噂のカノジョ
バチリと、火花が散りそうな視線を送り合うの
は、これで3回目となった。
「ウチの美月さんがお世話になってます。」
「俺の美月さんがお世話になってます。」
互いに今は適わぬ先輩がいると思い知らされた
事は棚に上げて、招集した彼らが集合した後に
呼ばれていないはずの日向の登場に、指導する
監督達が不在になった今、目が合ってしまった
彼等はそう挨拶を交わし、金田一は彼女の事に
なると負けず嫌いの姿勢を見せる国見を呆れた
顔で見た。
自分にも優しく接してくれていて、慕っている
先輩を俺の物だと言った五色はもちろん気に入ら
ないが、ここからは一緒に接する時間は長い為、
どうか今は穏便にと願ってしまう。
「美月さん、私服可愛いよな。」
「文化祭の時も可愛い仮装してたよ。」
金田一がなんの張合いだよと心の中でツッコミ
を入れていると、国見と五色は、互いに自分の
知らない彼女を知っている相手が気に食わない
のか、自分が耳にしたワードに黙り込む。
「その人って、二口さんがカノジョって言ってた
人の事だよなぁ。」
「「はぁ?誰情報だよ???」」
2人の会話が聞こえてきた黄金川は、青城といえ
ばと、自分の先輩が春高予選の1回戦で言い出し
た紹介を思い出したのか、振り返った時の内容
を素直に口に出してしまった。
五色と国見は揃ってありえないと言いたそうに
黄金川を凄い形相で睨み、その視線に怯んだ
黄金川は、ビクッと肩を跳ねさせ、金田一は
お前ら止めろ!とまともに制止する。
「美月さんが、あの性格悪そうなそっちの主将
と付き合う訳が無いじゃん。それは、その人の
嘘に決まってるだろ。…て、うちの先輩のお陰
でなかなか時間なんて取れないし。」
「二口って人が、どんな人かは覚えてねえけど、
国見だっけ?お前も人の事言えねえだろ。
美月さんは牛島さんを越える、俺と結ばれる
予定だからな。…て、この前見ちゃったけど。」
「そ、そうなのか…?それはすまなかった。
手を振り合ってたから、てっきり本当なのかと。」
「美月さんは、優しい人だから誰にでも対応
してあげているだけだから。」
「牧野さん、可愛らしい人だろ?色んな学校の
ヤツらに言い寄られて、大変なんだよ。
アイツも必死なだけで、悪気は無えから。」
2人に凄んで言われてしまい、2人をムキにさせ
るつもりは無かった黄金川は素直に謝り、完全
に彼はとばっちりだと思った金田一は、国見の
代わりにフォローを入れる。
『はっ…クシュン!!!』
「おいおい、大丈夫かよ。」
『ん、大丈夫。なんかいきなり鼻がムズムズ
しただけで。』
「誰か、お前の噂でもしてんのか?」
彼女の話題から、日向の話題へと合宿参加中の
後輩の話題が逸れた頃、矢巾のラブコール通り
に体育館へ久しぶりに顔を出していた美月は口元
を押えていて、一緒に来ていた花巻と松川と岩泉
も心配をして、岩泉はこれ着てろと制服の彼女に
自分の持ってきていたジャージを1枚掛けた。
彼らはディグ練習をしていて、期待の1年生2人
が不在で、未だに慣れない連携をサポートして
あげようと、手は貸しすぎない程度に見守って、
時折彼女は仕事が楽になるアドバイスを送って
あげていた。
風邪の引き始めではないことを美月が伝えると、
花巻は揶揄った口調でそう言い出す。
『噂される様な事なんて、一切無いと思うけど。
徹じゃあるまいし。』
「もう少しやったら、冷える前に帰るか?」
『じゃあ、逆に身体を温めたい!』
「ん、ほら、ここ空いてるぞ?」
『もう、花巻はそういう意味じゃないってば。』
松川も美月を気にかけてそう言い出すと、彼女
の言葉を聞いて、花巻が両手を広げ、彼女を自分
の体温で温めようと、両手をニヤニヤしながら
広げた。
「やっぱ、先輩達は相変わらず元気そうっスね。」
『うーん、大人気ない先輩達でごめんね。』
「そこは美月が謝るんだ。」
変わらないセクハラ気味のやり取りを見せている
花巻達を見て、矢巾が呆れている声を上げれば、
困った顔で答える美月を松川が指摘した。
『せっかくなら、私はここ最近あんましスキン
シップが取れてない矢巾に行っちゃうなー。』
「えっ!!?」
『ふふっ、拗ねちゃう後輩達がいない間に先輩
には甘えちゃいなさい。なかなか、及川さんの
後だと大変でしょ?』
「美月さんに抱きつくのは、さすがにハードル
が高いですって。」
美月は揶揄っている風に見えるが、本当に矢巾
を甘やかそうとして両手を広げ、先輩達はかあ
っと顔を赤らめて動揺する矢巾を見て、これも
相変らずだな。と自分達のことは置いて呆れて
いた。
『はい、矢巾おいで。』
「無理ですって!」
『じゃあ、こっちから。』
見兼ねた美月が矢巾に抱きつくと、「ああっ!」
と何度味わっても、その異性の感触に慣れない
彼は嬉しさの混ざる嘆き声を上げながらも、口
はむずむずと緩んでいた。
『矢巾もいつも頑張ってるもんね、偉い偉い。』
「あー、もう泣くじゃないですか!!」
全く躊躇う素振りも無く、矢巾と抱擁を交わした
美月は、日頃の労いの言葉を掛けながら、彼の
後頭部をほんの少しだけ背伸びをして、優しく
撫でるので、久しぶりの甘やかしに、現主将は
目頭が熱くなる。
「久しぶりに見たな、美月の盛大な甘やかし。」
「矢巾達が1年生の頃よくやってたな。」
「1年が驚いてるぞ。」
先輩達は、久しぶりに目にしたその光景が嫉妬
よりも既に懐かしさを感じるのか、冷静に2人を
見届けていて、彼らのから駆けつけた賑やかな
その人物の登場で、昔はお馴染みだった光景を
目にする。
「ちょっと美月、俺だってそんな甘やかせ方
してくれかったのに!矢巾ばっかりずるい!」
「いや、お前は腹立つだけだからアウトだわ。」
「そもそも、女子にチヤホヤされてたんだから
その必要がねえだろ。」
「岩ちゃんもマッキーも昔からモテる俺を羨まし
がってたもんね?ほらほら、嫉妬しないで。」
「「してねーし!!?」」
一気に体育館内が賑やかになれば、またまた彼女
の知らない何処かで、噂をされているのか、もう
1度クシャミがくしゅんと一発出てしまい、彼女
は慌てて矢巾に謝り始める。
「美月さん、大丈夫ですか?俺は大丈夫です
から…。」
『何なんだろ、英は案外ここにいるのわかって
るかもだね。それか本当に体冷えてるなら、
私も参加したら治る気がする。』
「何だそれ。」
「じゃあスパイク練するから、今からトス上げろ。」
「狂犬ちゃん、自由!」
美月がむずむずと鼻をかけば、彼女の発言を耳
に入れた京谷はマイペースに彼女も巻き込もうと
して、完全にスルーを食らってしまった及川は
俺もいるけど!?と既に元主将の威厳は危うい。
「今頃、及川さん達が顔出してそうだよね。」
「それ、すげえ想像付く。」
「こういう日に限って、美月さんいたりして。」
彼女の言葉通り、国見と金田一はその頃そんな
会話をしてみたりして、話題に出したその人に
会いたくなったりしてみる。
「早く終わらないかな、これ。」
きっと、彼女の事だから放課後も補講の合間に
ひょっこり体育館から顔を覗かせるだろう。
その時の嬉しそうにはにかむ美月を思い出せば、
国見は余計に彼女に会いたいと思ってしまった。