その先もきっと

久しぶりに駆け上がるその道の風は、冷たさの中
に心地良さも混ざり、イヤホンから流れるお気に
入りの音楽に気分を良くしながら、美月は一人
走る。


岩泉は授業には出ず、花巻と松川とスーパー銭湯
へ行ってくると言って彼と別行動だったその日、
同じく進路の決まった友人達も休むと聞いて、
美月もせっかくなら息抜きをしたいと、久々の
ランニングを楽しんでいた。


平日のほぼ貸切状態のその場を満喫しながら、
少しだけ運動不足になっていた自分に反省して、
この数週間でもペースが僅かに落ちていること
を実感する。


『まずいぞ、この調子だともしかして太ったの
かな?そういえば、久しく体重計には乗って
ないや。』


「…?そんな風には見えない。」


片方のイヤホンを外したタイミングで、思いも
よらぬ方向から、思いもよらぬ人物の声と発言
が聞こえ、美月は驚いて足でブレーキを効かせ、
彼女は慌てた様子で立ち止まった。


『嘘、若利君!!?』


顔を真っ赤にした美月の動きに釣られ、反射で
彼女と同時に足を止めた牛島は、不思議そうに
首を傾げる。


『こんなところで会うとは思わなかった。
というよりも、もう会えないかと思ってた。』


先程の自分の一人言を聞かれてしまったことを
美月は恥ずかしそうにしていたが、彼は気にせず
彼女に会えたことを喜んでいた。


「たまには、場所を変えてみるのもいいもの
だな。」


彼もまた、当分会えないと思っていたらしく、
嬉しそうに目を細め、美月も彼に会えた事を幸運
に思う。


その次に牛島が発したのは、この前彼に渡した
バレンタインのお礼と進路が決まった彼女への
祝福の言葉だった。


「そうか、岩泉も一緒なのか。知り合いが身近
にいるというのは、頼もしい。」


『うん。慣れない土地だし、ありがたいなと
思ってる。まさかハジメと学部は違うけど、
大学まで一緒になるとは思わなかった。ここまで
来たら、もう腐れ縁だよね。』


せっかく会えたのならとロードワークは一休み
し、2人はベンチに腰掛け、互いの近況報告に話
を弾ませていた。


美月が東京に住むことが決まり喜ぶ反面、彼女
の幼馴染の一人は卒業後も彼女の傍にいる事に
少しだけ羨む気持ちも抱いていた。


「じゃあ、俺とも腐れ縁になるのか?」


『うーん。それは、恐れ多い言葉かもしれない。
でも、前もここで会ったことあるし、この公園
には若利君との縁を感じるね。』


「お前と一緒にプレイした時か、懐かしいな。
なかなか、セットが様になっていた。」


『そんなそんな!あの時、若利君にセットを
上げるのすっごく緊張したんだからね!?
徹やハジメの練習に付き合う程度だったし。』


「美月のトスも打ちやすかった。」


『もー、褒めるの上手なんだから。』


2人の距離が縮まった時のことを思い出し、楽し
そうに振り返る牛島に美月は必死に手を振って
否定して、自分のプレイを思い出して恥ずかしく
なったのか、困った顔で彼女は笑い出した。


『でも、ありがたい経験だったな。それに、
やっぱり若利君のプレイを間近で見れたから
感動しちゃったし。』


彼女もその時を振り返り、こうして彼と並んで
話せることを不思議に思いながら素直な感想を
述べれば、牛島も納得した様子で彼女の言葉に
頷く。


「そこまで褒められると、照れ臭いな。」


『若利君だって、さっき私のことをたくさん
褒めてくれてたよ?』


「そうだったか。」


美月の指摘に牛島も笑い出し、 2人の間には
穏やかな空気が流れる。
牛島の笑顔を見ると、試合中の表情の読めない
迫力のある彼が、嘘のように思えた。


「そろそろ、再開するか。」


『そうだ、ロードワーク中だったよね!
ごめんね、引き止めた感じになっちゃったね。』


牛島が立ち上がり、美月は貴重な時間を自分に
使わせてしまった事を詫びれば、彼は首を横に
振る。


「いや、美月と話せて楽しかった。」


『ふふっ、私も若利君に会えて嬉しかった。』


美月とはこのまま別れる予定のはずだったのに、
軽くストレッチする彼女を見ていると、彼女の
この後の予定は自分と同じ気がして、彼女に背
を向けるのはどうも躊躇われる。


すると彼の欲は自然と行動に出てしまい、牛島
が「一緒に走るか?」と尋ねるので、彼女は目を丸くして、彼のお誘いに遠慮をしていた。


『ダメダメ!私は牛島君のペースに追いつけ
ないから、足手まといになっちゃう!』


「そこは、流石に合わせるが。」


『それこそ、貴重な時間を使わせちゃうよ。』


「俺が走りたいと言ったら…ダメか?」


初めて見る、牛島の子犬みたいな視線に言葉を
詰まらせ、そんな目で見つめられてしまったら、
美月も断ろうにも断れない。


牛島のペースを乱さない為に、更に彼女は念入り
にストレッチをして、気合いを入れ直すと彼を
見て、表情は引き締まった。


『じゃあ、お言葉に甘えてお願いします!』


美月の返事に満足して、彼はそれじゃあと足を
進め、いつもよりもゆっくりとしたペースのはず
なのに、胸の奥に謎の苦しさを感じる。


彼女よりも俺の方が緊張しているのか?と自分の
意外な部分に気が付いたのか、彼はらしくない
自分を可笑しく思った。


そうか、それ程までに彼女のことを。


並ぶ美月の方へ視線を落として、友人以上だと
以前から分かっていたが、改めてその愛しさを
実感して、彼の口元は不意に緩みそうになる。


美月がペースを上げても大丈夫だと言うので、
牛島も徐々に走る速度を上げていき、彼は彼女と
走るテンポも悪くないと考えていた。


「美月、ペースは大丈夫か?」


『大丈夫、人と走るのやっぱ楽しい。』


時折牛島は美月を心配すれば、彼女ははにかんで
笑顔を返し、その表情を牛島は好きだと思う。


『向こうに行ったら、こういう事もなかなか
出来なくなっちゃうだろうね。』


そして彼女が口にした、皆遠くに行っちゃうのかな。と今この時間を惜しむ言葉。
その目は遠くを見つめていて、それが自分を指す
のか、果たして別の人物を指すのか、その時の
牛島には、まだわからなかった。


「…きっと、出来る。」


ただ一つ言えるのは、自分自身の事。
「時間が合えば、たまには会おう…いや、お前に
会いに行く。」と約束を付け足して、彼は美月
に柔らかく微笑む。


『そうだね、私も会いに行く!若利君の試合は
絶対に見に行かなきゃ。デビュー戦に行けたら
いいな。』


「それは、光栄だ。」


『ずっと、応援してるからね。』


嬉しそうに返した美月の返事は、彼らしく最後
まで一人のファンとして、一人の友人としての
エールで、それ以上のものでは無い。
それに気がついていても、彼女の応援は牛島に
とって、嬉しいもの。


「美月、見ていてくれ。」


自分のやるべき試練はこれからまだ残っている。
それをちゃんと分かっている牛島は、堂々と彼女
の前に立てるまでは、まだ自分の気持ちを伝える
べきではないと考えた。


焦らずともその時はいずれやってくる。そう確信
する彼はそれ以上の言葉は彼女に何も告げず、
静かにその先を見据える。


美月はもちろんと深く頷いて、彼は自分に打ち
解けてくれている隣を見ると、いつかは友達以上
の関係を望み、よりいっそう彼女を大切にして
いきたいと想うのだった。


『うん、互いに頑張ろう。』




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