卒業ソーダ

春の兆しはまだ訪れないままに、暖かさよりも
肌寒さが勝つその日、最後に袖を通す制服の上
からコートを羽織り、幼馴染みの待つ玄関へと
飛び出した。


『2人とも、遅くなってごめん!』


「美月、気にしなくても全然待ってないって。」


『ハジメ、ネクタイ曲がってる!』


「おう、すまん。」


いつもよりもより一層、身だしなみを気にする
のも無理は無く、目の前にいる彼らの身なりも
気になり彼女は整えていた。


ついつい髪の毛セットをバッチリ決めて、隙を
作っていなかった及川は、この時ばかりは岩泉
のそういう事に疎い部分を羨み、少し不服そう
にネクタイを直して貰う岩泉をじっとりと見つ
める。


そんな事を恨めしく思っていても仕方はないの
に、それも全てが最後だと思わせる卒業という
言葉は、本当に不思議だ。


卒業証書を受け取り、クラスメイトは涙を流す
人がいたりもして、体育館には歌声が響く。
及川のいる場所からは美月の姿は見えないが、
昨夜は笑顔で卒業すると話していた彼女もきっと
今は友人達と泣いているかもしれない。


何となく、美月や岩泉の姿を思い浮かべてみて、
一通りのお決まりの流れが終了を迎えれば、
バレー部の仲間達が待つ体育館に向かう前に、
及川の前には女子達が待っていた。


美月達のクラスは、まだ挨拶が続いているだろう
と彼は彼女達に笑顔で答え、人の邪魔にならない
場所へと移動をする。


すれ違いで終わった美月達は、いつも及川の待つ
場所に姿は無く、美月と岩泉は顔を見合わせて
いた。


『ハジメ、先に花巻達と先に行ってる?』


「そうするか。悪い、後は頼む。」


及川がいる場所の想像がつく2人は、そんな会話
をして、美月は一人、及川のいる場所へと走って
向かい、彼女は及川の姿をすぐに見つけると、
及川もまた、彼女の存在にすぐ気がついていた。


ごめん遅くなると申し訳無さそうな顔をして、
その次に彼女の貴重な時間を割きたくない彼は
先に行くよう、美月に促す。
その一瞬、及川の悲しそうに笑う表情を彼女は
見逃さなかった。


「明日は皆といっぱい過ごしたいよね。」


振り返ったのは、昨夜の及川との会話。
笑って卒業したいねと話した美月に、及川も
笑顔でそう答えていた。


及川だって、限られた時間は同じだ。
ふと頭にそう過った彼女は迷うこと無く、その
輪の中に入って、及川の腕を強引に掴んだ。


『ごめん、これ以上は時間をあげれない!』


「えっ…、ちょっと美月?」


周りが騒然とする中、初めてそれに抵抗を見せ、
美月は及川の手を引くと、勢いをつけて走り
抜ける。
動揺する及川は彼女にされるがまま、釣られて
一緒に走っていた。


「急にどうしちゃったのさ!!?」


この前の彼女と立場が逆転している及川は目を
丸くさせ、驚きの方が勝つ彼はそんな問いを彼女
に投げかけるが、その答えは返って来なかった。


結局、2人が逃げ出したのはまだ誰もいなかった
第3体育館の中で、肩で息をした美月は自分でも
びっくりだと笑っていた。


『徹の顔見たら、身体が勝手に動いちゃった!
…徹ともっともっと、ここで一緒に過ごした
かったのかもしれない。』


最後の我儘だね!と歯を見せて笑う美月とは逆
に、及川は何故だか泣きたい気持ちになって
しまい、最後まで格好がつかない自分を情けなく
思っていると、彼女はそれまでを否定する言葉を
向ける。


『徹のかっこいい所を最後に独り占めしたく
なるなんて、ヤな奴になっちゃったものだ。』


「美月が嫌な奴なわけ、無いじゃん!
今までが聞き分け良過ぎなんだよ〜!!!」


恥ずかしそうに笑う美月に堪らなくなった及川
は彼女を思い切り抱きしめて、我慢出来ない涙
がこぼれ落ちる。


ずっと好きだった、離れたくない。


その想いをしっかりと伝えたいはずなのに、
上手く言葉に出来ない及川は、彼女の肩に顔を
埋めて鼻を啜り、美月はその背中に手を回して、
彼を優しく包んでいた。


「あのさ、美月。」


彼女に本当の気持ちを伝えよう。
覚悟を決めた及川は表情を引き締めて、美月の
両肩に両手を置き、彼女はその真剣な及川の目
に吸い込まれそうになっていた。


『…徹?』


まずはゆっくりと息を吸い、はっきりと告げる
為に心を先ず落ち着かせる。
柔らかく、愛しく、目を細める及川の雰囲気は
いつもと違い、美月も息を飲んでいた。


「「…で泣き虫川、要件は何?」」


「…はっ?」


しっかり揃った馴染みのある低い声は、そこで
突然、綺麗に重なった。
いきなり押し寄せる及川の両肩にずっしりとくる
重みに、彼は双方を見て目が点になる。
その間、ゆっくりと彼女の手を引いて引き離す
岩泉は及川との距離を取らせていた。


「残念、徹ちゃーん。美月で頭がいっぱいで、
周りが見えてなかったでしょ?」


「お前、今日俺が誕生日って分かってたよな?」


ニヤニヤと及川を挟んで不敵な笑みを向ける花巻
と松川は、岩泉と共に美月達の少し後にやって
来て、及川を揶揄う話し方をしていたが、その
目は一つも笑っておらず、そこから感じ取る彼ら
の本気に及川も言葉を失う。


「…させねえよ?」


「松川さん、お誕生日おめでとうございます。」


低い声で及川だけに囁く松川のその声は、彼の
涙を引っ込めて背筋を凍らせ、及川が唯一発せた
言葉は松川に祝福を述べたもので、なかなか報わ
れない自分に崩れ落ちる。


「アイツは俺が守るから、安心しろ。」


「岩ちゃんは追い打ちをかけないで。」


彼女を避難させた後で、岩泉も容赦ない一言で
及川の方を叩き、彼もまたニヤリと口角を上げ、
彼もその目は本気の模様。


なかなか自分の意志を譲ってくれない仲間達に
彼はため息を吐いて、簡単ではない恋路にまた
彼は泣きそうになり、呑気に笑っている美月
を見て空を見上げ、彼はその熱を冷ました。


「先輩方、今までありがとうございました!」


そんな先程の甘かった空気は幻だったと思う程、
自分達よりその男は涙を流し、そんな空気は
矢巾の涙で一変する。


鼻水と共に卒業を祝う言葉を並べ、それに釣られて涙を流す湯田以外の三年生達は笑いながら
聞いており、入畑や溝口も楽しそうに生徒を
送り出していた。


「ここまで泣かれると、かえって冷静になるっ
つーか。」


「ちょっと、湯田っち!鼻水付けないでよ。」


『矢巾、分かったからこれで涙を拭いてね。
あと、矢巾も誕生日おめでとう。』


「美月、頼むからトドメを刺してやるな。」


お祝いの言葉を付け足して、すっかりと慣れた
手付きで、美月はティッシュを手に取ると彼の
涙を拭って、彼に優しい笑顔を向けていた。


『こんなに惜しんでくれるなんて、私達は幸せ
ものだね。』


しみじみと自分達をこうして慕ってくれている
後輩達に美月と感謝をしていると、ふと彼女は
国見と視線がぶつかった。


目が合う国見は照れ臭くなるのか、どこに向ける
のが正解か迷いを見せて目を泳がせていると、
彼女にはそれも可愛らしく見え、目を細める。


『英もありがとね。』


その表情に何度胸が温かくなっただろうか。
小さく囁いて向けられた言葉に、胸がいっぱい
になって、そこにはこれからは会えない切なさ
も混ざる。


様々な感情が溢れ出そうになる彼は目頭が熱く
なり、それを見られたくなくて、咄嗟に顔を
逸らすしか出来なかった。


「え、国見ちゃんも泣いてくれてる!!?」


「ち、違います!!!」


「国見〜〜〜!!!」


「花巻さん、止めてください!!!」


普段あまり感情を出さない後輩の異変に及川が
気が付かない訳がなく、花巻も国見の元へ駆け
寄り、可愛い後輩の頭をわしゃわしゃと撫で
始める。


国見はそれを拒む言葉を出していたが、本当は
それで誤魔化せた事をありがたく思って、次に
顔を上げた時は彼らに笑顔を向けた。




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