差し入れ
将来が決まる試験の日付が近づくにつれ、普段
しっかりとやるべき事はしていても、不安が自然
と募ってしまう、とある放課後。
いつもよりも集中力が切れやすいのがわかって、
補講も無かったこの日は、あえて家には帰らず
に、美月は教室に1人残って、ノートと参考書を
広げていた。
『んー、にしても今日はダメな日かな?』
苦手な数式を克服しようとしても、今日は思う
ようには捗らないのか、どうしてもペンが止ま
ってしまう。
今答えている問題も、なかなか頭に浮かばない
ものに遭遇してしまって、今日は岩泉や松川も
その場にいないからか、相談相手がいなかった。
『これは、明日は先生に質問コースかな?』
ダメダメじゃん!と自分を叱責しながら、ページ
を捲って次へ飛ばし、意識を別の所に向けた所
で、コツンと頭頂部には温もりがじんわりと
伝わってきた。
『…あったかい?』
驚きと共に苛立っていた気持ちが少し和らいで、
美月が見上げたその先には、優しく目を細める
花巻の姿があり、思わぬ人物の登場に、彼女は
目を丸くした。
「頑張ってんねー、美月ちゃん。」
『花巻も残ってるなんて、珍しいね!』
「俺も家だと集中出来そうにないから。」
『理由も一緒だ!』
「ほい、これ差し入れ。」
『え、いいの?花巻のは?』
「俺のも同じく、ここにあるから。」
花巻が自分の分もヒラヒラと見せると、彼女も
差し出されたミルクティーを美月が有難く受け
取って、花巻は彼女前の椅子に跨って座った。
『ありがとう、じゃあお言葉に甘えていただき
ます。』
「おう、飲め飲め。」
口の中にほんのりと甘みが広がったら、気持ち
もほっこり緩んで、幸せのため息が漏れる。
その表情を目にしたら、たまたま彼女に遭遇した
このタイミング嬉しくなって、花巻もつい口元
は緩んでしまっていた。
家だとやる気スイッチはどうもオフになりがち
だからと、花巻も図書室に移動してみたものの、
残念ながら、彼の集中力が増す事は無かった。
寧ろ、彼女と一緒に行った映画の元の小説が
置いてあったりと、誘惑がいっぱいだった為、
早々に切り上げて帰宅しようと決意したその時、
通りがかりの教室で美月の姿を見つけた。
「今頃、何してんだろうな。」
その日は一日顔を見ていない事に気がついて、
その時は、ふと会いたいなと思った瞬間だった。
彼の胸はどんどん高鳴っていく。
ひざ掛けを掛けて、必死に参考書と睨めっこを
する彼女を目にしたら、自然と自分の向かう先
は、自販機で自分も彼女も好きなミルクティー。
『これ、美味しいよね。』
「それ本当に美味いよな、俺も好き。」
そして、ふんわりと柔らかいその笑顔を見れた
彼は大正解だとご満悦で、彼女が頭を悩ませた
その問いに視線を向けた。
「…でも、どうやらその問題の役には立てない
ようで。悪い、数学はパス。」
『うん、今日はどうも私も集中力が持たない
みたい。なかなか、解けないんだよねー。』
「そういう日もあるよな、美月には珍しい光景
にも見えるが。」
問題を読み上げて、美月の書いた途中の式まで
にも目を通すと、花巻にもさっぱりだった模様
で、頬杖を付いて、眉間には皺が寄っていた。
美月も困った顔で笑って、だよねーと同意の声
を上げると、パタンとノートを閉じて花巻から
貰ったミルクティーを再び口にした。
『ん、美味し。あ、ミルクティーのお供にこれ
もいかが?』
「お、いいね。」
ゴクリとそれを一口飲み込むと、彼女は鞄から
思い出した様にチョコレートを出して、花巻に
お返しだと差し出す。
そのパッケージが花巻の好みのもので、彼も
また気が合うなと上機嫌でそれを口にした。
「ん、やっぱこれ美味。」
『ね!美味しいよね、私も好き。』
「今日はとことん気が合う日だな。」
『ふふっ、そうみたいだね。』
久しぶりにその笑顔を独り占め出来たことに、
花巻の心は満たされていく。
やっぱり、間近だとその可愛らしさが際立って
見えて、時々妙に照れ臭くなってみたりもして、
花巻は視線を逸らした。
「…て、ここで菓子食ってるだけだと、目的が
変わってきてんな。」
『はっ、そうだった。私達勉強タイムでした。』
「美月がするんなら、俺もここですっかな?」
『うんうん、花巻もしよしよ!』
美月を目の前にすると、邪念がふつふつと浮かぶ
花巻は、自分の理性を保つ為に吐いた言葉だった
のだが、気がつけばお菓子に夢中になっていた
美月は、どうやら本来の目的を忘れかけ、我に
返って机をパシパシ叩いて、彼に一緒にするよう
に促す。
鞄から花巻も勉強道具を取り出すと、前の席を
借りて引っつけて、そこからしばし30分弱。
沈黙が続けば今日はどうも駄目らしく、2人同時
に集中力が切れてしまって、目がパチリと合って
しまい、それに耐えきれずに吹き出し終了。
「駄目だ、今日は自主勉向いてねーな!」
『ほんとだ、何でだろう。』
声を出して笑い合い、花巻は目が合った彼女が
可愛かったという本音は、胸の中にしまって、
いそいそと勉強道具を手早く片付けた。
「今日はもうどこでやっても同じ結末の繰り返し
だろうから、美月も一緒に帰ろうぜ?」
『そうだね、そうしようか。』
ミルクティーはしっかりと飲みきって、空き缶を捨てようとする前に、美月が2つ手に取って、
ゴミ箱へ走っていった。
「ありがと。」
『とんでもない、こちらこそゴチでした。』
「俺の方こそ、チョコレートゴチでした。」
花巻のお礼の言葉に美月がペコリと頭を下げて、
最後の1個になったチョコレートを花巻にひょい
っと食べさせると、今度は花巻がお辞儀を返し、
美月は楽しそうに笑顔を向ける。
「また体育館にでも、顔出すか?」
『えー、先輩達行き過ぎだと思われないかな。』
「金田一達が今日からまた戻ってくんだろ?」
『そっか、合宿の感想は聞きたいかも!
若利君達と練習試合もしたらしいしね。』
「へー、頑張ってんじゃん。」
牛島の話題を出した時の美月の表情が、何処か
いつもと違う気もして、及川や岩泉程ではない
にしろ、見ていて気分の良いものではない。
見たかったなあ。と花巻の前では素直に吐いて
しまう彼女に少しもやもやを抱いて、つい自分
の元へと抱き寄せてみる。
「美月、その顔俺の前でも禁止。アイツらは一応
俺にとっても因縁の相手なんだからな?」
『…うん、ごめんなさい。』
及川からはうっすらと、話は聞いていた。
だから、自分も釘を刺しておこうと耳元でわざと
囁けば、その距離の近さに恥ずかしがっている
ので、彼女の反応に満足の花巻は、よろしいと
にっこり笑顔を向け、体育館まで歩き出した。
「照れちゃって、かーわいっ。」
『花巻は、すぐそうやって揶揄う!』
どうせなら、放課後デートをもう少し。
ひょっこりと体育館の入口から顔を覗かせて、
国見がずっと会いたかったその姿に胸を弾ませ
て、美月の元へ駆け寄ろうとすれば、もう1つ
彼女の頭の上から、ニヤリと笑う顔が出てくる
と、国見の動きはピタリと止まり、残念そうな
ため息を素直に吐いていた。
『ほら、やっぱり先輩達来すぎだって思われ
てる!』
「いや、そうじゃなくて…。花巻先輩、ちょっと
美月さんと距離が近いかと。」
「おっ、お前も言うようになったね!」