最後に一度は
「美月、聞いてよ!昨日、岩ちゃんったら俺を
差し置いて3人で遊びに行ってるし、途中で
既読スルーするし。てゆうか、そもそもベガス
って何さ!?」
用もなく集まり、何気なく並んで歩く三人の会話
はいつもと変わらぬ調子で、及川の怒り混ざりの
声が響く。
及川のクレームを美月が苦笑いで聞き、岩泉は
面倒臭そうな顔でポケットに手を突っ込んで、
及川のそれさえも無視をして歩いていた。
『徹は、ハジメから聞いてなかったの?』
「え、俺だけ知らなかった感じ?」
美月の疑問を及川も疑問で返し、同じ方向に首
を傾ける二人の息はピッタリで、自分だけが知ら
なかった事実に及川は目を丸くさせ、ショック
を受ける所までが、いつも通りの変わらぬ光景。
彼らはそれぞれの道を歩む日が近づいていたが、
いつも通り穏やかに日々を過ごし、そして最後
の登校日を迎えていた。
「美月、ここに書いてー。」
『うん、じゃあ私も!』
「美月と相合傘書いちゃおっ。」
『ふふっ、愛されてるな私。』
学年全員が登校日となったその日は最後の授業。
ホームルームで配布された卒業アルバムの最後の
ページにクラスメイト達と楽しく笑いながら
メッセージを書き合い、その文字を眺める。
そこで彼女は卒業を美月は実感していた。
「旦那は書かないの?愛してるよ、とか。」
「なっ!?はっ、バッ…!!!」
友人達が一通り書き終えると、それを静かに待つ
岩泉は美月の女友達に揶揄われ、それを真面目
に捉えた彼は、顔を真っ赤にして動揺し、別の
友人はその反応すら面白がり、ひらひらと岩泉
に手を振る。
「はいはい、冗談だからムキにならない。」
「…どうせ、卒業してもあんま変わらねえん
だから、書く必要がねえだろ。」
「チャラ川なら喜んで書きそうだね。」
『そういえば、徹遅いね。いつもならすぐに
来そうなのに。』
そして、最後にはすっかりこのクラスに馴染んで
しまっていた及川が話題に出て、最後こそすぐ
にこちらに向かって来そうな彼は、まだこの教室
には到着をしていなかった。
「アイツの事だから、誰かしらに捕まってん
だろ。」
『様子見てこようかな、せっかくなら徹の
サインを貰っておきたいかも。』
「…必要か?それ。」
なかなか来ない及川を心配して、美月はついでに
と思うのか、マジックとアルバムを片手に隣の
教室へ向かい、岩泉は自分の教室で待つ模様。
スマホを片手に抱いた疑問を彼が言葉に出せば、
美月はこらこらと彼に呆れた顔を見せた。
『あ、及川さんいたいた。』
岩泉の言った通り、彼は教室のすぐ近くまで来て
いたが、別のクラスの女子や行動力のある後輩
女子に捕まり、笑顔で彼女達に対応をしていた。
気がつけばそれは自然と列になっていて、彼の
取り巻きに対応した事はあっても、その中に
混ざるといった経験はした事がなく、美月の中
には好奇心が湧いていた。
『もうマネージャーじゃ無いし、ここはルール
守った方がいいよね?』
これからは、彼もきっと有名人かもしれない。
そんな期待を幼馴染みに抱く彼女は、列の最後尾
にひっそりと立ち、身長で見つかるかもしれない
とわざと屈んでみたりして、自分の順番を待つ。
いつも隣に並ぶ彼を別の視点から見ればそれは
新鮮な気分で、嬉しそうに及川から受け取る女子
達を見て、何故か自分も嬉しくなっていた。
『及川さん、サインください!』
「ははっ、サインとか有名人みたいじゃん…
って美月、何やってんの!!?」
及川は楽しそうにアルバムを差し出した美月から
流れで受け取って、まさかこの場で彼女が並んで
いるとは思ってもみなかったのか、目を見開いて
驚いた様子を見せる。
『一度、並んでみたかったんだよね。』
くしゃりと笑って答える美月を見たら、彼は少し
照れ臭そうに口を尖らせて、でもそれは嬉しそう
にも見えた。
「仕方ないなあ、サインしてあげる!」
『もしかして、サイン第1号?』
「今までの子達は差し入れくれたり、写真とか
メッセージを一言!とかだったから、これは
美月が一番だね。」
『ふふっ、良かった。』
嬉しそうに微笑む美月に及川は優しく目を細め、
彼がそれを書き終えると、彼女は他の女子達の
邪魔をしない為に、岩泉の教室へ戻ろうとする。
「岩ちゃん、待ってくれそう?」
『ラーメン奢れって言い出しそう。』
「えー、そっかあ。」
及川のファンを思ってか、自分が待つことは内緒
の合図を美月は密かに送り、ひっそりと彼に
持ち帰り用の袋も手渡していた。
及川はその気配りが結局変わらない所を可笑しく
思い、それと共に自分を待ってくれている2人に
感謝する。
「お、物好きが帰ってきた。」
『結構、並んでみるのも楽しかったよ?』
「お前、あの中並んだのかよ。って、マジで
サイン貰ってるし!」
「それは、いらねえかも。」
美月が教室に戻れば、そこには松川や花巻の姿が
増えていて、岩泉の言葉に彼女がそう返せば、
花巻も岩泉と同じ反応を見せ、松川も素直な感想
を彼女に吐いていた。
「てか、もう考えてんのかよ。」
『あ、皆もせっかくだから書いて欲しいな。』
「え、サイン?」
「いや、お前のもいらねえわ。」
花巻が冗談混ざりで問えば、すかさず岩泉が言葉
を返すが、キャップを外した花巻はそんな彼の
言ったことなど気にせず、及川の横にサイン風に
メッセージを残す。
「俺は将来恥ずかしい思いしたくないから、
普通に書くかな。」
「止めろよ、俺と及川が痛いやつじゃん。」
『花巻のその絵、可愛いよ?』
「そう言ってくれんのは、美月だけだわ。」
真っ白だったそのページは次々と埋まっていき、
彼女は帰宅したらもう一度それを一通り眺め、
及川のサインを見つめた後に、大切にそれを
本棚にしまった。
すると、アルバムを片付けようとしたスペース
にはもう1冊別のものが出てきて、それはかつて
の3人の思い出が沢山詰まったものだった。
その1冊を気がつけば美月は手に取っていて、
一つ一つのページに懐かしさを感じながら、
過去を振り返り、今を考える。
『徹に会えるのもあと少し…か。』
当たり前が当たり前じゃなくなる日。
大きな試練が待つ幼馴染みに寂しいとは言って
はいけないと思い、気持ちを紛らわせる為にも
スマホを手に取りふと何気なく眺めていたら、
頭に浮かべた人物から、「今、何してる?」と
メッセージが届いた。
『すっごく、タイムリー!』
『昔のアルバム見てる。』と返信を打つと、彼
からは「俺も一緒に見たい!」とすぐに返事が
来て、美月はそのまま彼に電話を掛ける。
『これから、徹の家に行ってもいい?』
「…俺の家?いいけど。」
『徹の部屋の畳が恋しい!』
電話越しの深いため息を美月が不思議に思えば、
「じゃあ、迎えに行くよ。」とその後はすぐに
電話を切られ、それから及川が彼女の家に来るのは早かった。
「美月が恋しいのは、俺じゃなくて畳?」
『徹君にも、もちろん会いたかったです。』
「じゃあ、許しましょう!」
ポケットに手を突っ込んだまま、不服そうに質問
してきた彼に、美月はそう言葉を返すと、彼は
その答えに満足して笑って歩き出す。
『徹とゆっくり語れるなんて、私は贅沢者だ。』
「ふふん。徹さんを独り占めだなんて、美月
だけの特権だね!」
『うん、結構嬉しい。』
「あー、もう。調子狂うから、そんな可愛い事
言うのやめてよ。」
寂しいとは絶対に口に出してなるものか。
思考が同じ2人はある意味両思いでも、その片方
は、まだ相手の秘める思いに気づきはしない。
『あれ、ハジメだ。』
「おう、お前ら一緒だったんだな。」
「げ、岩ちゃん。…コンビニに寄るもんじゃ
無かったな。」
「ほう、俺に遭遇したらマズイことでもあん
のか?」
「めっそうもございません!」
そこにまた一つ影は増え、その場だけではない、
それぞれの思いは交差して、時間は刻々と過ぎ
てゆく。
彼らはまもなく、卒業を迎えようとしていた。