二人きりの憧れ
「お前ら、遅え。」
美月が来るのを彼は待ち侘びていたのだろう。
ちゃっかり、美月との文化祭デートを楽しんで
いた松川を不服そうに花巻は、指摘していた。
「悪い、先に矢巾のとこ行ってたわ。」
「で、何、たこ焼き買ったわけ?」
お詫びにと松川が言えば、隣の美月と目を合わ
せて、花巻に向けて彼女がたこ焼きをあーんと
差し出せば、彼は美月に近寄って、すぐに機嫌
を取り戻し、彼は鼻歌を口ずさみながら、自分
がトッピングしたクレープを彼女に手渡す。
「んで、もれなく俺と関節キス。」
「松川クン、今それ言う?」
「美月の買ったものだと期待しただろ。」
「…期待した。」
『わー、美味しそう。』
ひとつも嬉しくないコメントに、げんなりした
顔を見せる花巻を見て、楽しそうに松川は笑い、
花巻のクラスメイトは、哀れみの目を向けて
いた。
アイスの2個乗せサービスに、美月の目尻は幸せ
から垂れ下がっていて、2人の会話は耳に入ら
ず、彼女に釣られて2人も会話を中断して、口元
がつい緩みそうになる。
「はい、ここからは俺達に譲ってね。」
『もう、ハジメ!まだ食べてないのに。』
「あ?ボサッとしてる方が悪い。腹減った。」
これから、彼女から幸せをお裾分けされている
気分で、穏やかな空気を堪能しているところ、
美月の手を取って、ニッコリ満面の笑みを見せ
る及川に、勝手に美月の為に作ったクレープを
齧り出す岩泉と、平和な空気は間もなく終了。
「お前らのが、一緒にいる時間長いだろ。」
「たまには、こっちに譲れや。」
「俺達にとっても最後だからやだね!」
「みんなで回ればいいだろ。」
『わー、目立つなこのメンバー…。客引きには
アリなんだろうけど。』
そんな会話を繰り広げながら、花巻と松川の
要望に聞く耳持たずの及川は、このタイミング
だと見込んでいたのか、まだクレープを食べて
いる美月を彼は俵抱きにして、そのまま教室を
飛び出して、走り去る。
「あ、てめぇ!」
『ちょっと徹、危ない!』
「くそ、アイツの腕力忘れてたわ!」
「で、こういう時無駄に逃げ足早いんだよな。」
岩泉達が呼び止める声も無視をして、そのまま
誰もいない屋上まで駆け上がり、花巻達はああ
なった彼を止められないのを分かっているのか、
冷静に分析するだけで、追いかけるのは直ぐに
諦めていた。
彼に突然抱えられてしまった美月は、及川に
憧れている女子達がショックを受けないか心配
をしていて、思いの外、抱えていても脚力の
凄さで見つからなかったのか、気付かれなかっ
たことが分かると、及川に下ろされた後で、肩
で息をする及川に、美月は座る?と声を掛けた。
「あ、待って美月寒いでしょ。これ使いな?」
『ありがとう…って、徹も寒いんじゃ?』
「俺、今全力で走ったから暑い!!!」
『もう、何やってるの。』
でも、大丈夫。と笑いかけながら、国見から
借りたマフラーが割と大判を半分にしていて、
彼女の華奢な肩は国見のもので、十分すっぽり
と埋まってしまっていた。
「マフラーなんて、いつの間に。」
『英が、寒いからって貸してくれたの。』
「…ふーん。」
彼のもので包まれる事に少し不満を感じながら、
何となく、貸した意図が読める及川は生返事を
して、油断も隙もないなと考えながら、先に
ペタンと座り込んだ美月の後ろかららすっぽり
と包む形で、彼女と座ろうとする。
『…で、何でそこに座ろうとするの?』
「こうしてた方があったかいじゃん!いいから、
美月は残りのクレープ食べちゃいなさい。」
アイスで体が冷えるでしょ!と上手い言い訳を
付けながら、正直、独り占めを堪能したいのと
同時に、先日甥っ子とベタベタしていた時の
妬いた気持ちもここでしっかり埋め合わせる。
『確かに、ここで食べるのちょうどいい。』
「うんうん、しっかり食いなさい。」
『徹も食べる?』
「…いいの?」
誰もここには来ないよと言えば、その言葉に
気持ちが緩んだのか、つい家と同じ感覚で彼女
も及川とやり取りをして、のんびりまったり、
大好きなものを口にする。
そして、美味しいものは一緒にと背後にいる
幼なじみも差し出して、彼も遠慮なくと顔を
前に寄せたら、彼女の鎖骨と服の隙間からの
谷間と思わぬベストショットが視線に入り、
つい、疚しい気持ちが押し寄せてきた。
「…美味しい、2度も美味しいなんて。」
『ね!アイスもクレープの生地のモチモチ加減
も最高だよねー。』
ガブリと口にした後に、及川が目の保養で感想
を述べる一方で、美月は味の感想をと、2人
の会話はすれ違いが生じているが、会話自体は
噛み合っている。
「あー、美月。この距離はやっぱりヤバいって。」
彼女のお腹の前に手を回していたのは自分。
この距離だと、その中に手を突っ込むなんて、
簡単だ。よく見たら、なんて格好をしてるんだ
と今更ながらに指摘して、我慢する。
今日のイベントの空気からか、浮き足立つ気分
は自分を変えている気がして、美月の肩に顔を
埋めて自分の煩悩と闘っていると、その助け舟
を出すかのように、ゴチンと及川の頭頂部には
厳しい一撃が振り下ろされていた。
「てめえ、危ねえだろうが!美月が怪我したら
どうする!!?」
「ぐべぇ!!!?」
『え、今の何!?』
及川と美月の二人きりの滞在時間は僅か10分。
諦めずに嗅ぎつけた岩泉が、すぐに2人の元へ
駆けつけてみれば、彼女のお腹の下にある及川
の手が己と戦って妙な動きをしていた事に気が
いて、彼は頭に血管を浮かべて、及川目掛け、
しっかりと制裁を落とす。
「岩ちゃん、叩く時はもう少し優しく…。」
「ああ?」
「いや、俺が悪いです!!!」
美月は2人の状況が呑み込めずぽかんとして
いて、彼が拳を振り上げた理由をちゃんと理解
している及川は、何も言い返せないまま、彼女
から距離を取らされ正座をし、岩泉の説教に耳
を傾ける。
「おー、やってるやってる。」
「ほらほら、岩泉に差し入れ持ってきたから
とりあえず、食うべ?」
そして、その次にまた屋上の扉は開き、ちらり
と顔を覗かせた花巻と松川は、ニヤニヤと笑い
ながら、片手に唐揚げや焼きそば、そして餃子
とガッツリ系を持ってきて、不機嫌な彼を2人は
宥める。
『あれ、花巻当番終わり?』
「花巻のクラスのやつが恨めしそうにするコイツ
見兼ねて、交代してくれたんだよ。」
「結局、岩泉も俺も美月と回れてねえけどな。」
『私だけと一緒なんかより、こっちの方が
絶対に楽しいと思うけど?』
不思議そうに彼女はそう言いながら、パチンと
彼らが貰っていた割り箸を割って、未だに説教
中の岩泉を呼んで、彼の口元へ餃子を運ぶ。
『はい、ハジメ。お腹すいたのわかったから
これ食べて。』
「………うめぇ。」
「何も要求しなくても、ここで美月から食べさ
せて貰えるのは、岩泉だけだからな?」
「岩ちゃんの贅沢者め。」
ニッと笑顔を向ける美月から岩泉は照れ臭そう
に視線を逸らし、そんな彼にブーイングを向け
る及川は、また八つ当たりも兼ねて、一撃を
食らっていた。
そんな彼らをいつも通りだなと花巻と松川は
流して自分達もと腰をかけ、美月も岩泉に1つ
食べさせたら満足をして、小さな宴会状態と
なったこの場に腰を掛ける。
「何だかんだ、このメンバーかよ。」
「俺達も成長しねえよな?」
『私は、このメンバー好きだよ?』
結局、最後の締め括りが変わらぬ面子である事
に、野郎達は顔を顰め、美月は嬉しそうに
にこにこと笑顔を見せる。
「まぁ、いいじゃん。美月が楽しそうだし。」
『私だけじゃなくて、徹もじゃん。』
素直じゃない幼馴染みを指摘すれば、及川は
照れ臭そうにドカッと彼女の隣に腰を掛ける。
そして互いにニヤリと笑って、残りの学生最後
になるイベントを彼らはしっかりと楽しんだ。
『そういえば、徹のクラスは何やってんの?』
「…美月のクラスと同じタイプで種類の違う
喫茶店的な。」
「そういえば、もう1つカフェしてるクラスある
と思ったら、及川のクラスか。 確か、メイド
喫茶だったよな?」
「お前、あと少しで当番つってなかったか?」
「さっき通りがかりに見たやつ、男子もメイド服
だったような。」
「「「『この後、皆で行くか。』」」」
「ちょっとダメ、お願いだから皆絶対に
来ないで!!!」