手強い彼女
合宿の場所は学校の体育館に近い場所。
泊まりがけの練習はレギュラーの部員のみで
行う為、美月は仕事をいつもより早め
に切り上げる。
外泊をしない部員に残りの仕事を任せると、
合宿所の方へと急いで向かい夕飯の準備に
取り掛かった。
台所の前に立てば、ここからは時計を見ながら
時間との勝負。
エプロンを付けてジャージの袖を捲ったら、
昨年と同様慣れた包丁さばきで淡々と鍋と
まな板を行き来する。
そして、合間の洗い物も勿論忘れずに。
メニューはほぼ完成をして、大量に作った
最後の唐揚げを揚げ終えているところに、
1年生と2年生が先に食堂に到着すれば、
配膳を手伝いに来てくれた。
『おかえりなさい、みんな早速なんだけど
これ運ぶの手伝って!』
「牧野さんのエプロン姿…!」
「矢巾さん、そうゆうのもういいです。」
普段見ることの出来ない美月の姿に矢巾
がうっとり見蕩れていれば、国見がピリッと
冷たくあしらう横で、渡は苦笑いを見せる。
『みんな疲れてるのにごめんね。』
「いやいや、とんでもないです!」
「困ったことあったら、遠慮なく俺達に
出来ることは何でも言ってください。」
渡と金田一にお盆を渡し、ありがとうと
笑顔を見せれば2人もほんのりと頬を染め
ながら食器を手際よく運んでいた。
「美月、お前マジで作ったんだな。」
配膳が終わる頃に残りの3年生と監督達が
やってきて、テーブルに綺麗に並べてある
唐揚げ、サラダ、筑前煮、揚げ出し豆腐に
味噌汁と安定のメニューに花巻は涎が
垂れそうになりながら目を輝かせた。
松川によく出来ましたと頭を撫でられ
嬉しそうに彼女はVサイン。
及川も「美月がエプロン付けてる!」と
嬉しそうに口元を押え「エロかわいい」という、先輩の下品な発言とさっきのデジャヴに後輩
達は苦笑い。
そして、岩泉は無言で及川の頭をはたいた。
監督の話と共にいただきますのご挨拶。
その掛け声と共に部員は一斉に目の前の
ご馳走を口いっぱいにかき込んだ。
「安定にうめーわ。」
「勝負に勝って良かった…」
「矢巾、涙とりあえず拭け。」
それぞれが色々な感想を述べながら、ご飯を
美味しそうに食べてくれる姿に美月は
小さくガッツポーズをして、その感想を
素直に喜んでいた。
『おかわりあるからいっぱい食べて。』
とみんなにニッコリ微笑んで、隣にいた花巻
の空いたお茶碗を目にすれば、配膳して自分
も合間に食事を摂る。
そしてあっという間に皆が完食し、作りがい
があると美月は空になった食器を
嬉しそうに見ていた。
『あら、国見どうしたの?』
みんなが食事を終えた後に片付けを済まし、
翌朝のおにぎりを準備している所へ先に
お風呂へ入っていたはずの国見が食堂の
キッチンへ姿を現した。
国見の髪はまだ乾き切っておらず、少し濡れた
ままだったので、美月が風邪ひくよ?と
彼が首にかけていたタオルで髪をわしゃわしゃと
拭いてあげると「子供扱いをしないでください」
と国見は彼女に顰めた顔を見せる。
「牧野さん一人じゃ大変だろうから
手伝いに来ました。」
国見はそう言って手を洗うと、彼女の横に並び、
傍にあるラップを手に取とってご飯を乗せて、
彼女が作ったものに合わせ、同じサイズの
おにぎりを握り始めた。
『国見、ありがと。』
彼女の感謝の言葉に彼は柔らかい笑みを見せ、
美月も彼の好意をありがたく受けとり、
そのまま一緒に彼とおにぎりを握った。
「牧野さんは少し休んでください。」
働きすぎでこっちが心配になると思わぬ国見の
発言に可愛い後輩の優しさが嬉しくなって、
美月はクスリと笑った。
『休めないよ。だって、こうしてあげれるの
最後だもん。出来る事は、いーっぱいして
あげたい。』
夏の合宿はまた会場が違うので食事の準備は
しなくていいのもあり、こうして彼らに食事
を作ってあげれるのは美月にとっては
最後の3日間となる。
「俺、牧野さん以外がマネージャー
なんて
考えたくないです。」
『国見にそう言って貰えるの、なんだろ…
すごく嬉しい。』
美月は国見の言葉に少し照れる素振りを
見せ、2人は最後のおにぎりを作り終えた。
『じゃあ、マネージャーの時間をいっぱい
作ってもらうためにもいっぱい勝って
もらわなきゃだ!』
頼りにしてるよ国見くんと彼の両肩をポンと
置くと彼も「期待に応えれるようになります。」
と彼女の言葉に頷いた。
『よし、明日のカレーも気合い入れる!』
と言う彼女の笑顔に国見が美月さん…と
何かを言おうとした時に、及川が扉をガチャッ
と開ける音で言葉が遮られ、「何してんの…?」
と国見にだけにわかる不機嫌な低い声を出す。
しぶしぶ国見が自ら彼女の手を下ろし、
この人のタイミングの良さ…と国見は悪態
をつく。
そんな彼の態度に及川は気が付きながらも
怒ることはなく、それよりも気になったのは
美月の方だったらしく、お前まだ
いたのかよ?!と一緒にいた岩泉も彼女を
見て、驚いた顔を見せる。
「もう夜の8時だよ!?何してんの?」
『何って国見と明日の朝ごはんの準備中。』
「は、もう帰らねーと危ねーだろ!」
『何で?私もここに泊まるし。』
きょとんとした顔で言う美月の想定外
の
発言に「えっ?」と聞いたら彼女も 『えっ?』
と疑問混ざりの言葉を返し、及川と岩泉は
彼女の反応に目を丸くする。
国見は今年初参加の為、この事情はまだよく
分かってはいなかったので、彼らが怒る理由
もまたわかっていなかった。
「は!?どこで寝るのさ。」
『みんなと一緒の大部屋。
えっ、まさかご飯作らせておいてお前は帰れ
はないよ…ね?』
今年最後のイベントだもん。
先生達からの許可もおりてると彼女が言っても
及川はなかなか首を縦には振らない。
「駄目。溝口クンに送ってもらって。」
『残念。その溝口クンには冷たいビールと
美味しいおつまみをもう提供してしまった
のでダメでーす。』
「マジかよ。」
仲間はずれは無しよ?と無垢な笑顔を向ける
彼女を目の前に、及川も岩泉も彼女の仕事の
速さが憎らしいと今日だけは思いながら
美月には何も言い返せずに固まった。
『あ、しまった。徹、シャンプー忘れたから
貸して。アレじゃないと私ダメだった。』
「美月、マイペースすぎない!?
うっ…美月送れる人いないし、
色々と仕方がないんだけど。」
「さすが牧野さん、及川さんを見事に
振り回してますね。
そして、牧野さんと及川さんが同じ
シャンプーだったとか、そんな事実は
聞きたくなかったです。」
「安心しろ、国見。同じシャンプーを使って
いたとしてもコイツらの発する匂いは
全く違うぞ。」
「岩ちゃんに言われるとなんだかすごく
腹が立つんですけど。」
美月は及川からシャンプーを受け取り、
お風呂行ってくるー!と彼女がその場を後に
すると、男3人が必然的に残ってしまう形に
なった。
「国見ちゃん。」
「…わかってますよ。」
言葉を発する及川と無言の岩泉の2人が
普段は仲間に見せない鋭い目付きで
国見を見るので彼は二度目の悪態を着く。
彼女に大好きですも言わせてくれない
この先輩たちが今だけでいいから
消えて欲しいと彼は心の中で願っていた。