思い出の為に

「クソ川、次は譲らねえからな。」


勝負事に負けるという響きが嫌で、自分と似た
性格が備わっているその男は、昨日の敗北した
悔しさを引き摺っているのか、及川が玄関の扉
を開けば岩泉が待ち構えていて、腕を組む体勢
で及川にそう告げていた。


「うん、俺も今回は謝らないよ。」


にっこりと岩泉に笑顔で返す及川は飄々とした
態度だが意思は固く、彼も岩泉に彼女を譲る気
などさらさら無い。


「てゆうか、岩ちゃん今日は早いね。」


「早いのはお前の方だろ。」


「あらら、俺が岩ちゃんよりも先に美月の家に
行こうとしたのバレちゃった?」


「2度も負けてられっかよ。」


「本当に岩ちゃんは負けず嫌いだね。」


「お前にだけは言われたくねえ。」


隣に並んで歩くのはあの子がよかったと及川と
岩泉の2人の気持ちはある意味両思いで、それ
からの及川達は美月の家まで黙々と歩く。


そしてそんな小さな争いは3日も続き、玄関の扉
を開けば2人揃って自分を待っていたので、ここ
最近連続で早い準備の早い彼らを見て、美月は
戸惑っていた。


『おは…よう?』


「おはよう、美月。今日その髪型可愛いじゃん。
似合ってる。」


『ありがとう。今日集合写真撮る日だから、
ちゃんとセットしたいなあって。』


爽やかに笑う及川と、仏頂面の岩泉。
長年の付き合いから、何となく何かを競走して
2人がここまで来ているのは感じ取れるが、肝心
な理由は分からぬまま。


「何でもねえよ、行くぞ。」


及川は機嫌良く美月のハーフアップの髪飾りに
触れて遊び、その動作も岩泉にはうっとおしい
といったご様子で、道中バシンと厳しめに叩く。


「痛っ、岩ちゃんに迷惑かけてないでしょ。」


「横で手が視界に入ってうぜぇ。」


『朝から2人とも元気だね。』


そんな2人のやり取りを苦笑いで並んで歩いて、
美月は金田一と国見の姿を見つけたら、そちら
へ避難して走った。


『金田一も英もおはよう。』


「牧野さん、おはようございます!」


「おはようございます、美月さん。」


『今日、放課後にまた会えるね。』


「そうっスね…って、お2人からの視線が痛い
んですけど。」


「あの2人は、何かあったんですか?」


美月の避難先は、金田一と国見の間。
国見は突然訪れたその幸運に胸が高鳴っていた。

彼らの腕に自分の腕を通して、国見が久しぶり
の彼女とのスキンシップに少し嬉しそうな表情
を見せる隣で、金田一は最初はその距離感に頬
を赤く染めていたが、ピリピリした及川や岩泉
の視線を感じ取ったらしく、顔を引き攣らせる。


「おーい、朝から後輩いじめてやんなよ?」


『花巻、おはよう。』


すると、今日はバレー部の遭遇率の高い朝なの
か、花巻も後から合流して、困った顔の金田一
を見て面白がっており、花巻も及川達の様子を
察してニヤリと笑った。


「今日の美月さん、可愛いですね。似合って
ますよ、その髪型。」


『えっ、あ…ありがとう。』


そして同じく状況を把握した国見は、わざと
ニッコリ笑顔で彼女を褒め、後輩からはどうも
褒められ慣れない彼女はほんのりと頬を染め、
久しぶりに先輩達が不機嫌になっていく様子を
国見は心の中で楽しんでいる。


「なんか、国見ちゃんと俺とじゃリアクション
違う気がする。」


「国見にはチャラさが無いからな。」


「マッキーに言われるとこが、釈然としない。」


後輩らしくない、遠慮の無い国見の仕草を不服
そうに及川は観察をして、あと数センチ近づけ
ばストップをかけようと意気込めば、校門に。


『あ、私ちょっと職員室に寄っていくね!』


「あ、そうなんだ。じゃあ、またお昼に。」


そして思わぬ美月の寄り道によって、及川の貴重
な時間は終了を迎え、岩泉と花巻に虚しく、
ずるずると引きづられていった。


「なんか、相変わらずそうだったな。」


「安心するような、それが困るような。」


時々しか、見かけなくなってしまった先輩達を
見届けた後輩2人は、そんな会話を交わし、国見
は彼らの変わらぬ彼らの現状を理解し、近くの
教室にいる先輩達を少し、否、かなり羨んでいる
ご様子。


「受験は嫌だけど、飛び級は今だけしたい。」


「おい、何言ってんだよ。」


また始まったと金田一がこぼして彼らも教室へ
向かい、その後はつまらない程に遭遇する時は
国見には無く、残る希望は放課後だけで、それ
を糧に彼は本日の気だるい授業を過ごすのだった。


そして、それが楽しみなのは彼女も同じく、
授業が終わって、御無沙汰だった水色ジャージ に袖を通して体育館に向かったら、綺麗に並べ
られた椅子、その後ろには懐かしい気持ちに
させられてしまう横断幕。
彼女は鼻の奥がツンと痛くなる気持ちになって
しまった。


「金田一、また背伸びた?」


「え?いたちょっと…最近測ってないんで、
わからないんですけど。」


『朝会ったでしょ?…でも、確かに今日並んで
みて、私も思った。』


「そうっ…すかね?」


横断幕の言葉が自分に相応しいと言い出す横で
美月も笑いながら再び横断幕を見上げ、それが
きちんと手入れされているものだと気がついた
彼女は、矢巾にすぐに尋ねた。


『これを準備してくれたのは、1年生?』


「はい、金田一と国見が主に…。」


矢巾が答えるとすぐに、視線は自分達の為に用意
してくれた後輩に視線は向いて、彼女は堪らず
2人の頭をくしゃくしゃと撫でる。


『2人ともありがとう、これ大変なんだよね!?』


「え、そんな…確かに悩みましたけど大丈夫
ですから!」


「わっ、ちょっと美月さんはまたそうやって
子供扱いして!」


何度味わっても、彼女に抱きしめられる事に
慣れずに慌てる金田一、彼女の褒め言葉に恥じ
らいが残って動揺する国見。


それは春から変わらない2人の可愛らしい反応
で、変わらぬ部分に安心する気持ちと同時に、
また一つ大きくなった後輩達に寂しさも彼女の
中で押し寄せる。


「あの…!あんまり、ムギュってされるのは。」


『はあー、だって2人が遠くに行っちゃうって
寂しい気持ちになるから。』


「それはこっちの台詞ですよ。やっぱり、
美月さんがいないバレー部にまだ慣れたく無い
です。」


「いや、お前はそろそろ慣れろよ。」


正直過ぎる国見の発言に、金田一は顔を顰め、
でも彼が言う事も理解出来ると小さくて偉大な
先輩を見下ろして、彼は思う。


そして、国見の彼女を想う気持ちは顔を合わせ
る時間が多いからこそ、金田一にもしっかりと
伝わっていた。


「絶対に、見合った人間になってみせる。」


「お前、あの先輩達を見た後で言えるのは
すげえわ。」


「だって、勝負はバレーだけじゃないでしょ。」


「でも、そん中にウシワカも混ざってるだろ?」


「…それは今、言うなよ。」


3年生が並んで揃うと、最後には何でいじけたか
分からぬ主将が仲間に呼ばれ、機嫌を取り戻し
いつものチャラけた言葉を並べて、写真を撮る。


「美月、横に来てくれないの!?」


『松川に並んで、小さめ効果狙おうかなと。』


「俺の隣がいいってさ。」


「ちょっと、まっつん引っ付きすぎ!!」


「うるせえ、静かに撮れよ?」


ギャーギャーと賑やかに騒ぎ立てているその中
で、端ではにかんで笑う美月を目にして金田一と
会話する国見は、その笑顔を見て、まだチャンス
は残っているからと自分に言い聞かせていた。


「やっぱり、可愛いな。」


「国見お前、今日ずっと本音が漏れてるぞ?」






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