その画面の先に
美月が寛いだのは元旦のみで、後はとある日に
向けて3日間しっかりと学ぶべき事を頭に詰め
込んで、岩泉と一緒に美月の部屋にあるテレビ
を見ながら、昨日は1回戦を勝ち抜いた可愛い
後輩の登場を待ち侘びる。
『今日は徹も誘ってみたんだけど、走りに行く
から見ないって。』
「だろうな、ほっとけ。」
テーブルにすっかり岩泉専用になってしまって
いるガジラの湯呑みを置きながら、もう1人の
幼馴染みを話題に出せば、岩泉から辛辣な返事
が返ってくる。
今日もよく冷え込んでいるが、向こうはこっち
よりは流石に暖かいのだろうか。
自分が贈った物が影山の役に立てたら良いなと
美月は考えながら、彼女も岩泉の隣に腰掛けた。
美月はもこもこのブランケットを自分と岩泉の
膝に掛け、岩泉から暖を取ろうと身を寄せて、
中継が始まれば、落ち着こうとしてもそわそわ
するので、自分のお茶を啜って一息吐く。
「おい、何でお前が緊張してんだよ。」
『本当だ、何でだろうね。』
岩泉の指摘に美月は笑って、暖かい物を持って
いたはずなのに、なかなか温もってくれない指
を膝上で摩ると、岩泉の片手がその冷えた手に
被せた。
「手が冷てえな!?」
『…珍しい、ハジメは逆にポカポカだ。』
岩泉は体感したその温度に驚いて、美月は突然
の彼の行動に驚いているのだが、今は心地良さ
の方が勝って、目を細める。
「いよいよ、登場のようだな。」
こうして、彼女のその手を握りしめる場はここ
では無く、テレビ画面に映るその場が良かった。
1回戦目は冷静に試合を見届ける事が出来たが、
次の相手が相手なだけに、彼らの姿を画面越しに
目にすると、気持ちは割り切っていたつもりでも
岩泉の中の色々な感情がどうしても込み上がる。
美月と教室で月バリを眺めていたのが、昨日の
ように感じ、彼の握り締める力が強くなると、
今度は美月が岩泉の感情に気が付いて、片手を
すり抜けて岩泉の手に自分の手を重ねた。
「やっぱり、冷てえ。」
『ごめんね、なかなか温もらないみたい。』
岩泉にとっては、逆にその温度が自分を冷静に
させて居心地がいい。
いやこのままでいてくれと岩泉は呟きながら、
テレビ画面を見つめ、彼の手は更に熱を持って
いた。
『わ、宮兄弟そこから行っちゃうの?!』
「おい美月、さすがに引っ付きすぎだろ。」
『何かを掴んでないと落ち着かなくて!』
確かに彼はそのままでいいとは言ったのだが。
試合が始まり烏野が1セット目を勝つと、手の
熱さどころか岩泉は腕全体に熱を持ち始め、隣
で真剣な顔でしがみつく彼女との距離感に恥ず
かしさがあった岩泉は、耐えきれず音を上げる。
しかし試合に夢中な彼女は、時折小さく歓声や
悲鳴を上げながら、岩泉の声は届いておらず、
彼はため息を吐きながら、頬はほんのりと赤く
染め、美月を横目に片腕は動かせずにいた。
『…勝っちゃったね。』
「勝ったな。」
影山の今まで見たことの無い、綺麗なトス。
そして接戦の最後に、宮兄弟の攻撃を影山と日向
が阻んで、ボールはスローモーションで床へと
落ちて見えた。
ゆっくりと美月は瞬きをして、これが夢か現実
かわからないまま、岩泉の顔を見た。
それを優しい幼馴染みは、彼女にそれを現実だと
伝える為に、頬をムギュっと容赦無く摘む。
「おら、現実だよ。分かったか?」
『ひゃい、わかりまひた。』
仏頂面だった彼も本当は驚いていて、再び視線
はテレビに戻ると、やるじゃねえかアイツらと
烏野を賞賛していた。
これが現実だと分かると、美月も興奮で背中が
ゾクゾクっと震え、明日も彼らを応援出来ること
を喜ぶ。
『ハジメ、明日もここで…!』
「あー、何も無かったらな?」
キラキラと目を輝かせて、美月が一緒に歓声する
事をお願いすれば、岩泉はワシワシと頭を掻き
ながら返事をして、一応ここに来る約束をする。
美月は清水に勝ったお祝いのメッセージを送り、
ぐっと天井へ手を伸ばし、今度は別の人物へ連絡
を入れる。
「…はい、どうしたの美月?」
まだ走っている最中かもしれないと考えていた
が、想像よりも早くに彼は電話に出て、美月が
掛けてきた理由を分かっていても、及川は全力
で走っていた足を止め、息を整えて彼女にそう
尋ねた。
『烏野、勝ったよ。』
「ふーん、そうなんだ。ロードワークに夢中で
気にしてなかったよ。教えてくれてありがと。」
美月の表情で、及川が彼女に行った言葉が想像
ついたのか、岩泉は彼女のスマホを手に取ると、
「嘘だな。」と及川に言ってニヤリと笑い、及川
はうるさいなあと岩泉の声に悪態をついていた。
「てか、2人きりってズルくない!?」
「あ?お前が行かねえつったんだろうが。」
『こらこら君達、喧嘩するならスマホは返して
ください。』
「2人共、明日は俺に付き合ってよ。」
及川の顔は見えないが、実力のあるセッター2人
を目にして、負けたくないという彼の気持ちは
電話越しからも伝わった。
「美月、予定変更みてえだわ。」
口喧嘩が始まったのならと美月が手を差し出す
と、岩泉はスピーカーにして及川の声を届け、
彼女にそう言い、美月も2人の言葉に笑って
頷いた。
『仕方ない、スマホから見れるからいっか。』
彼らの試合の最後を見届けたのは、いつも及川
達と足を運ぶ運動公園だった。
寒空の下で、鴎台高校との試合を観戦中に、
突然の実況の発言に、近くのベンチに腰掛けて
見ていた美月は、及川と岩泉も呼ぶ。
『日向君、熱で棄権するって。』
それは、予測不可能な出来事だった。
家で見ていた音駒戦でもそんな素振りは、試合
では全く感じ無かったのに。
「でも、コイツらからは今はそんなの関係ない
って感じだね。ムカつくくらい、今の飛雄は
冷静だ。」
日向不在でも、最後まで粘りを見せていた烏野
は残念ながらデュースに持ち越せぬまま敗退。
彼らのバレーもそこで終わりを遂げた。
『あー、もう。何で私が泣いてんだろう!』
試合が終わるのと同時に、その中継の先に今は
映ってはいない親友を思うと、美月の目には涙
がじんわり浮かぶ。
『こちらこそ、繋いでくれてありがとう。
…それと、潔子もお疲れ様!』
空に顔を上げて、今は届かないその声を彼女に
向けて、及川達は無言で美月にタオルを投げた。
2枚のタオルがバサッと顔に掛かり、それに驚く
彼女は、すぐにふふっと笑い声が出る。
「安心しろ、まだ使ってねえから。」
「何で俺らの試合で泣かなかった癖にこんな所
で泣いちゃってんのさ!」
『ごめん。何だろ…感極まって出ちゃった。』
涙枯らさなきゃ!と被されたタオルを剥いで、
勢い良く立ち上がると、彼らの肩にタオルを
掛けて、美月の表情は笑顔に変わる。
『もう2人共優しいね、ありがと!』
高校生活の最後の冬休みもあと僅かで終わり。
美月は背筋を伸ばして、一歩また踏み出した。