喜ぶぞ?」
『あ、それはちょっと会いたいかも。』
そして、彼女が弱い最後のひと押し。
可愛い後輩達の名前を聞けば、彼女もその向き
は教室から会いたいと思ってしまう別の教室へ
矛先は変わり、松川も上手くいったことに口角
を上げながら、また彼女の背中を優しく押して
エスコートするのだった。
「え、ちょ、待ってください。美月さんその
格好、めっちゃ可愛いんですけど。」
たこ焼きを容器に入れようとしていた矢巾が、
不意打ちのその姿に驚いて、鼻の下を伸ばして
ポトリと1つたこ焼きを落としそうになるが、
すぐに自分で器用にキャッチをし、何とか商品
の落下を防ぐことは出来た。
「ね、可愛いでしょ。ウチのお姫様。」
「…可愛い姫は認めますけど。」
美月の隣で誇らしげに肩を組む松川を見ると、
彼も妬く所はあるのか、苦笑いで可愛いという
部分だけ肯定をして、矢巾は、美月にその格好
の理由を聞いた。
『よかった、一応、形だけはプリンセス。
おとぎ話のキャラクターがコンセプトのカフェ
してるから、良かったら矢巾も遊びに来てね?』
矢巾ならお姫様抱っこしてあげれそう!と何故
かイキイキしながら彼女はそう言い出し、矢巾
も美月さんがする側?と頭に疑問が浮かんで
いたが、体育祭でおんぶをされた苦い思い出が
ある彼は、彼女らしいサービスに納得。
「そもそも、岩泉さんにまず勝てないですよ。」
美月にたこ焼きを手渡しながら彼はそう答え、
松川もそれには女子以外は、皆全滅。とニヤリ
と口角を上げて、肯定をした。
「1個おまけです。」
「矢巾、サンキュ。」
『矢巾のサービスに免じて、冬休みはまた
手伝いにちょっとだけ顔だそうかな。』
「マジっすか!?来てください!!!
美月さんのありがたみを今思い知ってます。」
「俺らの事は?」
美月の発言に矢巾が目を輝かせれば、松川は
ちょっとだけ意地悪を言って、慌てる彼を見て、
彼女はもう!と松川を注意して、ほんわかと
したその空気に、3人が声を出して笑い出す。
「美月、ソース気をつけろよ?」
『うん、ありがとう松川。』
「いや、こっちがありがとだし。」
そこで矢巾と別れ、看板を持つ松川にたこ焼き
を食べさせようとする美月を松川が自然に片手
を出して、そのやり取りを矢巾は羨みながら、
この2人も及川達とは違った雰囲気で、不覚にも
お似合いだと思っている自分がいた。
「やっぱり、先輩達には敵わないな。」
自然と出てしまうため息、でもこの音が聞こえ
てきたら、目の前の彼女はきっと悲しそうな顔
を見せるだろう。
それだけは絶対に避けねばと飲み込んで、再び
彼女視線を向ければ、2人の間を邪魔する形で、
自分の後輩は登場していた。
「アイツ、本当に遠慮が無いな。」
矢巾がそう零しながら呆れた顔を向け、突然、
美月を見つけて声を掛けた国見は、彼女の格好
を寒そうに思ったのか、室内のはずなのに、
自分の首に巻いたマフラーを彼女の首に巻いて、
鎖骨を隠した。
「美月さん、風邪引きます。」
『ありがとう、って英は室内なのにマフラー
してたの?』
「さっきは外いたんスよ。で、コイツ寒がり
なんで。」
そして、彼と一緒に行動していた金田一も2人に
挨拶をしながら国見の説明を補足して、美月は
自分と真逆の格好の彼に笑いながら、優しさに
は感謝をし、お礼を言いながら目を細める。
「美月さんは、松川先輩と宣伝ですか?」
『うん。英は1年生だから回るだけだよね?
後で、2人で遊びに来てね。』
学年が違うとなかなか会えなくて、彼らとは
会話もゆっくり出来ていなかった為、嬉しさが
美月の中でたくさん込み上がる。
久しぶりに後輩を目にしたら、やはり話題は
部活の話と変わり、職員室で入畑と交した会話
を思い出し、美月に今年から始まった、1年生
強化合宿に招集された事を応援した。
『先生から、聞いたよ。12月の合宿、2人とも
頑張ってね。』
久しぶりに聞いた、自分を励ましてくれるその
言葉は、国見も金田一も居心地良く、こくりと
彼女の期待に応えることを誓って、頷く。
いつか、きっと、その隣は自分が。
あの時から、そう決意した国見はまっすぐ美月
を捉えていて、彼のその視線から彼の様子を
感じ取った松川は、そろそろ行くかとあくまで
自分の可愛い後輩でもあるので、波風は立てず、
その場から彼女を連れて、立ち去った。
「アイツに、柄にもなく焦らされたわ。」
『アイツ…?』
「何でもない。」
紳士的な行動を取って、マフラーを彼女に自ら
差し出したのが、何よりの証拠。
他の奴には見せたくないといった態度が、松川
から見ればわかり易かった。
不思議そうに松川に尋ねる美月を見て、そう
はぐらかす彼は彼女を連れて、花巻のクラスへ
足早に、彼女の手を引いて歩き出す。
「及川さん達ならまだ納得いくけど、あの人は
さすがにビックリした。」
そして、国見もまた仲良く歩く2人を見るのが
辛く、でも先輩に適わないと思ってしまう今
は、マフラーで自分が見られたくない部分を
隠すのが、彼の中での精一杯の抵抗。
それぞれが思いを秘めながら、このイベントは
もう少し続く模様だ。