キミと迎える
2人きりになると、薄暗くてもはっきりと彼女の長い睫毛と微かに当たっていた柔らかいあの時
の感触を思い出し、この胸騒ぎのぶつける矛先
が見つからない岩泉は、ゴツンと机に向かって
思い切り頭を押し付けた。
『わあ、いきなりどうしたの?』
「何でもねえ、邪念が…。」
大晦日は様々な誘惑があり過ぎて、1人だと集中
が出来ないからと岩泉の部屋で美月と2人、黙々
と机に伏せていた今宵。
日が出ているうちは何も思わなかったが、家族
と美月と一緒に年越しそばを食べ、再び机に
戻ると、美月の髪をかきあげる仕草が彼の視界
に入り、その瞬間、岩泉は突然あの日の出来事
を思い出す。
いきなり伝わってきた振動に美月は驚いたのか、
体が跳ねて、未だに突っ伏している岩泉の頭頂部
を押していた。
「…何やってんだ?」
『ハジメのやる気スイッチ押してみた。』
「カチリ。」とわざとスイッチの入る音を口真似
して、顎は机につけたまま、岩泉が顔を上げれ
ば美月は笑い、和やかな雰囲気に戻ったことに
感謝をする。
『お腹いっぱいになると、集中力切れちゃう
よね。』
同意の声を上げた美月の表情は、いつもと変わり
なく、岩泉はそれに安心する気持ちと同時に、
少しだけ寂しい気持ちも混ざった。
長年の付き合いから、彼女の性格上、そのまま
でいてくれているのは、もちろん分かっている。
だからこそ、もしもこれが美月にとって初めて
だったら…と考えたら、彼の胸は尚更痛んだ。
『岩泉さんはなんて顔、してるんですか。』
分かりやすく顔に表れてしまっていた岩泉は、
頬杖付いて笑いかける美月に指摘され、反応に
困ったのか、視線を逸らす。
すると、この日は立場が逆転している模様で、
美月の手は岩泉の頬に差し伸べられ、むにっと
摘むと、想像以上に柔らかい彼の頬に目を丸く
した。
『うっそ!?何でハジメの肌って手入れ何も
してないはずなのに、こんなモチモチなの!?』
「痛えな、何すんだよ。」
お餅みたい!と感動の声を上げている美月の手
を握って止め、顔を顰めた岩泉が体勢を起こして
彼女と目を合わせると、顔はやはり熱を持つ。
一度では無くあの日から2人になると続く反応。
そんな他所他所しい態度に、彼女は眉尻を下げ、
岩泉を見つめていた。
『ハジメがあの時の私のせいで落ち込んでいた
としたら、本当にごめん。』
「別に、落ち込んでねえよ。」
『でも、もしかして…その、初めてだったんじゃ
無いかなって。』
「それはお前だって…!」
無かったことにするなんて、出来なかった。
互いに気にかかっていた部分は同じで、美月も
また、明るく振舞っていたが、ぎこちない動き
を見せる岩泉を見ると、自分が大切な人を傷つ
けてしまったいう不安を抱いていた。
それ以上に恥ずかしい場面には出くわしている
はずなのに、スキンシップの距離感は鈍い癖に、
こういう時に敏感なのは似たもの同士。
美月も岩泉も、申し訳無さそうに相手の顔に視線
を向け、頬は段々と赤く染まっていく。
言いたいことははっきりと言い合える仲のはず
なのに、しばらくこんな日が続くのは、2人共
段々と耐え切れなくなっていた。
もういっそ、自分の気持ちを美月に素直に伝え
てしまえば楽になるだろう。
今年の終わりを迎える今、この何とも言えない
空気を引き摺りたくないと思う岩泉からは迷い
が消え、彼の目つきは真剣なものに変わる。
美月の手を握り締めたままだった岩泉の手は緊張
しているのか熱かった。
ゆっくり一息吐いて口を開く、美月も自然とその
瞳に引き寄せられ、彼の目を真っ直ぐ見つめた。
「美月、あのな…「はーい2人共、順調に受験
勉強やってる?優しい及川さんが2人にお夜食を
持ってきたよ。」」
あと10秒…、せめてもう10秒!!!
俺は美月の事が好きだから、大丈夫だ。
岩泉は彼女にそう伝えるはずだったのに、その
ある意味いいタイミングで勢い良く扉は開き、
そこには満面の笑みを向ける及川の姿があった。
及川は2人分のおにぎりを乗せたお盆を持ち、
先程年越しそばを食べたというのに、余りにも
早過ぎる及川からの夜食の提供に、美月はぽかん
と口を開け、岩泉は再び勢い良く机に額をぶつ
けていた。
「ほらほら2人共勉強し過ぎでぼーっとしてん
じゃん?オーバーワークは身体に良くないよ?」
『その言葉を徹に言われる日が来るなんて。』
ほら、岩ちゃんも疲れて伏せてるし!と理由は
そうじゃないのだが、及川はもう2人の勉強の
やり過ぎを止めにやってきたのか、机に並べて
あった参考書をさっさと片し、入れ替える様に
お盆をポンと置くと、岩泉の部屋にあるテレビ
を勝手につけ始める。
すると、大晦日恒例のバラエティ番組を目にする
とつい吹き出して、及川の言われるまま、そこ
から、おにぎりを口にしながら、まったりした
大晦日を過ごす事になった。
そしてCMが流れると、岩泉家とも家族同様の
付き合いのある美月は、自分達のお茶を入れに
席を外し、その間及川と岩泉は2人きり。
「岩ちゃん、させねえから。」
及川は頬杖をついた状態でテレビを見つめたまま
岩泉の名を呼び、彼のそれが何を意味するのか、
分かっていた岩泉は、動揺で肩が揺れる。
「おう。」と岩泉も及川に小さく返事をすれば、
目は笑わない、及川の張り詰めた笑顔。
やはり彼には誤魔化せずにいて、次に「すまん」
と吐けば、及川は「何の謝罪なのさ。」と顔を
歪ませた。
「事故なのは分かってるけど、やっぱムカつく。
あと、美月を不安にさせたことも。」
そして及川は、次にはぶすっとした表情にコロッ
と変わって冷たい目を岩泉に向け、そこまで彼
にはお見通しだったかと、岩泉は頭を掻いた。
岩泉は階段を下りて、お茶を入れる美月の頭を
ポンと叩き、「本当に落ち込んで無えからな。」
と一言、彼女に伝えると、美月は表情が緩み、
岩泉もその反応にホッとしたのか、目を細める。
頭がスッキリすれば、自然とお腹も空いてきて、
先程おにぎりを口にした岩泉は、腹減ったなと
戸棚からお菓子を物色し始め、自分好みのもの
が置かれてなくて、不服そうに美月を見る。
『お茶入れたばっかなのに。』
「美月の入れた茶なら、親が喜んで飲むだろ。
コンビニ行こうぜ?」
『もう、しょうがないな。』
お盆に乗せたお茶は、岩泉家のリビングまで2人
で運んで、岩泉と出掛ける事を伝えれば、及川
を呼ぶ前に彼は、2人の防寒着を抱きしめて廊下
で待っていて、彼のファンが見たら驚くのでは?
と美月が思う程に、酷い不貞腐れ顔をしていた。
『徹にもちゃんと声掛ける予定だったよ?』
「分かってっけど、寂しいじゃん。あ、美月。
及川さん、手袋もはめて欲しいな?」
「そろそろ面倒臭えから、殴っていいか?」
美月が及川を宥めながらマフラーを巻いてあげ、
それに機嫌を取り戻した及川が、調子に乗って
彼女に甘えた態度を取ると、岩泉は握り拳を及川
に見せる。
今年の最後まで2人の変わらないやりとりに、
美月はくすくすと笑いだし、2人もその笑顔に
優しく顔を緩ませる。
『あ、私もアイス食べたくなっちゃった。』
「俺も、甘いものがいい。期間限定の特大プリン
買っちゃおうかな。」
「お前ら…こんなに寒いのに、よくそんな冷てえ
もんの事、考えれるな。」
『暖房効いてるから、へっちゃらですよ。』
「そうそう。」
近くといえど、道中の雪道で転ばないように、
岩泉はさりげなく美月の腰元を支え、及川は
彼女の手を握って歩き、今年の最後まで3人は
変わらない距離感で過ごした。
『ハジメ、そろそろカウントダウンライブ
始まるからチャンネルを変えて貰っていい?』
「何か…あのグループのメンバーよりも及川さん
の方が絶対に格好良くない?」
「お前、今年の最後までうんこ野郎だな。」
『ロメロを越えるカッコイイ人はいないから。』
「お前、それアイドルじゃねえだろうが。」
「(良かった、ウシワカとか言い出さなくて。)」