それは、誰の手に?
及川が美月に用事があって彼女の家に訪れると、
勝手に入って来て欲しいと言われ、言われるが
まま足を運べば、キッチンから漂う独特な甘い
香りに、まさか…!?と期待で目を輝かせた。
「て、量が業者並みなんですけど!!?」
『うん、後輩達に持っていこうと思ってたら
こんな事になっちゃった。』
「いやいや、なっちゃったじゃないでしょ?
それに、俺の分はちゃんと入ってる?」
黙々と湯煎を掛けている美月の前には、大量
の切り刻まれたチョコレート。
その量が逆に及川を不安にさせるのか、彼は彼女
の後ろから手を回してそう尋ねると、不思議そう
にする彼女の表情に、及川は嫌な予感がした。
『徹、女の子達から大量に貰うと思うけど、
いるの?』
「美月のだって、食べたいし!」
『食べ過ぎると、またニキビ出来ちゃうよ?
去年、それで困ってたじゃん。』
「ぐぬっ、よくそんな事覚えてたね。…その一つ
だけある、可愛らしい箱は俺用じゃないの?」
小袋の隣にある小さな箱を及川が指さすと、彼女
は『それは、違う』と小さな声で答えて、頬を
ほんのりと赤く染めて再びチョコレートを混ぜ
始める。
そのリアクションが更に及川を不安にさせるが、
それ以上を聞いて自分が傷つくのも嫌だと彼は
考えたのか、それ以上は彼も聞かずに様子を
ただ見るだけだった。
「というわけで、岩ちゃん付いてきて!!?」
血相を変えて、岩泉に縋って及川が懇願したのは
翌日の事。
朝は早く教室で勉強したい事を理由に美月には
会えずで、彼女が後輩やチームメイトに配りに
不在になる所を見計らって、放課後は絶対に
その一つだけ違ったラッピングを渡すであろう
と予測して、岩泉に相談をしていた。
「あ?気になるなら1人で行けばいいだろ。」
必死な及川とは逆に平然と弁当を平らげる岩泉。
今回は彼の中で嫌な予感というものが働かない
らしく、及川の話を聞いても彼は何処か他人事
だった。
「万が一だよ!?万が一、アイツだったら
どうすんのさ!!?」
認めたくはないが可能性のあるその名を及川は
口にも出したくないのか、遠回しに表現をして、
岩泉もピクリと眉を動かすと、動きは止まった。
「…さすがに、牛島には渡さねえだろ。」
「なんでそこで名前を言っちゃうの!?その名前
すら聞きたくなかったのに!」
頭を抱えて騒ぐ及川に、岩泉はうるせえと眉間に
皺を寄せて、残りのおかずを口にする。
彼女の机に掛かった、小さな紙袋は持ち出されていなくて、ついつい岩泉の視線はそちらに動く。
まさか、さすがに、そんな言葉が頭の中で並んで
は消え、授業の終わりが近づくにつれ、そわそわ
とし始めた美月が視界に入ると、気がついた時
には、及川と一緒に彼女の後を静かに付いてきて
いる自分がいて、岩泉はしまったと顰めた顔の
及川を見ていた。
「なんだかんだ言いながら、岩ちゃんだって
ここに来てるじゃん。」
「お前がうるさかったからだろうが。」
小さな口論を繰り広げながら、美月の数メートル
後ろから、抜き足、差し足と2人は歩き出す。
そこからバスへと乗り込んで、このまま見つかる
と2人が慌てていると、彼女が運良く前の席に
座ったので、視界に入ること無くやり過ごせた
事に彼らは胸を撫で下ろす。
その景色から美月の行き先は白鳥沢では無いこと
は分かったが、その方向は駅に向かっていて、
色々な可能性が広がる及川達の心中は穏やか
ではない。
「おい、降りそうだぞ?」
「分かってるってば。」
伊達工?白鳥沢?若しくは…と、及川の表情は
再び曇っていき、岩泉も想像する事は同じで、
段々と険しい表情に変わっていた。
「岩ちゃん、隠れて!」
そして、美月が立ち止まった所で彼らはこそこそ
身を隠し、彼女の表情が見れる位置で現れる人
を一緒に待つ。
その人物が登場した瞬間、美月の表情は柔らかく
緩み、及川と岩泉はごくりと唾を飲み込む。
「美月、久しぶり。」
『ふふっ、やっと会えたね。』
彼女が大切に思う、ずっと会いたかった人物。
それは、及川も岩泉も納得といったところか、
そこには敵わないと思ったのか、及川達の張り
詰めた力は一気に抜けた。
秋に美月が彼女に託したノートを清水は返そう
と待ち合わせていて、美月はせっかく大好きな
彼女に会えるのならと、張り切って友チョコを
準備していた。
「これ、美月の口に合うか分かんないけど…。」
『潔子もわざわざ作ってくれたの!?』
「美月に私も渡したかったから。」
嬉しいと2人が微笑み合い、美月は渡された
紙袋には、ノートとチョコレートと共に、もう
一つ違うものが入っていることに、気が付いた。
『潔子、これ…。』
「今度は、私が美月を応援する番だから。」
その中には、綺麗な包装のシャープペンシルも
入っていて、驚いて顔を上げれば、清水の綺麗な
真っ直ぐとした瞳が目に入った。
「頑張れ。」
しっかりと伝わったその言葉に美月は目を細め、
深く頷いてグッと受け取った紙袋を握り締める。
『潔子の言葉聞いたら、受かる気がする。
これ、大切に使わせて貰うね。』
満足そうな清水の表情に美月も歯を見せて笑い、
微笑ましい2人の姿を見届けた及川は一息を深く
吐いた。
「相手が悪かったな。」
「烏野のマネちゃんじゃあ、敵わないな。」
彼女達の邪魔をするのは野暮だと、美月達が
そのまま仲良く歩き出す姿を背に向け、彼女に
本命がいなかった事に安心する様な、ちょっぴり
寂しい様な、複雑な気持ちで歩き出す。
せっかくここまで来たのならと、気になる店に
ついでに立ち寄ろうかと岩泉に提案しようとした
矢先、今度は賑やかな女子の声が及川達の耳に
入って来た。
「及川さん、会えないかと思ってました!」
「及川先輩、こんな所にいらっしゃったん
ですね!!?」
それは放課後渡そうと試みたが、及川の姿が
学校には無くて、諦めていた後輩女子達。
まさか、こんな所で彼に会えるとは思っても
見なかったのか、嬉しそうな黄色い声が飛び
かっていた。
「美月、あれって…。」
『何で徹とハジメがあんな所にいるんだろ?』
そしてその声は、もちろん美月にもばっちりと
届いていて、理由を何となく察した清水は彼ら
を憐れむ目で見つめ、美月はたまたま遭遇した
ものだと思い込んでいる為、首を傾げている。
『徹、はいエコバッグ。』
「え…?あ、うん…ありがとう。」
そして、気を利かせた清水が急用を思い出した
からとその場を離れ、彼女が及川の元へ向かい、
持ち帰る袋を彼に差し出すと、及川はごめんと
小さく謝っていた。
友達との貴重な時間を自分が割いてしまった事
に及川は罪悪感を抱くのか、受け取った時の視線
は合わず、岩泉がその態度に苛立ちを見せ始めた
ので、美月はまあまあと彼を宥めていた。
『帰って一緒に食べよう。』
「…え、俺らの分もあるの?」
『みんなで食べる方が美味しいと思って、
準備はしてたし。』
「せっかち野郎は動いて損しただけだな。」
「岩ちゃんだって、焦ってたじゃん!」
『本当に、2人とも食いしん坊だよね。』
美月からの嬉しい言葉に及川は目を輝かせて、
自分の事は棚に上げる岩泉に、及川がすかさず
指摘を入れれば、彼はうるせえと小さくぼやき、
笑っている美月の言葉は、全く的外れで、彼らは
鈍感な彼女をどうしたものかと、顔を見合せる。
呆れて出てしまう深い息は、真っ白で切ない。
「及川さん、泣いていい?」と顰める及川に、
また美月が首を傾げれば、今度は岩泉が彼女の
頭を小突いた。
「若利君、それどうしたの?」
「美月の友人が、今朝彼女から駅で預かって
きたらしく、今受け取った。ネックレスのお礼
だそうだ。」
「プレゼントなんていつの間に。」
「若利、嬉しそうだな。」
「いいなー、俺も一口欲しい…「すまん、それは
難しい。」」
「返事が早いな。」