憧れだった人と

『あー、もう。よりによって、こういう日に
限って!』


乾燥が悩ましい季節、いつもよりも芸術的な前髪
に美月は嘆きながら、霧吹とコテで朝から勝負。
今日だけは、みっともない姿を見せてなるもの
かと鏡に向かって意気込んで、いつもより更に
念入りに、支度を始めていた。


服はどうしよう、こっちは気合い入り過ぎか?
こっちは、カジュアル過ぎるかもしれない。


洋服を決める際もまた選択は慎重で、こんな時
に頼れる幼馴染みに相談をしたかったが、本日
のお出かけが彼らに知られてしまったら、2人の
機嫌が損なわれるのは、美月の中では想定済み。


『よく知ってるようでも、彼の事をわかって
ないんだよな。』


プレイスタイルなら何度も何度も目に焼き付け
て、その人物が載る雑誌も必ずと言っていい程
購入して、目に通していた。


センスないって思われたら、どうしよう。
そんな不安を抱きながらも、待ち合わせをした
彼と会ってしまえば、優しく自分を見て微笑む
彼に安心をして、緊張はゆるりと解けていく。


「その姿は、新鮮だな。」


『若利君、それはこっちの台詞だよ。』


まさか、彼とお出かけする日が来るなんて。


二人共に引退を迎え、それでも忙しい日々の中
でも、前よりもスケジュールが合いやすくなる
美月と彼から仙台で行われるVリーグの試合の
観戦を誘われ、初めてのデートに会話をする事
となった。


駅で待ち合わせをすれば、慣れない姿に牛島は
目を泳がせて、普段試合で会う時とはまた違う
彼を面白いと思い、美月も吹き出した。


「すまない、こういうのはどうも慣れなくて。」


『若利君が、徹みたいに慣れっ子なのも逆に
心配になっちゃうよ。』


そこからは世間話をしながらバスに揺られて、
自分達にとっての最後の試合となった会場で
ある、仙台市体育館まで赴いた。


『本当に、私なんかで良かったの?チケットは
なかなか取れなかっただろうし、若利君の友達
も来たかったんじゃ。』


「いや、俺は美月とここに来たかった。」


見上げた先に書かれた立花レッドファルコンズ
VSシュヴァイデンアドラーズという大きな看板
を見上げ、美月が遠慮気味にそう尋ねたら、牛島
は表情を変えることなく、彼らしい淡々とした
口調で彼女に答える。


自分を選んでくれたことに美月も嬉しさを感じ
ながら、彼にお礼を言って、賑やかな屋台が
並ぶ、お祭り状態の会場に入って行った。


『私、実はテレビでしか見た事なくて。』


「そうなのか?」


『昔、私達が小学校の頃にも日本代表が来た
試合あったでしょ?その日私熱出しちゃって、
私だけお留守番だったんだよね。』


開始時間になると、選手が格好良く登場し、
そこには及川に新しい道を開いてくれた監督の
姿もあって、自然と彼に一礼をする美月を牛島
は不思議そうに目を向ける。


そして、アップ中の会話は懐かし話へと発展し、
そうか。と返事をする牛島の隣から見下ろした
そこは、自分もよく知るコートで、観客席側の
景色もよく知っているにも関わらず、そう話して
みたこの世界は、いつもとは全く違って見えて
いた。


「じゃあ、これからはいっぱい見て欲しい。」


『若利君…?』


「来年から、俺はあそこに降り立つ。」


はっきりとした口調で言い切った牛島の眼差し
の先には、彼がこれから所属するチームが映り、
だから自分をと納得した美月はそっかと動揺と
ともに、興奮が混ざり、ぎゅっと自分の膝元を
握っているその手は震えていた。


『それじゃあ、まだあの言葉は伝えたらダメ
だね。』


「あの言葉…?」


『うん、まだ言いたくないから内緒。』


牛島のバレーがまだ終わらないことはわかって
いても、あの決勝戦を終えた時、彼女は憧れの
存在でいた事に感謝の言葉を告げようと決めて
いた。


でもそれは、これからまだ見て欲しいと言って
くれている彼に、失礼に値するとわかったので、
まだ心の奥に秘めておこう。


『それにしても、皆視野が広過ぎるよ。』


見る世界の基準が違う彼らに、美月は困った顔
で笑って見せて、隣に今いる牛島やいつも傍に
いる幼馴染み、そして自分の可愛がっている
後輩もきっとそうなるだろう、と考えてしまう
と、彼女の胸の中は妙に寂しくなってしまった。


『皆、カッコイイから悔しい。』


「美月も十分、魅力的だが?」


どんどん先を進む彼らに悔しくなって、美月が
クシャりと笑いながらそう言うと、恥ずかしい
言葉を顔色変えずにさらりと吐く牛島に、彼女
はもうと頬を染めながら、口を尖らせた。


そして、目の前で行われている白熱した試合に
牛島が参戦すると考えただけで、胸は高鳴る。


『私も、受験頑張るから。』


「美月は、進路は決まってるのか?」


『一応、東京の大学は志望予定。』


「じゃあ、遠くは無いんだな。」


『まだ決まってないよ?』


「美月ならきっと、大丈夫だ。」


試合の熱の余韻に浸りながら、士気を高めて
帰り道に駅でそう零すと、牛島も彼女の将来を
尋ねて、根拠のない自信はどこからと美月は彼に
笑いかける。


「そうだ、俺も御返しをしようと思っていた。」


『お返し?』


すると、唐突に思い出したと牛島は美月の手を
引いて、駅の近くのショッピングモールまで、
歩き始めた。


『え、ちょっと待って。若利君!!?』


そこは、12月に入ってすぐなのに、すっかり
ツリーやリースやリボンで飾られた装飾に、
しっとりとした、クリスマスソング。


周りはカップルも多く、浮いた風には見えては
いないのだが、慣れない雰囲気に美月の耳は
かあっと熱くなっていった。


「美月にはこれが、一番似合いそうだな。」


そして、彼もまた慣れないはずのその店は天童
からアドバイスを貰っていたのだろうか。
アクセサリーが並べてある雑貨屋で、彼は迷う
素振りも見せずに選び、そのまま購入し始める
ので、美月の方が戸惑い始める。


『え、若利君。どうしちゃったの、急に…。』


「プリンのお返しも、あの時の御守りのお返しも
出来ていなくて、ずっと気になっていた。
だから、これくらいはさせて欲しい。」


早めのクリスマスプレゼントになりそうだが、
と少し緊張した口調になるのが、いつもの牛島
と違って見えて、美月もついその緊張に釣られ
てしまい、それじゃあお言葉に甘えてとお礼を
言う声は、震えてしまった。


『すごく、可愛い。』


しかし、自分好みのそれを手に取ったら嬉しく
なって、目を細めて、彼が選んだネックレスを
見つめていると、気に入ってくれた事に牛島も
安心したのか、彼の表情もまた柔らかくなった。


「美月に付けてもいいか?」


『え、いいの?じゃあ…お願いします。』


彼女が髪の毛を分けて付けやすくしようとすれ
ば、じっと止まる彼の視線が余計に顔を熱く
させる。


『若利君、さすがにそこまで見られたら
恥ずかしいかな。』


「悪い、つい見入ってしまった。」


牛島の手を擽ったいと感じながら、キラリと
光るそのアクセサリーを改めて素敵だと思い、
はにかんで牛島にどうかな?と聞けば、彼は
満足そうに、こちらを見つめていた。


「予想通り、美月に似合っているな。」


『本当にありがとう、大切にします。』


ぎゅっと自分の贈ったプレゼントを大切そうに
握り締めて、そんな姿を目の前にしたら、彼女
とは将来そういう関係をと牛島も望んでしまう。


自分の思いもそのまま素直に告げそうになれば、
2人きりの満たされた時間はここで終わりを
迎え、よく知っている顔ぶれを牛島は真顔で
見つめた。


「…うぐっ、牛島さんと美月さんはいつから
そういう関係に!?」


「あー、くそっ、お前は空気も読まずに。
すみません、止めたんですけど遅くて。」


「本当にすみません、すみません!!!」


『五色君、どうしちゃったの?!大丈夫?』


合宿の準備に買い出しに駅まで来ていた五色が、
牛島と美月の姿を見かけた瞬間に尾行を始め、
勝手に失恋をしてしまったと涙ぐみ、同じく
スポーツショップに用があった白布や川西も、
五色と彼らに遭遇をして、止めに入ろうとした
のだがと必死に頭を下げようとする。


『五色君、これで涙拭いてね。』


「俺の事も工って呼んでください!!!」


『ええっと…、工君落ち付いてね。』


「「牧野さん、甘やかさないでください。」」


とりあえず、鞄にあるハンカチとティッシュで
五色の涙や鼻水を取ってあげれば、白布と川西
は声を揃えて彼女を止める。


そして、最後に牛島が五色の耳元で「悪いが、
彼女だけは譲れない。」と彼にしか聞こえない
声で囁くと五色の表情を読み取った白布と川西
も目を見開いて驚き、互いに顔を見合わせた。





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