あなたにエールを

『おは…よう?』


大学入試の第一関門となるセンター試験当日、
いよいよ、逃げ出せないその日はやって来た。


試合の時とは違った緊張感に身を引き締めて、
家族からも応援の言葉を掛けられ、覚悟を決め
て玄関の扉を開けると、その先には何故か及川
の姿。


及川はロードワーク予定だったのか、身なりは
制服では無く、ランニングウェア。
彼は走っている途中に美月の部屋からの明かりが
見えて、そのままその足を止め、待っていた。


「途中まで、一緒に行く。」


美月が問いかける前に及川がそう答え、彼女も
それに深く追求しないままに、2人はそのまま
同じ試験を受ける予定の岩泉の家へ向かった。


及川との何気ない会話で、緊張した時の独特な
息苦しさは解れていき、岩泉の家に到着した頃
には、いつも通りに登校する気分に変わる。


「…お前の顔見たら、逆に不安しかねえわ。」


「そんな事言わないでよ。及川さんの顔みたら、リラックス出来て良いでしょ?ほら、美月だって
さっきまで顔が硬かったわけだし。」


パチパチとゆっくり瞬きをして驚いた美月とは
また違った反応で、岩泉は及川の姿を目にする
とあからさまに嫌そうな顔を見せ、眉間には皺 が寄っていた。


そんな岩泉の反応にお構い無しで、及川はいつも
と変わらぬ飄々とした笑顔で、仏頂面の岩泉を
まあまあと宥める。


『確かに、徹と話してたら気持ちが楽になった。
ちょっぴり、徹には感謝かも。』


「止めとけ、褒めたら調子に乗るぞ?」


「酷いな、素直に心配してたんだよ?2人だけ
だと、無言で会場まで行きそうだったし。」


「お前がギャーギャー騒ぐと、頭から単語が抜け
そうになるがな。」


「じゃあ、及川さんが岩ちゃんに英単語を唱えて
あげようか?」


「ヤメロ、気が散るだろうが。」


『ハジメに釣られて、私も抜けちゃうかも。』


及川は、そんな事で2人が学んだ内容が抜けない
事をよく分かっていた。
努力家の負けず嫌い、納得いかなければ自分の
頭が理解出来るまで、とことん突き詰める。


部活も勉強も頑張ってきた姿を近くで見てきた
からこそ、彼らには希望の道に叶って欲しいと、
普段通りの実力が生かせるように願っていた。


それを言葉に出すのは照れ臭くなる彼は、気分
でここに来たふりをして、いつもと変わらず、
2人の調子に安心して、及川は岩泉と賑やかな
会話を続けた。


「無事にここまでは、辿り着いたな。」


「あれ?及川じゃん。お前何やってんの?」


「岩ちゃんが滑って転げ落ちないか心配だから、
一緒に来てみた。」


「お前を今から転がり落として厄除けするから
安心しろ。」


2人の間に挟まって歩いている美月が耳を塞い
でいると、よく知った顔が歩いて近づいてくる
のが見える。


『花巻と松川おはよう、今日は体調大丈夫
そう?』


同じく会場へ向かっている花巻と松川とも駅で
合流をして、本来なら不在のはずの人物がその
場にいるので、彼らも驚いた顔を見せる。


そして、及川も素直じゃない返答をして、岩泉
から制裁を受けていて、相変わらずかよと花巻
と松川は今は突っ込む余裕までは無いと、2人の
やり取りをスルーしていた。


「おはよ、俺はバッチリ寝たから絶好調。」


「俺は変な時間に起きたから、ちょっとだけ頭
に詰めたわ。」


『寝不足とかじゃなければ、良かった。』


美月は、つい彼らのコンディションをチェック
するのが癖になっているからか、顔色を見て、
いつも通りの姿に安心をする。


美月らしい挨拶に松川は目を細め、及川は彼ら
のコンディションよりも彼女の方が気になって
いたのか、すっかりと解れたその頬を掴んで、
彼は物理的に更に解していった。


「もう、美月は人の心配より自分の心配して!
岩ちゃんち着く前までは、表情ガチガチだった
癖に。」


『え、私そんなにぎこちなかった!?』


「美月も緊張してんの?花巻さんのおっぱい揉む?」


「逆にその場でそれを言えるお前がすげえわ。」


「アレだろ。テンションを上げて、とりあえず
緊張を誤魔化せ的な?」


「マッキーってそうゆうとこあるよね?」


「うるせえよ、お前ら分析すんな!」


『花巻のそれ、久しぶりに聞いたね。』


花巻の発言が練習中の懐かしい時間を彷彿させ、
美月だけは楽しそうに笑い、冷静な会話をする
彼らに、花巻が顔を赤くして訴える。


引退しても変わらない、彼ららしい会話でそこ
は和やかな空気だったが、他のクラスメイトに
万が一鉢合わせて、それをいいように見ない
人間もいるので、及川が見送るのはここまで。


自分が決めた道だが、4人がその先に行く事を
何処か寂しく思い、しかしいじけている時間も
無い及川は、彼らに出発するよう促した。


「ほらほら、そろそろ行かないと遅れちゃうよ?」


「そうだな、そろそろ行くか。」


岩泉も腕時計で時間を確認して、自分達が乗る
路線へ視線を向けると、花巻達もさっきまでの
表情とはまた、一変する。


『徹、最後にお願いしてもいい?』


そしてそれは美月も一緒で、彼女はそう言うと
これから向かう方向へ顔を向けて、及川に背中
を差し出していた。


「うん、もちろん。」


安心して、行ってこい。


美月の願い通りに、バシンと彼女の背中を思い
切り叩き押して見送れば、彼女は満足そうな及川
に笑顔を向け、行ってきます!と気合い十分で
答えた。


『徹のお陰で無敵の気分!』


「うん、それは良かった!」


「あ、俺らは間に合ってるんで。」


「うるせえ!俺だって美月にしかやらないもん
ねーだ!!」


「クソ川はほっといて、行くか。」


美月の嬉しそうな声に及川も上機嫌でいると、
背を向けた他のチームメイトは、辛辣な言葉を
それぞれが吐いて、でも彼らは満足した表情を
見せ、ホームに向かう。


及川もそれに悪態をつきながらも、本心は皆に
エールを送っていて、仲間の背中に何度も試合
で使った言葉を声に出すのは照れ臭いからと、
及川は心の中で用いていた。


そして、彼女にも彼は願う。


「美月、俺の時も絶対にやってよね?」


それは自分が意を決して旅立つ時を思い浮かべ、
つい出てしまった願いの言葉。


及川が催促をしたその声は、彼女の耳に届いて
いるのか、自分もまた負けてられないと、彼ら の姿が見えなくなると、将来の自分に備えて、
彼も走り出す。


そのまま落ち着いた状態で、彼らは2日目も駆け
抜け、自己採点もそれぞれが満足の行く点数に
到達していて、次のステップに進む。


『徹、背中を押してくれてありがとう。』


その頑張った成果が出た時、誰よりも一番に
喜んでくれたのは、及川徹だった。


「お役に立てて、光栄だね!」





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